第6話

窓から差し込む太陽の光を背に、重厚なデスクに坐すのはノイマン・アステリオスだ。黒髪に翡翠色の眼。容姿は整っているのだが、やはり歳を感じさせる。人を殺せそうな鋭い目つきが相手に恐怖を与えているが、老いたその体が恐怖を緩和している。


「随分強引な方法を取ったものですな、ロバート殿下」


睨みつける様な鋭い視線をものともせず、ロバートは口角を上げて返す。


「正規の手順を踏むと私がここにいることがばれてしまいますから。私がここに来たということを知る人間は少ない方がいいと判断しました」


足が震えていることはスルーしてあげようと思う。対面に座っているロバートが受けている威圧感は半端なものではないだろうし。


俺は、こうなった経緯を思い出していた。





「口説き落とす対象はたった一人、ノイマン公爵です」


現状、勝ち筋はほぼないが不幸中の幸いは王国にはまだ浮いた駒があるということだ。国王の回復に全霊を賭すべきだという意見を持つ者や王位継承の争いで民が傷つくことを危惧している有力者たちが存在している。これを取り込む必要がある。だが、一筋縄ではいかない。有体に言えば、ロバートはナメられているからである。


そこで登場するのがノイマンだ。


ノイマン公爵は王族に次いで最も歴史の長い貴族の家であり、功績、能力共に優れている影響力の塊みたいな男だ。カリスマ性も兼ね備えているハイブリットな老人なのだ。原作では、主人公たちのお助けポジションとして活躍していた。


この男を味方に付ければ、大きな手札になる。力のある古株貴族の行動は周囲の貴族には無視できないものだからだ。


「ノイマン公爵を口説き落とした後のプランはあります。ただ、ノイマン公爵を口説き落とせなければ苦しい戦いになるでしょう。………お前次第だ、ロバート・ノーラン」


「………全力は尽くしますが、どうやって交渉の席に着かせるんですか?」


「あー、一つ聞きたいんですけどノーランにも貴族や王族が使用する符丁のようなものありますか?」


「ええ、特殊な記号を用いたものがありますが………」


不思議そうに首をかしげるロバートにニコリと笑いかけた。すると、徐々に顔が青ざめていく、ロバートとデルタ。


「ま、まさか………」


「はい、符丁でノイマン公爵だけに我々が来ていることを伝えます」


「ど、どうやって。警備が厳しいわけですし」


「ノイマン公爵の執務室は二階にあるんですよね?」


「ええ、それは間違いありません」


「では狙撃しましょう」


「「は?」」


ぽかんとした顔をする二人。


「紙に記号を用いた符丁を書いてください。それを紙飛行機にして飛ばします」


紙飛行機であれば持っていても門番がいきなり襲ってくることはないだろう。


「紙飛行機に私が強化魔法を掛けます。それを投げ込みます」


風の属性でも付与しておけばそれなりの威力になる。さらに距離が近ければ窓ガラスくらい割れるだろう。


「そんなことをすれば…」


「ノイマン公爵が符丁に気付かなければ私たちは捕まってしまうでしょう」


「あまりにも無謀でかけの要素が強いのでは?」


捕まっても王子が顔を見せれば解放されるだろうが、正体を知られてしまうだろう。できれば、ノイマン以外には正体を知られたくない。賭け要素は強いがノイマンが切れ者であるということは原作でも言われていた。賭ける価値はある。っというかこれ以外に方法が思いつかない。


「はい、そうですね。ですが文句は聞きません。王子がノイマンの屋敷を訪れたという情報は他の貴族たちには教えたくないので」





結果、デルタさんが門番に一撃貰ったものの、寸でのところでノイマンが気が付いてくれ現在に至る。部屋の中にいるのはノイマンの護衛が一人と俺と王子、そしてノイマン本人だけだ。


「殿下らしくない作戦ですな。発案者は君かね?異国の騎士よ」


俺を異国の人間だと看破したことに少し驚いた。王子の留学から推測したようだ。


「はい、僭越ながら私が提案いたしました。ヴィレム・マーキアと申します。お会いできて光栄です」


ニコリとあいさつをしてから改めてノイマンという男を見据える。数秒間、視線が交差したがしばらくして向こうが逸らした。


「………本題に入りましょうか殿下。要件の想像は付きます。ひとまずトヴィアスの協力は得ることに成功したのですね」


「ええ、なんとか」


「ですが、力を借りられたのはほんの一部といったところでしょう」


鋭い男だと思う。俺の存在だけでこの判断ができるはずはない。カマかけである可能性を抜けば、他国の情報を入手できるルートを持っているということになる。


原作では登場期間少なかったからなぁ。底が見えないな。


「今のあなたを支持するつもりは私にはありませんよ」


バッサリと切り捨てる。ロバートは僅かに顔をしかめた。しかし、それは一瞬のこと。ロバートは不敵に笑って見せた。


「判断は私の話を聞いてからにしてもらいたい」


「…聞きましょう」


ロバートは決意を固めて言葉を紡ぐ。


「私は兄たちのことは尊敬しています。才能も功績も兄たちの方が優れている。ですが!王にふさわしいかどうかは別だ!セルベルトに王座が渡れば、この国は暗礁に乗り上げる。行き過ぎた実力主義と差別主義は国を割ってしまうだろう!デトロイトの常軌を逸した優秀さは周囲を堕落させてしまうことだろう!」


『デトロイト王子は優秀過ぎるが故に危険なのです。光が強すぎて周りを飲み込んでしまう。それでは国が育たない。人の心がわからない王は暴君と変わらない』


原作で描かれたノイマンの独白シーンでのセリフだ。自分でよくこのセリフを覚えていたなと思う。つまり、何が言いたいかと言えばロバートの懸念とノイマンの考えはほぼ同一ということだ。だからデトロイトのような優秀な男でなく自分が王座に座る意味を語れとアドバイスした。


「私には力がない。才能がない。実績がない。ですが、この国のことを考えていないわけではありません!実績を急造し才などなくとも王になれることを証明する。支配だけが王道ではない!私は歴史を進める!一人の王にすべてを任せる未熟な精神の国から、民と王で未来を作っていく国にするつもりです」


静寂が部屋を支配する。ロバートの荒い息遣いのみが広がっていく。


「不敬を承知で言いますが、話になりません。その未来には賛同できますが、殿下の勝つ未来を信じることができません」


ノイマンは感情を読ませない表情で、そう言い放った。それに全く動じることなくロバートは答えた。


「信じられないという意見は理解できます。私が勝つ未来を信じる根拠が今はありません。だから、その眼で見届けて判断してください。トヴィアスが味方をした私には兄セルベルトを打倒する用意がある!」


僅かにノイマンは眉を上下させた。そして、まっすぐと俺の方を凝視した後ロバートの方に視線を戻すと、考え事をするように目を閉じて黙り込んだ。


「我々に同行していただきたい。そして、第二王子であるセルベルトが失脚する未来を貴方が見たのなら私に付いてください」


今こちらが出せる限界をロバートは提示した。これで断られれば、どうしようもない。


「3割」


「…」


「私から見た殿下の勝率は3割です。ですが、見事に第二王子を打倒し完璧な立ち回りを演じれるというのであれば、話は変わってきます」


「つまり?」


「殿下に同行するということのみ了承しましょう。そして、価値を示されたのであれば役割を全うするとお約束いたします」


「感謝します」


ロバートの声が震えている。座っていなければ、地面に座り込んでいたであろうと思えるほど彼は脱力していた。緊張が解けたのだろう。


「詳細な計画と話は後ほど聞きましょう。殿下は少し休まれよ。部屋は用意させますので」


そう言ってノイマンが指示を出す。すると護衛の人間が扉を開け放ちご案内しますのでこちらへとロバート腕を持ち身体を支えた。言われるがまま、部屋を出ていこうとするロバートを見て決着がついたこととノイマンがこちらに譲歩してくれたことを感じた。



だがしっくりこないことがある。彼の実力についてだ。デルタは彼がとんでもない使い手だったと話していたが、そういった感じがしない。


実際に会ってみると有能さと迫力は感じたものの意外と覇気がない。いっそ仕掛けてみるか?距離でいえば7歩といったところ。護衛も手薄。やろうと思えば眼前まで迫れる確信がある。そうした時に相手の反応はどうなるか?危険を感じた時、人の本心は現れるものだ。


まあ、流石に現実的ではない。だが、ほんの一歩前に足を踏み出せばどうだろう。好奇心に負けそう考えた刹那、白刃が首元に突き付けられた。


「ッ!」


一瞬で魔法で身体を強化しバックステップで距離を取る。だが、そこには変わらず座るノイマン公爵の姿があった。


「いかがされましたかな?ヴィレム殿」


白刃なんて見当たらないのだ。刃を錯覚するほどの殺気。他の護衛と部屋を出ていこうとしたロバートは困惑し、怪訝そうな顔をしている。微動だにせず座っているのは目の前の老兵だけだ。


「いえ、何でもありません」


冷や汗がにじむ。こいつ本当にサブキャラか!?絶対強いじゃん。勝てないとは言わない。だが、それでも戦いたくないと思わされた。




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 ゲームの世界に転生した挙句黒幕に飼いならされてます……… @ecr000315

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