第5話

少数精鋭、俺と王子はノーラン王国の街ロアゾミナに来ていた。王子がいたから誤魔化せたとはいえ、立派な密入国だ。


市街に到着すると当たりはかなり賑わっていた。ここに来る前に経由した街は王の不在の影響でみんな不安がっていたが、この街は違うようだ。ロアゾミナはノイマン公爵が統治する街であり、活気がある最大の理由は街にある巨大なスペルリアという湖で取れる水産物と同じく湖が隣接している他都市との流通の賜物である。水運は陸路と違って起伏がほとんどくないため、便利だ。もちろん、高い技術力ありきの話だが。


交易を妨げないために警備が緩くなっているというのが、うれしい誤算だった。


「それにしてもいい街ですね。活気がある。王が不在なんて嘘みたいです」


「昔から、この街はこうなんです。土地の問題もありますが、ノイマン公爵は非常に優れた人物ですから」


隣を歩くロバートは少し視線を下げる。ゲーム内ではロバートの心情はほぼ取り扱われなかったため、俺は知らない。だけど、きっと劣等感みたいなものを感じているのだろうなと予測した。


「ハァ~、本当は彼のような人物が………」


ロバートと俺は顔を隠すために変装をし帽子を被っている。だから、隣を歩いていても顔はよく見えないが、その碧い眼が揺れているのが見えた。ここに来るまでの街の現状を見て、だいぶ参ってしまったようだ。


「とりあえず、食事にしましょうか。バートとデルタは何を食べたいですか?」


バートというのはロバートの偽名だ。俺もヴィレムではなくアークと名乗っている。王子の従者は有名人ではないのでそのままの名前を名乗っていた。


時折思い出したように頬を撫でる風は何処か冷たげで、早くどこかの建物に入ってしまいたかった。


手ごろな店に入って、席に着く。まだ朝の時間帯であり、客は少ない。俺を含めて三人はコーヒーとサンドイッチを頼んだ。


先に着いたコーヒーポットから噴きあがっている湯気が、低い天井に当たってゆっくり店内に拡がっていく。


「『サイレント』」


デルタさんが防音魔法を展開した。ただ奇妙なことに魔力の流れを感じなかった。っというか少し不自然な流れが………。


不思議そうな顔をしていた俺にデルタさんが少し自慢げな顔をしながら、説明をしてくれた。


「この防音魔法は私が張ったのではありません。これは魔道具が魔法を展開しているのです」


そう言って、机に置いてある青い球体を指さして見せた。どうやらインテリアではなかったらしい。


「魔道具、ですか」


魔道具の技術はトヴィアスでも研究されているもののまだ発展途上だ。帝国も同様だろう。魔道具は魔力を流すだけで魔法が使える代物であり、簡単な魔法であれば王国でも使用できる魔道具が開発されている。しかし、コスパも燃費も悪く実用段階にはとても至っていなかった。


「随分と進んでいるのですね」


それが市民の生活に溶け込んでいるのは驚きだった。技術力があるのは知っていたが、実際に見るとその凄まじさがより感じられる。防音魔法は中級に分類される魔法で、結界魔法の一種だ。中級魔法は秀才であっても魔法を学び始めて最短でも習得に1年はかかると言われている。もちろんアイセアは見てまねただけでできたので5秒もかかっていないがあれは例外だ。


「中級魔法をだれでも使える国ですか…素晴らしいですね」


「いえ、かなり値が張るためどこにでもあるわけではないのです」


ちょっと苦笑いをしてそう答えるデルタ。どうやらこの店の店主がお金持ちなだけらしい。


「通常飲食店で防音魔法を使うなんて怪しすぎますが、ここは商人たちが多く行きかう街。商談に関することを聞かれたくない人々が防音魔法を行使することは珍しくないので、需要があるんですよ」


ロバートがさらに説明を加えてきた。なるほど、こうして防音魔法を完備していると客にとっては店に入る理由になるわけだ。


「活気があって技術があって、いい街ですね。ここは」


「はい。………本来であれば、経由してきた街も素晴らしい街なのです」


「王の不在は大きな影を落とすものですからね」


前国王が有能であればあるほど国は揺れる。加えて、帝国の脅威が問題だ。おそらく、この国の魔道具の技術はデルタの説明以上に進んでいるだろう。原作開始時には戦況をひっくり返すレベルの武器が使用されていた。あれが魔道具なのか宝具なのかはわからないが、魔道具だった場合帝国に対抗するだけの力は十分ある。優秀な指導者がいればの話だが。


「ロバート王子。一つだけ聞きたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」


「ええ、何でしょう」


「王子は自分が王になることへのこだわりがないように思われる。あるのは国を憂う心だけだ。違いますか?」


「そ、れは………」


「何故王子は他の王子に玉座を譲ろうとはしないのでしょう?」


「なッ!おい、貴様!それは」


主への暴言にデルタは席を立ちあがらんとする。それをロバートは強制的に止めた。


「やめろ。デルタ。彼の疑問はもっともだ。協力を打診しておきながら、心の内を語らないのは無礼だ。こちらの非礼を詫びよう。ヴィレム殿」


「…話していただけるのですか?」


「…はい。前提として私は自分が王の器にふさわしいとは思いません」


ロバートは静かに語り始めた。


「ただ、どうしても兄たちが玉座に座ることに不安があるのです。兄たちのことは尊敬しています。才能も功績も兄たちの方が優れている。だが!強さ一辺倒のセルベルトには王座を渡すべきではないとそう考えています」


吐き出すようにこぼれるその言葉は彼が心に秘めていた本音だ。


「セルベルトに王座が渡れば、この国は暗礁に乗り上げる。行き過ぎた実力主義と差別主義は国を割ってしまうのでしょう」


彼はそう断言した。その声は力強く、確かな意思を感じさせた。


「第一王子はどうでしょうか?優秀なのでしょう?名君になるであろう器だとこれまでの街でも噂になっていましたよね?」


ロバートはここに来て初めて心からの苦笑いを浮かべた。彼は流れる様に心のうちを吐き出す。


「デトロイトは優秀過ぎるのです。誰よりも優秀な才覚を持ち、カリスマ性と功績そして血を併せ持ちます。ですが、あの人は人の心が理解できない。だから必ずどこかで、歯車が狂ってしまうそんな予感が兄からはするのです」


「私は大した才能も功績もありません。ですが、兄たちには少なくとも今は国王になって欲しくないと思っています」


酷い我が儘ですねっと悲しげに笑ったロバートを見て俺は、テコ入れに必要性を感じてしまった。今の彼は自信を無くしている。決心して協力を取り付けたはいいものの、街の惨状を見て王の不在を長引かせることを躊躇っているのだ。それでは勝てない。これから先やっていけない。


「王子………いや、ロバート。お前の意見はよく分かった。だが、一つだけお前は致命的な勘違いをしているぞ」


突然の呼び捨てにデルタは卒倒しそうになる。しかし、口を挟めないそんな空気が漂っているのを感じ、口をつぐんだ。


「お前は兄弟たちに負けないものを持っている」


「負けないもの………国を憂う心だとでも?そんなものは」


ふてくされた子供のように鼻を鳴らすロバートの本音をかき消さんと声を大きくする。


「確かに!国を憂う心は武器になるだろうが、それ以上に!持っているだろう!?お前にしかない、武器と手札を!」


ロバートは目を見開き唖然とする。


「お前は俺の主を説き伏せて協力を取り付けて見せた!誇れ!お前の面の皮の厚さは天下一品だ!話術とハッタリはお前の兄たちに劣っておるとは思わない!」


「何故そんなことがわかる――――」


「アイセアが!俺の主がお前を認めたからだ。確かに短い付き合いのお前を理解できるほど、俺は優秀ではない。だが、アイセアがお前に何かを見たのなら、信じる。お前は優秀なやつだ。だから自分の選択を信じろ!中途半端に諦めて民が不幸になることを許容できるのか!」


「ッ!それは」


「お前は、ロバート・ノーラン・・・・・・・・・なんだろ?ならここで誓え、戦い抜くと」


前のめりだった体を戻し反応をうかがう。正直、ロバートという人物を深く理解できていないので不安は残こる。ミストの時と違ってどういった言葉をかけるべきかの判断は、自身の勘だけを頼りにしたからだ。


どうだ?ロバートの反応は—————。これでだめならこれからの計画が—————。


「フッハハ、ハハハハハハハハハ!」


「殿下!?」


いきなり笑い出したロバートを見てデルタはぎょっとしている。


「なるほど、ひどい理由だ。正直者ですね、ヴィレム殿は」


「気に食わなかったか?」


「いえ、だからこそあなたの本心だと感じました」


憑き物が落ちたような顔をするロバートを見て、ひとまず計画を進められそうだと判断する。


「私は今まで何かを自分で決めたことはほとんどありませんでした。ですが、今回の決断は自分で決めたこと。余計に自信が無かったんです。ですが覚悟が決まりました。勝たせてくれるんですよね?」


「フッ、随分な言い草だな。王族としていいのかそれ?」


指示を出す側の王族が他の国の貴族の言いなりとはいかがなものか。皮肉が効きすぎている。


「私の長所は面の皮が厚いことらしいですし」


どうやら先ほどのセリフをかなり根に持っているらしい。


「では説明しよう。勝ち筋を」








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