第4話
「あら、お帰りなさい」
部屋に戻るとアイセアがソファーに腰掛けくつろいでいる。何でいるのだろうか?
「あなたは私のものなのですからこの部屋にはいるのに許可はいらないでしょう」
「いやいるだろ………。そんなことしていると臣下がいなくなるぞ」
「ご安心を。こんなことをするのはヴィレムに対してだけですよ」
「何も安心できないけど?」
俺はソファーの横にある椅子に座り、ひじ掛けに右手と顎を乗せて、寄りかかる。
「一応、聞くけど部屋漁ってたりする?」
「随分と面白みのない部屋でしたね」
悲しきかな間髪入れずにプライベートを否定された。今回は良いけど、俺のもいろいろと入られたら困る状況というのが存在する。できれば気を使ってほしいものだ。
「それにしても面白い方と会っていたようですね」
「………お見通しってか」
「飼い犬の行動くらい想像がつきます」
まあ、カインズ家の事件には教団が関わっている。事情を知っているアイセアからすれば、ミストの行動は予想の範囲内だろう。
「あっそ。カインズ家の件頼んでいいか?」
「もとからそのつもりでした。彼女には利用価値がありますからね」
冷たい瞳で虚空を見つめるアイセアはそう言い切る。
カインズ家の血に価値はない。あるのはミストの母親であるラフォリヤの血だ。本人も自覚はなかったのだろうが、ラフォリヤは邪神の封印を行なった六英雄の末裔だ。邪神の封印の解除には六英雄の子孫たちの血液と適性を持つ人柱、膨大な魔力が必要となる。故に教団は彼らの血族と適性を持つ人材を探しているのだ。だから、ミストには利用価値がある。ミストの姉の血液は襲撃した教団メンバーのミスで失われたため、教団からすればミストはぜひとも欲しい人材なのである。
余談だが、六英雄の子孫たちは大陸中に散っており、正式に六英雄の血筋であると言われているのは、帝国の皇族とトヴィアスの王族だけだ。
「あ、そういえばノーラン王国の件、あなたに一任すると王子に伝えたので宜しくお願いしますね」
「え?」
「あなたの予想が大当たりでした。流石ですね」
「いやだから………」
「ああ、もう少し詳しく説明した方がいいのでしょうね」
アイセアは昨日の王子との取引を説明してくる。そしていい笑顔で俺に励ましの言葉を贈る。
「期待していますよ」
「………なんで俺に任せるんだ?」
ノーランへの干渉は教団にとっても重要なことだ。ノーランの資源は王国にとっては魅力的だ。そして、ノーランに眠る禁書庫は教団にとって魅力的なものなのだ。ノーラン王国は大陸でもっとも長い歴史を誇っている国の一つであり、そこに貯蔵された文献の価値は計り知れない。何より、国のどこかに隠されている禁書庫と呼ばれる場所には六英雄が活躍した時代の魔法や技術が眠っているとされている。人柱と魔力の確保に困っている教団としては禁じられた叡智に縋りたいはずだ。
教団が現国王に強力な呪いを掛けたのは呪いを解くために、禁書庫を開かないかと期待したからだ。
代々、国王になったものだけが禁書庫への道を開くことができる。つまり、次期国王と親密にしておく必要性がある。
こんな重要な任務を何で俺に――――――。
「あなたの困った顔が見たいからです」
アイセアは心なしか顔を上気させ、魔性の魅力を孕んだ笑みを浮かべていた。
そうだった。この女はこういうやつだった。
「安心してください。アグニを補佐に付けます」
「監視の間違いだろ?」
「フフッ、今更あなたが私を裏切るとは考えていませんよ。あなたは私なしでは生きられないのだから」
その言葉が心に刺さった棘を押し込んでくる。過去の光景がフラッシュバックし、後悔や懺悔が一気に押し寄せてくる。少し吐き気がこみあげてくる。
「――っ」
直後、頬にアイセアの白い指先が優しく触れる。先ほどの魔性の笑顔から一転し、アイセアは邪気のない顔で微笑んだ。
「大丈夫ですよ。私は置いて行ったりも捨てたりもしませんから」
「………………」
もし、アイセアの本性を知らずに出会っていたらどうだったのだろう。もし記憶を取り戻さずに生きていれば、こんな感情を抱かずに済んだのだろうか?
「今日はもう寝る。さっさと出てけ」
そう言い残して俺はベットに身を投げ出した。
「改めて宜しくお願いします。ヴィレム殿」
「こちらこそ、ロバート王子」
ヴィレムとロバートは改めて顔を合わせて、これからの方針について話し合っていた。部屋の端にはロバートの従者の少女とヴィレムの補佐を任されたアグニという少女が立っている。二人とも赤い髪をしているのでなんだか本物の姉妹みたいだなと現実逃避気味な頭で考えた。
「まず、現状の把握からしましょう。トヴィアスで動かせる人間は私を含め100程度です」
すべてアイセアの派閥の人間だ。ただ、派閥の人間を大量に動かすと目立ってしまうため、100名ほどが限界だったのだ。内訳としては、アイセアの派閥の貴族2名とそれぞれが所有する兵団の一部で100名。それにヴィレムとアグニ、教団のメンバーが数人だ。
「私の方も王国に連れてきたのは従者を含め10名程度。国内にいる味方を含めても微々たるものです」
優れた才覚と血筋を持ち古参貴族と有力者に支持を受けている第一王子デトロイト。武勇に優れ血の気の多い貴族と軍関係者に支持を受けている第二王子セルベイト。そして、昔から兄弟たちほどの才能がなく対して目立ってこなかったロバート。ロバートについているのは一部の新興貴族と変わり者の古参貴族だけだ。
「状況はかなり悪いな…」
ヴィレムの独り言にロバートは苦笑いを浮かべる。ヴィレムは原作知識を持っているが、原作開始時点でノーラン王国の内部事情はさらに混沌としており、第一王子と第三王子が優勢で拮抗した状況に陥っていた。今とだいぶ状況が違う上に政治的な駆け引きはあまり描写されなかったため、ヴィレムからすればお手上げ状態なのだ。
そんなヴィレムの困惑を知ってか知らずかロバートは困ったような顔をしながら、用意していた資料を渡す。
「これが私がつかんでいる各派閥の情報です」
渡された紙の束に目を通していくヴィレムはあることに気が付いた。
「第二王子は確か妾の子でしたよね?」
「ええ、そうですが…」
(原作開始時に第二王子はほぼ退場していた。つまり、致命的な弱点があったということだ。セルベイトが兄弟たちの中で劣っているものはなんだ?………才覚ではない。実績でもない。考えられるのは血筋だ)
「第二王子の母親はいらっしゃらないのですよね?」
「はい…元々病弱だったらしくかなり昔にお亡くなりになられたと」
第二王子の母親であるソフィー王妃は元は平民だった。街中で見つけた平民の娘を当時の国王が娶ったらしい。そして、妃が懐妊された時期と国王が通っていた時期に齟齬がある。おそらく、セルベルトは国王の子ではないのではないかという推測がヴィレムの頭を掠めていた。これが当たりであれば原作開始時の状況も頷けるからだ。
これは正しくもあり間違いでもあった。原作での第二王子の失脚の原因は国王の息子ではないのではないかという疑惑だ。ただ、その疑惑は真実ではないのだ。そんな事実は存在しない。妊娠の兆候が判明するのには個人差がある。実の子供でないという可能性の方が低いだろう。普段のヴィレムであれば思い至ったことが、あるはずのない前情報によって見えなくなる。
補佐を任されたアグニはその情報を正確に理解していた。おそらく実の子ではないという疑惑はかけられても、調査を勧めればただの疑惑に終わってしまうということを予測した。
「ヴィレム様」
アグニはヴィレムに声をかける。
「何だ?」
「今考えているのは第二王子セルベイトの母親の件ですよね?であれば私にお任せください。必要な工作はしてまいります」
ヴィレムはどのみちアグニに潜入と工作を頼むつもりだった。アグニはアイセアに対しては忠実だが、教団に対する忠誠心はない。つまり、アイセアの指示通りに動いている間は自身を裏切らないとヴィレムが判断できる人物だった。故に、工作が得意なアグニを頼るつもりだった。
「頼んだ。第二王妃の出産の秘密を暴いて、証拠を手に入れてくれ」
「はい。必ずや証拠を
無表情のままそう告げるアグニと満足そうにしているヴィレムに困惑の視線を向けているロバートは口を挟む。
「いったい何の話をしているのでしょうか?」
その質問にヴィレムは笑って答えた。
「我々の勝利について話しているのですよ、ロバート王子」
ヴィレムは笑みを浮かべて右手を差し出す。ロバートはその碧眼を見開いた。
「方針が決まりました。とりあえず釣りから始めましょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます