水竜プリシラの水難事故防止講座

虹色冒険書

第1話

 

 

 

 

 みなさんこんにちは。暑いところ、お集まりいただきありがとうございます。

 初めての方は、初めまして。

 久しぶりにお会いする方は、お久しぶりです。


 私は『プリシラ』、本日この『水難事故防止講座』の講師を務めさせていただくことになりました。

 お見かけどおり、私は人間ではありません。水中での活動に特化したドラゴン、『リヴァイアサン』です。ドレイクやワイバーンと違って私には翼が無いので、ドラゴンでありながら空を飛ぶことができません。でも、私達は言わば『水中を飛ぶドラゴン』。水の中なら、どんなドラゴンよりも素早く動くことができるんですよ。それに、海や波についての知識にはそれなりに自信があります。まだまだ半人前ですけど、私だって『大海の守護者』と呼ばれるドラゴンなんですから。

 その能力を活かして、私は普段プールの監視員やライフセーバーの仕事をしていましてね、この講義の講師に抜擢されたのも、そこでの経験と知識があるからなのだと考えております。


 ではでは、前置きもこのくらいにいたしまして、さっそく初めていきますね。

 ほんの数十分くらいしか時間がありませんので、私の口からお伝えできることはたかが知れていると思いますけど……それでもどうか、有益な情報をお伝えできるよう努力いたしますので、最後までお付き合いいただければ幸いです。


 それではみなさん、夏になればやはり、川や海に出掛ける機会がありますよね。

 暑い中、川や海に入って遊ぶのは気持ちいいですし、思い出としても残るものです。

 しかしながら、発生する水難事故のおよそ8割が川と海で起きています。本当に残念ですが、川や海でのレジャー中の事故が非常に多いんです。

 

 まずは、もっとも発生割合の多い『海』での水難事故について解説していきましょう。

 

 海での水難事故に繋がる大きな危険因子となるのが、『離岸流』です。離岸流とは『リップカレント』ともいいまして、海岸に打ち寄せた波が沖……つまり岸から遠く離れた海上へ戻る際に発生する強い流れのことです。これに巻き込まれてしまうと、気づかないあいだに一気に沖まで流されてしまうこともあります。

 決して珍しいものではなく、海における溺水事故の6割が離岸流に起因しているというデータもありまして、その危険性について海上保安庁が啓蒙活動を行っているほどです。遊泳場所によっては、離岸流への注意を促す警告看板が設置されていることもあります。

 離岸流は幅が狭く、そして大きな流速を有するという特徴があります。一概には言えませんが、最大で秒速は2メートル。時速に換算するとおよそ7キロですね。これはオリンピックメダリストであっても、逆らって泳ぐことは困難な速さです。

 

 離岸流に巻き込まれた際、まずNGなのは『パニックになること』。

 泳ぎが得意でない方や、離岸流に関する知識がない方なら、突然沖へと押し流されてパニックになるのは無理もないでしょう。

 ですが、ここで慌てて岸へ戻ろうとするのは間違った行動です。

 さっきも言いましたが、離岸流はかなりの流速をともなっています。逆らったところで岸に戻るのはまず不可能ですし、体力を消耗していずれは力尽き、溺死してしまいます。

 

 では、どうすればいいのか……対処法としましては、『岸と平行に、横に向かって泳ぐこと』。これにより離岸流から抜け出し、そのまま自力で岸に戻ることができる場合があります。

 それから可能であれば、『周囲に流されていることを知らせ、助けを求めること』ですね。

 自力で岸に向かうことが不可能だと感じた場合は、無理に泳ごうとせずにとにかく『浮くこと』に専念してください。

 そして片手を左右に大きく振る動作で、ライフセーバーや監視員に救助を求めること。この動作は『ヘルプシグナル』といいまして、自身が危機的状況にあることを知らせる万国共通のサインです。要救助者だけでなく、要救助者を発見した人も出すことができます。

 しかし、救命胴衣を着用していなければこのサインを出すことも難しいでしょう。

 少しでも危険だと感じたら、早めに周囲に助けを求めることが重要です。

 

 離岸流以外にも、海での事故を防止する対策は存在します。

 たとえば、飲酒遊泳をしないこと。お酒を飲んで気持ちがハイになり、高ぶったテンションに突き動かされるままに海に飛び込んでしまう人がいるそうですが、これは非常に危険な行為です。

 お酒には人の脳を麻痺させ、判断力や運動能力を著しく低下させる作用があります。

 さらに飲酒後に泳ぐと心臓により大きな負担がかかり、心臓発作や不整脈を起こす可能性があり、下手をすれば意識を失うこともあります。海に入っている最中にこういった症状が現れると、まさに致命的です。

 飲酒後に溺れた場合、死亡率は通常の2倍に跳ね上がるというデータもあります。また、溺れた友人を助けようとした人がさらに溺れてしまうという2次被害を招くケースもあります。

 お酒に強い、弱いはまったく関係ありません。炎天下で発汗していることや、アルコールで心拍数も上がっている。ご家庭でお酒を飲んでいる時とは、状況はまったく違います。

 酒さえ飲んでいなければ……そう思ってからではもう、遅いんです。

 自分は大丈夫だと過信せず、飲酒後に海に入ることは絶対にしないでくださいね。


 それから、遊泳禁止区域に侵入しないこと。

 当然ですが、その場所が遊泳禁止区域に指定されるのにはれっきとした『理由』があります。

 近年では、茨城の海水浴場にサメが現れて遊泳禁止になったことがありましたね。私はサメなんて1発ですが、皆さんはそうじゃないですよね。

 他にも深すぎる場所や、磯付近、水質が悪くて健康を害する恐れのある場所などが遊泳禁止区域に指定される場合が多いです。

 それから非常に残念ですが、飛び込みといった迷惑行為が原因となる場合もあります。

 海に限らず、『度胸試し』と称して高所から水に飛び込む人がいるそうですが、そんなことをやってもカッコ良くなんかないですし、事故に繋がる恐れがあることをするのは『度胸がある』ということとは結び付きませんよー。

 そして私が『やめたほうがいい』と言うもっとも大きな理由は、『遊泳禁止区域』には監視員やライフセーバーが常駐していないという点です。もし何かあっても助けてくれる人がいませんし、事故が起きれば自己責任になります。当然です、警告を無視して遊泳禁止区域に踏み入っているわけですから。

 遊泳禁止区域は、違反者を罰するためではなく、皆さんの命を守るために定められているものです。そのことをどうか、お忘れのないように。


 私も海のドラゴン、海についてはまだまだ語り足りないところですが……そろそろ次の部分に移らせていただきますね。

 

 続きましては、『川』での水難事故について解説していきます。

 突然ですが皆さん、川という場所についてどのような印象をお持ちでしょうか? 

 流れは穏やかで周囲には自然も豊か、せせらぎの音は心地よくて、海はともかく、川で溺れるなんて考えづらい……と感じている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 

 ですが皆さん、聞いてください。

 ズバリ言って、川は私達の身近にある中でもっとも危険な場所と言っても過言ではありません。事実、川は海に次いで水難事故の発生件数の多い場所で、海と同じように常に水難事故のリスクがあります。

 さらに水難者を中学生以下の子供に限定すれば、川は海よりも割合が大きくなっています。 


 川での水難事故の原因として、まず『川は海よりも人が浮きにくい』という点が挙げられます。

 海水が口に入るとしょっぱいですよね。理由は言わずもがな、海水には塩分が含まれているからです。そして実は、水に塩分が含まれると浮力が大きくなる。つまり人が浮きやすくなるんです。

 もちろん、川の水に塩分は含まれていないので、川は海よりも人が浮きにくいといえるでしょう。

 海で泳げたとしても、イコール川で泳げるということにはならないので注意が必要です。


 浅いように見えていても、川にはある地点を境に急激に深くなる場所が存在します。ここはつまり、水の流れによって川底が大きく抉り取られている部分ですね。

 陸上からこの『深み』を視認するのは難しく、たった数歩進んだだけで水深が2メートルほどにもなり、大人でも足が付かなくなることもあります。まるで、落とし穴のようですね。

 浅いと勘違いしてこの深みに入ってしまい、そして水を飲み込んで呼吸ができなくなる……子供が溺水するケースとしてはもっとも多いパターンです。流れが穏やかで、一見すると人が溺れるようには見えない川にも深みは存在します。

 川に入る際には、水深の急激な変化に注意してくださいね。

 

 それから、ライフジャケットを着用することも大事です。

 川遊びごときで大げさだ、と思う人もいるそうですが、ライフジャケットは『川のシートベルト』とすら呼ばれていまして、水難事故防止において非常に有効です。着用時は未着用時と比較して生存率が3~4倍ほどにもなると言われていまして、皆さんの命を守る重要なアイテムであるといえるでしょう。

 浮き輪でいいんじゃないの? という意見もあるそうですが、浮き輪は簡単に体からすり抜けてしまうため、十分であるとはいえません。

 海での遊泳禁止区域と同様、川には監視員もライフセーバーも常駐していません。ライフジャケットはもちろん、天候に気を配る、川に入る前には下見をする、こういった『自己救命』はとても重要です。

 

 言うまでもないと思いますが、小さなお子様からは絶対に目を離さないようにしてください。

 流された帽子やボールなどのおもちゃを追いかけようとしたり、魚に気を取られて流されてしまったという事例があります。

 お子様をお持ちの親御様であれば、きっと十二分に知り得ていらっしゃると思います。

 一瞬でも目を放せば、どんな行動を取るかわからないのが子供です。私もドラゴンステイ先で数人の子供の面倒を見ていますが、危うくクレヨンで壁に落書きをされそうになったことがありました。寸前で取り押さえましたが、あれは本当に間一髪でしたね……。

 すみません、少しばかり逸れました。


 あ、もうこんな時間……。

 そろそろまとめに入らせていただきますね。

 

 時間の関係で飛び飛びな感じにはなってしまいましたが、本日は海と川の危険性について解説させていただきました。

 しかし誤解してほしくないのですが、私は決して『海と川は危険だから行くな!』と言いたいわけではありません。ただ、皆さんに水難事故に遭ってほしくないだけです。

 私の話から感じてもらえたかと思いますが、自然の力は時に想像を絶します。海も川も自然の場所である以上、安全の保証はどこにもありません。

 夏の楽しい思い出になるはずが、悲劇になってしまう。そんな悲しい出来事を減らすお手伝いができればと思い、私は今日講師を引き受けた次第です。

 私個人の考え方ですが、『知る』ということは最高の自己救命だと思っていまして。

 本日私がお伝えした情報が、たとえ少しであっても皆さんのご一助となることを切に願っております。


 それでは、本日の講義はこれにて終了とさせていただきます。

 ご静聴ありがとうございました、どうか忘れ物のないように、気をつけてお帰りください。


 ご縁がありましたら、またどこかでお会いしましょうね!





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