第51話 日常
「やっぱり、母さんの味噌汁は最高だね」
俺はそう言うと、ニコニコと笑みを零す。
「あらあら。どこでそんな褒め上手になったのかしら」
「時尭。今度、キャンプに行かないか?」
父さんはそういい、新聞を畳む。
「キャンプ? どこ?」
「北海道に行こうと思っているんだ」
「へー。いいね。クマが出たら俺が倒してあげる」
転移魔法をまだ使える俺には造作もないこと。
「そんなこと言うな。本当にでたらどうする」
「ふふ。まるで勇者ね」
「あっ。ええっと……」
照れ臭いような、誇らしいような。
そして少し哀しい気持ちがこみ上げてきた。
「キャンプ行くのなら、ご飯も考えないとね。バーベキューがいいかしら?」
「そうだね。俺、肉が食いたい」
ずずとまた味噌汁をすする俺。
うん。やっぱりおふくろの味だ。
うまい。
「父さんは肉よりも海鮮だな。ホタテとか、エビとか」
「それってどこで用意するのよ」
嘆息をする母。
「北海道だ。途中で道の駅にでもいけばあるさ」
「ちゃんと調べてよね。今はネットがあるのだから」
「そうだね。計画を立てないと、失敗するかも」
俺はこの数ヶ月のことを思い出していた。
魔王の討伐として異世界へ転移させられたこと。
実際に魔王を倒したこと。
でもこっちに戻ってきて、数時間しか経っていなかった。
あの時間は、あの思い出はただの妄想だったのだろうか?
真実はわからなくとも、今は家族と一緒だ。
誰とも会話できなかった俺は変わった。
あのゲームをしていたお陰なのだろうか。
異世界へ転移した。
そんなこと、誰にも言えなかった。
気が触れたとでも思われるのがいやだった。
実際、ネットでの感想は酷いものだった。
まあ、ネタとして捉えられたからまだマシだったのかもしれない。
ふと寂しく思う。
レジュにイリナ。
それにハイソケット。
彼女らと別れるのは辛かった。
直前まであっちの世界にとどまることはできないか、思案したものだ。
でも、俺は帰ることにした。
あっちの世界ではまだまだやるべきことがあっただろうに。
魔王と勇者を失った異世界では権力争いが加速したらしい。
人間の業がここまで深いとどうしようもなかった。
それに加えて勇者側がスキアを手懐けたのも、国王にとっては悩みの種らしい。
国民には伏せてあるが、その情報が漏れるのは時間の問題だろう。
レジュもイリナも、こっちに来られたらいいのに。
じーっと外の雨音を聞く。
カエルの鳴き声も聞こえてくる。
「そういえば雪菜は?」
「ん。寝坊だよ、父さん」
「ははは。学生は気楽でいいな。そろそろ会社に行ってくるよ」
「父さん、無理だけはしないでね」
「おう。なんだか明るくなったな。いい出会いでもあったか?」
父さんは軽く言うけど、確かにいろんな人と出会った。
それが悪いことなのか、いいことなのかも分からずに。
とても充実した日々だったと思う。
「いってらっしゃい」
母がお見送りすると、俺は雪菜の部屋へ向かう。
トントンとノックする。
「なに?」
眠たそうな声を上げる雪菜。
「ちょっといいか?」
「うん」
「俺、あっちに戻るよ」
「えっ!?」
ドンッとベッドから何かが落ちる音がする。
ガラッとドアが開く。
「なんで?」
「俺、まだあっちに戻りたいんだ。そして今度こそ、あいつらを救いたい」
「なによ。それ……」
「ごめんな。雪菜」
「だったら、あたしも連れて行って」
「え?」
「もう一人にはしてあげないんだから」
「そっか……。じゃあ行くぞ」
「ふふ。どうしているのかな。みんな」
俺は雪菜を抱き寄せる。
腹の底の熱はもうない。
そして――、
「
転移魔法も強化された。
勇者となった俺は転移魔法を自在に扱えるのだった。
なんの制約もなく、称号によって魔法が変異するのだから――。
フェアリーテレポート ~異世界転移したら転移魔法をゲット! 最弱だけど最強の俺。異世界でもコミュ障を発揮する~ 夕日ゆうや @PT03wing
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