第50話 燃える心。
「知らないな」
俺はそのままイリナに斬りかかる。
「きゃあぁぁぁぁっぁぁぁぁ」
「イリナ! このっ。正気に戻りなさいよ!」
レジュが多くの火球を生み出し、俺に向けて飛翔させる。
ずんっと重低音が鳴り響く。
「まさか、このフロア全体が崩れている?」
雪菜が驚いたように呟く。
床材が、柱が、壁が、崩れ落ちていく。
飛んできた火球をすべてムラマサとグラムで撃ち払う。
「あんた、どういうつもりかは知らないけど、ここまでやるならわたしも容赦しないよ」
「イキがっていろ。小娘」
「本当にどうしちゃったの。時尭」
イリナは呆けていた。
俺は前に出ると、レジュが錫杖で受け止める。
「あんた、どうしてそこまで哀しい顔をしているのよ!」
哀しい?
俺が?
なぜ……?
俺が哀しむ理由なんてどこにもない。
俺は俺の役割を果たした。
魔王を倒した。
なら、俺は俺のうちに閉じ込めていた感情を表に出す。
そして帰るんだ。
あの懐かしい日々に。
日常に。
そのためには目の前にいる敵を倒さなくちゃいけない。
俺を、こっちの世界に引き留めようとする敵と。
まだだ。
俺はまだこっちの世界に未練がある。
だが約束した。
俺はおふくろの味噌汁を飲むと。
もとの世界に戻ると。
魔王を倒し勇者になった今、俺はこの世界に踏みとどまる意味などない。
ジークも、魔王も、四天王も。
みな人の形を成していた。
それを殺した俺は評価された。
なら、また評価されたい。
されるには目の前の敵を倒さなくちゃいけない。
俺が俺であるために。
俺が帰還できないのも評価が低いから。
今すぐにでも飛んで行きたい気持ちを抑えて、敵を倒す。
俺はそれでいい。
目の前の敵を倒す。
それでいい。
「お兄ちゃん!!」
懐かしい。心の奥から吹き出した声。
俺の妹。
俺の家族。
我に返ったのは、雪菜を切りつけた後だった……。
「雪菜さん!」
「妹よ!」
「お、俺は……。何を、したんだ……?」
目の前にはレジュとイリナが、妹の雪菜を見ている。
だが、彼女たちには医学の知識も、治癒魔法も使えない。
使えるのは、……魔剣グラムを見やる。
そんな都合のいいことなんてあるわけがない。
小さくもろい妹の姿を見て、全身の血の気がひいていくのを知覚した。
「お兄、ちゃん……」
小さな手を伸ばしてくる妹。
俺は雪菜の手をとる。
「俺、俺は……」
「いいの。あたし、知っていたから。お兄ちゃんが腹の底で魔物を飼っているって」
「えっ」
「魔物?」
レジュとイリナがこちらに振り向く。
「これは比喩ではなうの、でもお兄ちゃんは神とやらに導かれた。きっとそれは人では成し遂げない大変なこと。だからあたしは見守ることにした」
ぎゅっと握り返してくる雪菜。
「ずっと、ずっと好きだったお兄ちゃんを助けるために」
いつも。いつだって、俺を守ってきたのが雪菜だ。
ジークのときも。魔王のときも。
俺はそれを知っていながら……。
「お兄ちゃん。コミュ障だから。だから仲間もできないと思っていたの」
「そんなことないわ」
「ワタシたちは仲間でしょ」
「仲間……」
俺の腹に重いものを感じた。
ずしりと腹の奥底を軋ませる。
「雪菜。もういい、しゃべるな。すぐに病院につれていく」
俺がおんぶしようとすると、雪菜は俺の肩に手を預ける。
「いいの。もういいの。あたし最初から分かっていた」
何を。
とは聞けない。
聞きたくはない。
俺は俺の身勝手で曖昧な態度で周りを傷つけてきた。
それを一番よく分かっているのは雪菜だ。
ずっと小さい頃から一緒に育ってきた家族だ。
にも関わらず、ここまで傷つけて、辛いの我慢させて。
こんなの兄じゃない。
俺の知っている兄はいつも妹を守っていた。
俺は間違えたのだ。
「もうそろそろだね。大好きだよ、お兄ちゃん」
「させない。お前を向こう側になんて行かせない! 俺が絶対に助けてやる!」
俺は剣を捨ててお姫様抱っこをする。
「どこかでお前を助けてくれる人がいるはずだ。魔族でもいい。俺は絶対にお前を守る」
「もういいだって。お兄ちゃん」
「……っ」
じわりと目の縁から涙がこぼれ落ちてくる。
「雪菜。そんな哀しいこと言わないでくれ」
俺が未熟だった。
俺が悪かった。
一番必要だった時にそばにいてやれなかった。
なのに、雪菜はこうして俺を助けてくれた。
《私を使って》
「ハイ、ソケット……?」
金色に輝く魔剣グラム。
俺は手にして雪菜の傷口に当てる。
「こうすればいいんだな?」
治癒魔法の使えるハイソケットなら、あるいはこれ以上の苦痛から逃がすために介錯するためか。
俺には分からない。
だが、こうするのが一番だと、なんとなく分かっていた。
雪菜の傷口に魔剣グラムを押し当てる。
「時尭?」
「そんなことをしたら妹さんが――っ!」
分かっている。分かっているよ。
ハイソケット。
俺は――。
淡く光る魔剣グラム。
「私の命を吸って」
ハイソケットの声が聞こえた気がする。
「私の分まで生きて」
それは暖かく優しい声音。
「だから、全てをあなたに託す」
雪菜はゆっくりと瞼を閉じた。
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