第49話 魔王、第二形態
ブレイブ・マスター?
聞いたことのない単語だ。
地に落ちた魔王を、俺は妖刀ムラマサで切り裂く。
その隣から魔法を放つレジュとイリナ。
きた。勝ち確入った。
魔王の張っていた結界を破ったのだから、あとは魔法による攻撃と斬撃で追い打ちをかければ、魔王のHPがなくなるまで続ければいい。
弱点をついた攻撃に魔王も焦りの色を見せる。
「だが――我は貴様などに負けぬ!」
何度も切りつけて、魔王は空高く飛ぶ。
そしてアストラル体を大量に放出し、姿を変える。
イノシシのような形になり、二本の角と、大きな牙を生やす。
背中には赤茶色の体毛をなびかせ、地につく。
「なんだ。あれは……」
俺がゲームでクリアした頃は、こんな形質変化はなかった。
きっとβ版でラスボスである魔王を楽々倒せたことで、新しく用意したのだろう。
だが、その姿では魔剣グラムは使えない。
魔剣は地に落ち、床に刺さる。
俺たちの戦っていた大広間の周囲は紫色の炎が舞い上がり、魔剣はその先にある。
どこかで見たことのある風景だが、ゲームでいう透明な壁が張られたとすると、あの魔剣は、ハイソケットは使えない。
イノシシと化した魔王は後ろ足に力を入れて、こちらに向けて走り出す。
その膂力はすさまじいもので、床材をベリベリと剥がしながら立ち向かってくる。
「こいつはどうやって倒せばいいの? 時尭!」
「分からない。今考えているところだ!」
俺の中ではこいつと戦うイメージがなかった。
だが、ゲーム脳であれば、ゲームをしている感覚を取り戻せば、奴の弱点を必ず見つけられるはずだ。
あいつは身体中にアストラル体を強化させた、いわゆる結界を張っている。
あれでは直接触れる転移魔法では攻撃ない。
転移魔法さえ、使えればあんな奴……。
と、魔王イノシシは壁にぶつかり、足を止める。
これだ。
「レジュ、イリナ。あいつの足を止めろ! 俺がとどめを刺す!」
「止める、ってどうやって……!」
「逃げるので精一杯よ!」
二人はかなきり声を上げる。
イノシシの突撃攻撃をさらにかわすレジュ。
その反動で周囲の塵が舞い上がる。
壁にぶつかる瞬間に隙が生まれる。
だがこちらもかわすので精一杯だ。
床材を破壊しながら突き進むイノシシ。
「そうだ!」
俺は転移魔法を使い、床材をベリベリとひっくり返す。
それに足をとられたイノシシが前のめりに転ぶ。
「今だ」
俺はイノシシに肉迫、触れる。
――転移魔法。
部分的に血肉を引き剥がされた魔王が命砕けた叫びを上げる。
周囲にその断末魔が鳴り響く。
「くっ。貴様ごときに、この我が負ける?」
魔王は人型の姿に戻り、顔をしかめる。
「お兄ちゃん!」
「雪菜!?」
紫の炎の外にいた雪菜が、同じく外に投げ捨てられていた魔剣グラムを手にする。
魔剣グラムから放たれる紫電が雪菜を襲おう。
「まけないから……」
雪菜はうめきながらも、魔剣グラムを俺の方に投げつける。
空中でそれをキャッチし、俺は魔王に向き直る。
魔王の足は凍り付き、頭上には火球が降り注ぐ。
ダメージを負った魔王に追い打ちをかける。
右手に持った妖刀ムラマサ、左手に持った魔剣グラム。
《行きます》
ハイソケットの声が脳裏によぎる。
「ああ。行くぞ!」
俺は二刀流の力を使い、両手にあった剣を振るう。
十二連撃の切っ先が魔王に襲いかかる。
「これで最後だ。魔王サタン!」
俺は転移魔法を使い、その首を切りおとす。
「やった」「勝った!」「さすがお兄ちゃん!」
嫌な音を立てて、魔王の首をもらい受ける。
俺はようやく魔王を倒したんだ。
感慨にふけっていると、身体の奥底に眠っていた熱が再び、再燃する。
俺は……いったい誰だ?
視界が明滅する。
周囲に集まってきた仲間がいる。
いや、俺に仲間などいない。
俺は、一人で闘ってきた。
ひどいいじめも、両親の浮かない顔も。
全部俺が一人で……。
俺はコミュ障で、誰も仲間にはしてくれなかった。
俺は俺のために生きる。
そのために敵を倒さねばならない。
敵、俺の邪魔をする者、命をもてあそぶ者。
「お前ら……」
「ど、どうしたの? 時尭」
「あんた、大丈夫?」
「お兄ちゃん?」
「お前らが敵だな。排除する」
俺は剣を高々と上げて、レジュに斬りかかる。
バックステップでかわしたレジュ。
「ちょっと、何をするのよ!?」
水中にいるみたいに敵の声が聞こえない。
まるで何かを耳に覆われているかのような感覚。
くぐもった声は俺の心にまでは届かない。
「くはははっはあ。ようやく倒せる。ようやく俺が俺でいられる――」
俺は再び剣を構える。
「ちょっと何やっているの。時尭!」
後ろから羽交い締めにしてくるイリナ。
いりな?
聞いたことがあるような名前だ。
だが、俺には関係ない。
そうだろ?
俺はこの熱につき動かされて生きているのだから。
敵は排除しなくてはならない。
「お前も……邪魔なんだよっ!」
俺は振り向きざまに剣を振るう。
飛んできたクナイをムラマサで落とす。
「お兄ちゃん、もう止めて!」
――妹の声。
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