エピローグ

エピローグ


 私はバルコニーで一人、本を読んでいた。

 青い湖に反射する太陽の光は、季節が春から初夏に変わりつつあるという証拠。

 本当はもうしばらく騎士団で働いている予定だったけれど、冬の終わり頃に私のお腹に新しい命が宿っていることがわかって、心配した彼が絶対安静だって聞かなくて……


 お腹が大きくなりすぎる前に、式を挙げようねってことになった。

 少々、順番が逆になってしまったけど、私は彼の吸血鬼の人形ヴァンパイア・ドールになることは、すでに決まっていたことだから問題ない。

 ちょっと、いつもより過保護になられてしまっているだけだ。


「奥様、ご友人の方がお見えになられていますよ」

「ご友人?」


 メイドが私を呼びに来た。

 でも、今日は誰かと会う約束をしていた覚えはない。

 一体誰のことだろうと首を傾げていると、メイドの後ろからひょっこりと顔を出したのは、かつて兄の婚約者だった魚人族の王女様だった。


「こんにちわぁ」

「ま、マリアさん!?」


 友人になった覚えは全くなかったのだけど、マリアさんはニコニコと微笑みながらこちらへ向かってくる。


「え、えーと、なんで、ここに?」

「なんでって、会いたくなって来ちゃっただけよぉ。私、あなたと仲良くしたいの」

「は、はぁ」


 そういえば、あの暗殺未遂事件の後、ジャンが私にしたことを知ったマリアさんは「ダーリンがそんな酷い男だなんて思わなかった!」と怒っていたのを思い出した。

 そして、その後私の方へ来て、なぜか私とは仲良くしたいっと執拗に迫られていたな……

 仕事があったから、あれからほとんど会うことはなかったけれど、まさか直々に会いにくるとは思ってもいなかった。


「魚人族ではね、友人に子供ができたら必ずしている儀式があるの。安産祈願ってやつね。あなたには私があんな男に騙されていたせいで、苦労をさせてしまったから、せめてもの罪滅ぼしをさせて欲しいの」


 そう言って、マリアさんは連れて来た自分の使用人たちに細かく位置を指示して、祭壇のようなものを作り始める。

 魚人族に代々伝わる儀式だそうで、置かれている像や装飾が魚の鱗のようで、どれも太陽の光を反射してキラキラと輝いていた。

 それがあまりに綺麗で、感心していると、今度は急に空が暗くなる。


 何か大きな影がバルコニーに落ちて、空を見上げると、大きな籠をくわえたカモメが一羽、上空を飛んでいた。

 カモメはバルコニーに降り立つと、一瞬で人の姿に形を変える。

 鳥人族だ。


「え、フィリアさん!?」

「こんにちは、奥様」


 カモメは仕立て屋のフィリアさんだった。

 鳥人族だったのは知らなくて、顔を見るまで誰だかわからなかったから、本当に驚いた。


「突然で驚いたでしょう? ごめんなさいね。でも、早く届けなきゃと思って!」


 フィリアさんは籠の中から真っ黒なドレスを取り出してみせる。


「すごい、綺麗!」

「お腹が大きくなっても着れるように調整しておきました。吸血族の結婚式では黒いドレスを着るのが習わしですからね」


 この他にも、フィリアさんお手製の素敵なドレスが次々出て来て、「お色直しもこれでバッチリよ!」と、フィリアさんは得意げに笑っていた。


「まぁ、すごい。私の時も是非お願いしたいわ」

「あらら! なんと立派なものをお持ちで!! これは是非採寸させてください!!」


 マリアさんとフィリアさんが話し始めて、静かだったバルコニーが一気に賑やかになる。

 二人のやりとりは見ていて楽しかった。

 面白い喜劇でも見せられているようで、私もたくさん笑った。


「————ん? なんだ? ジャンヌ、客人でも来ているのか」

「あ、


 普段ならつい口癖で、隊長と呼んでしまっていたのに、なぜかこの時ははじめて自然と彼をそう呼んでいた。

 それがものすごく嬉しかったようで、彼は私を抱きしめると、みんなが見ている前で何度も何度もキスをしてくる。


「もう、恥ずかしいからやめてください」

「いいじゃないか。俺たちは夫婦になるんだから」

「そうよぉ、子供だって生まれるんだし、今更だわ」

「そうですよ! むしろどんどんやってください!!」


 フィリアさんは鳥人族の特性なのか、興奮気味にそう言うと、彼はニコニコと笑いながら私を横抱きにして、嬉しそうにくるくる回る。


「ふふふ、坊ちゃんは本当に奥様のことがお好きなのですね」

「当たり前だろう。ジャンヌは、俺の大切なヴァンパイア・ドールだ。世界で一番愛してる」

「もう、だから、恥ずかしいんですってば……降ろしてください」

「嘘だな。顔が笑っているぞ、ジャンヌ。本当は嬉しいだろう?」

「……はい」


 もう、嘘はつかなくていい。

 それでも、やっぱり恥ずかしくて、私は彼の耳元で彼にだけ聞こえるように小さな声で囁いた。


「このまま、ずっとそばにいてください」


 私は、あなたに愛されて幸せです。




【ヴァンパイア・ドールズ 完】



最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ジャンヌの母親の話とかもあったんですが、6万文字を超えてしまうのでここで一度完結とさせていただきます!!

書ききれなかったエピソードは、コンテストの結果次第です。(落ちたら自主的に長編化いたいします)


この作品が少しでも面白い、続きが読みたいと思った方は、星レビュー、応援のハート、感想コメント等、何かしら反応を残していただけると嬉しいです。

よろしくお願いいたします。


2024.7.25 星来 香文子



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よろしければ、お読みください^^


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ヴァンパイア・ドールズ 星来 香文子 @eru_melon

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