夢に現れる人外が現実世界に会いに来る話。
@Y-iina
第1話
最近、疲れているのか妙な夢を見る。何者かに全身をまさぐられる内容だ。この夢を見た日は必ず体がぐったりとし、まったくといっていいほど休んだ気になれない。
確かに仕事が忙しく、恋人がしばらくいないのは事実だ。かといって、こんな夢を見るほど私は欲求不満なのだろうか…?
内容が内容なだけに誰にも相談できない。そもそも今は仕事で忙しいのだ。こんなくだらないことに悩んでいる時間は私にはない。
気のせいだろうか?最近、見ず知らずの迷子を保護したり、道案内をしたりと妙に子供と接する機会がある。しかし、はっきりいって自分は子供が苦手である。あれは、いつだったか。一度、姉の子を預かったことがある。「大人しい子だから大丈夫よ」という言葉通り、本当に手間のかからない子だった。しかし、迎えに来た姉を見た瞬間、わんわんと泣き出したのである。本当はずっと居心地が悪かったのだろう。それなのにずっと我慢し、ついに耐えきれなくなったのが容易に想像できた。
昔から子供に苦手意識を持っていたし、子供から好かれる自覚もなかった。それでも、いつか母親になれる日がくる。その淡い期待はこの日、見事に打ち砕かれたのである。そんな私に、なぜこうも子供が寄ってくるのだろうか?いくら考えても分からなかった。
チャイムが鳴り、玄関のドアを開けると、端正な顔立ちの男性がひっそりと立っている。大事そうに腕に抱えているのは…卵だろうか。つるんとしていて、かなり大型に見える。
私はこんな男性は知らないし、そもそも家に訪ねてくる人だっていないのだ。人違いだろう。「どちら様ですか?」そう尋ねようとした時だった。
男性が私の目をじっと見つめながら微笑み、「見てください。僕たちの愛の結晶です」と言う。
私の目の前に差し出されたのは、先ほどのあの大きな卵だった。いきなり現れて一体何を言っているんだろう?異常とも言える現象に思考が停止する。そんな私をよそに、男性は卵をこちらに押し付けてきた。
いやに冷たくて滑らかな感触だな。そう思った時だった。突然卵の表面が割れ、中から手が伸びてきた。それはぎゅっと私の指を掴んで離さない。それだけでなく、甲高い声で泣いているではないか。
赤く潤けた手、小さな爪。これは、まさか、まさか…赤ん坊?
いやいや、そんなはずはない。パニックになり、まだ私にしがみついている異形の存在を床に叩きつけたい衝動に駆られる。
が、確かにこの腕の中にいる卵は生きている。訳が分からない状況ながらも、何とか理性が働き、踏みとどまった。
さっきからありえないことばかりが起きている。冷静にならなければ。私は震える声で「これは何ですか?」と問いかけた。
「これは僕たちの愛の結晶です」「この子は僕たちの子供だよ」
体をまさぐられる夢も、妙に子供と接する機会が増えたのも、すべて目の前の男性の仕業だったと理解する。理解できても怖いものは怖い。気が付くと私は男性を押しのけ、家を飛び出していた。
足が絡まり転びそうになるのを必死に我慢し、とにかく走る。途中振り返ったが、男性が追いかけてくることはなかった。
走るのをやめ、歩くと目の前に公園が見えてきた。頭を抱えながらもベンチに座り、深呼吸をする。脳に酸素が行き渡ったのか、私の中である考えがよぎる。
「この状況こそが夢なのではないか?」そうだ、そうに違いない。いきなり妙な男性が訪れて、卵を渡され中から赤ん坊が出てくるなんて…ありえない。
最近、仕事や身の回りが忙しかったから奇妙な夢を見るのだ。そういえば、賃貸の契約書類にまだ目を通していなかったな。そんなことを考えているうちに、恐怖からようやく解放された。
自分が見ている夢に勝手に怖がって。これでは、私がバカみたいではないか。冷静さを取り戻した私は自分のアパートに引き返した。
どっと疲れた私はベッドに横たわる。夢の中でも寝るなんて変な気分だな。そう思いながらも体が疲れているのか、私の意識はどんどんと遠ざかる。
玄関のチャイムが鳴っている。そんな、まさか。これは夢、これは夢。悪夢なら、どうか覚めてほしい。そう願いながら私は玄関のドアを開ける。そこには、あの端正な顔立ちの男性が微笑みながら立っていた。
嘘だ、嘘だ。私はこの続きを知っている。私は震える声で「これは何ですか?」と問いかけた。すると男性が「見てください。僕たちの愛の結晶です」と答えた。
あぁ、私はもう彼から逃げることは不可能だろう。
夢に現れる人外が現実世界に会いに来る話。 @Y-iina
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