第8話 八尺市怪奇憚

 とあるお婆さんの話を聞く機会がありました。


 1991年のことです。彼女の息子は行方不明になりました。きっと異界の者に連れ戻されたのだとお婆さんは言いました。異界という言葉……普通なら、信じるのは難しいかもしれません。でも、僕は知っています。八尺市では、通常起こりえないような怪異が起こることを。異界から、こちらへ来た者たちが居ることを。肯定したくはないけど、それは現実なのです。


 息子が連れ去られる何年も前、ずっと前から彼女はとある宗教団体と関わっていたそうです。団体の施設はもうありません。ですが、確かにその団体は八尺市に存在しました。1980年に一度立ち上げられて解散し、今度は2013年に名を変えて、新たな団体として立ち上げられるも再び解散しています。その団体は僕の友人Cも知っています。Cは団体について語りたがらず、僕も昔からなんとなく不気味な印象を持ち続けていました。


 お婆さんが入っていたのは1980年に立ち上げられた方の団体です。その団体では降霊術がおこなわれていたと、お婆さんは語ります。彼女が語る降霊術の内容は、八尺市に伝わる異界のものを呼ぶ儀式に酷似していました。そしてお婆さんは降霊術により神の子を授かったのだと言っていました。異界より神の子を授かったのだと。その話をする時の、彼女のぎらぎらとした目が、おちくぼんだ眼窩の中で、印象的でした。正直、不気味で怖かったです。


 お婆さんは初め、我が子を、異界の者に連れ戻されたのだろうと言っていました。思うに、これには僕の憶測も含まれるのですが、事件の真相はこうです。八尺市に存在した宗教団体は儀式によって異界の子どもを呼び寄せて……いや、攻撃的な言葉を使うなら、異界の子どもをさらっていたのでしょう。何のためになんて知りません。単に彼女らは子どもが欲しかったのかもしれない。別の理由があったのかもしれない。でもきっと、彼女たちの団体がやっていたことは人さらいと変わらない行為。良い気分はしません。


 かつて八尺市に現れ、子どもたちをさらった長身の怪異は、実際のところ、さらわれた異界の子を取り戻しに来ていたのでしょう。そう思うと怪異の方に同情してしまいます。


 今も、八尺市では異界のものを呼び出す儀式が人によっておこなわれています。興味本位だったり、何か強い願いがあったり、様々な理由でおこなわれる儀式に共通するのは、人の勝手によりおこなわれるということです。僕は、不安です。


 人々の軽はずみな行動が、いつか取り返しのつかない事態を招いてしまうのではないかと。そう思っていても僕は儀式を止めることはできません。相手を拘束でもしないかぎり、それはできないのです。僕はただ、こうして文にして、危険性を呼び掛けることしかできない。無力です。


 今日も、八尺市には、いつもと変わらない人々の営みが感じられます。ただ、最近私がスマホで撮影した写真に、それは写っていました。棒状の体と、板状の羽を持つ生物が。それは僕たちの日常に入り込んでいるのです。多くの人が気づかないだけで、怪異は僕たちの近くに居ます。


 人々が異界のものを呼び寄せるほど、現世と異界の境界が曖昧になっていくように思えます。僕は、それが不安です。


 いつか、きっと人々は自ら呼び出したものによりむくいを受けるでしょう。近い未来か遠い未来かは分かりませんが、いつか、きっと。

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八尺市怪奇譚 あげあげぱん @ageage2023

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