短編「いいかげんに死になさい」

みなしろゆう

「いいかげんに死になさい」


 寝乱れたシーツの上で、はだけた夜着から覗く胸元が魚鱗に包まれている女は言った。


「ねえ、一緒に死んでくれない?」


 人魚を親に持つ女の上に跨って今にも襲い掛かろうとしていた僕は、思わず半端に伸ばした右手を宙に留める。

 死んでくれと言われることには慣れていた、その望みを叶えてやれたらどんなにいいかと答えれば、女は口を尖らせる。


「ダメよ、貴方さま。

 うんと答えなくちゃ……抱いて終わりにするつもりなら、最初からそうと言ってよね」

 

 期待して損した、異形と人の血が混ざる美しい女は呟き、僕の唇を舌先で舐る。


 この世界で人魚というのは人間の男に肌を許すと死ぬ生き物らしい。

 全て理解している上で、恍惚とした微笑みを浮かべた女は僕を誘った。


 なんて気持ちがいい別離だろう、一緒に死んでやれたらもっと良いのに。

 残念ながら僕は人魚とまぐわっても死ぬ生き物ではなかった、今夜はそれを知ることが出来た。




 また違う日の夜、今度の女は鬼だった。

 人と異形の半々ではなく根っからの鬼だ、酒場で独り酒盛りをしていた彼女は僕の姿を見た途端、おえっとその場で嘔吐した。


「きしょい呪いを掛けられた奴もいるんだな、世の中には」

「顔を見た途端に吐かれた僕の身にもなってよ」


 汚れた卓上にこれまた汚い雑巾が投げつけられる、酒場の店主が僕を睨みつけていた。

 これでもかと並んだ空の酒瓶を片付けながら、僕は彼女の吐瀉物を掃除する。


「僕には特定の異種族の女と性行為をしないと死ねない呪いが掛けられていてね。

 今までいろんな種族の女を抱いてきたんだけど、一向に死ねないんだ」

「はぁ、それで?」

「君を抱かせてほしい。

 まだ鬼は試したことがない」


 ふざけるなよと、怒号と共に飛んできた杯を僕は避ける。


「アタシを馬鹿にしてんのか、女の誘い方ってのがなってねえ」

「今まで断られたことはないんだけどね」

「だとしたらおまえに股開いた女は馬鹿ばっかりだ、低俗なおまえに似合いのな」


 彼女は爛々と光る鬼の目で僕のことを睨みつける。

 暫くそうした後に、孤高の鬼は豪快に笑った。


「だけど、このアタシを怒らせる男ってのもそういねえ。

 今夜はちょうど暇だったしな、アタシの好きなようにしていいなら付き合ってやる」


 首が折れて足がちぎれても逃げるなよ、血に飢えた獣の眼光が僕を貫く。




「なんだおまえ、マジで死なねえじゃん。

 あはは、こりゃあいい!!」


 今度は僕が女に跨られていた、首を絞められて泡を吹いているのに意識は明瞭だ。

 ジタバタと暴れても鬼の膂力には敵わなかった、彼女の皮膚は興奮すればするほど真っ赤な色に変わっていく。


「適当に酒飲んで寝るつもりだったのに、随分とおもしれえオモチャを拾ったな。

 死にてえんだろ? 勃ってみせろよ、泡ばっか吹いていねえでよ」


 情けない奴と吐き捨て、彼女は締め上げていた首から手を離した。

 やっと息ができるようになって、咳き込みながら起き上がる、痣だらけの全身で僕は彼女に抱きついた。


「はぁ、きしょすぎ」

「……我慢して」


 目を閉じて、全裸の体同士が密着し暖まるまで待つ。

 鬼の体は柔らかいとこが一つもない、ゴツゴツした指先が僕の背中を撫でる。


「人間は、そう簡単に子作りしないんだってな」

「人それぞれかな」

「おまえは取っ替え引っ替えだろ?」

「止むを得ずね」


 はは、と彼女が笑えば僕の体も揺れた。

 あったかい、気持ち良い、もっとほしい。


「もう千年くらいかな、生きてるんだ。

 そろそろ死にたい……寂しい……」

「ふうん、そういうもんか。

 難儀な生き物だなぁ、おまえ」


 ぐっと体を両手で押されて、また彼女の方が上になった。

 長い鬼の爪が僕の頬を引き裂く、流れでた血を舐めとって彼女は言った。


「おもしろいやつ」


 鬼とまぐわっても、僕は死ねなかった。

 最悪な気持ちで夜明けを迎えて、それからずるずると生きて、彼女が死ぬまで共に暮らした。


 死ねない、死ねない、死にたい。

 もう嫌だ、もう生きたくない、死にたい。


 色んな街に行った、色んな種族を抱いた。

 歴史の転換を何度も見た、幾ら女を抱けども死ねず、自分が幾年生きてきたのかいよいよ、分からなくなった頃。



 「いいかげんに死になさい」



 それは美しく恐ろしい魔女が、僕の額に手を当てた。


 あ、あ、と声が勝手に溢れでる、目を合わせて声を聞いているだけで絶頂しそうなほどの快感が身体中を駆け巡る。

 僕は自分が僕という個人であることを忘れ、ただ両手両足を痙攣させるだけの人形に成り果てた。


 しにたい、しにたい、しにたい──!!


 脳裏を己の絶叫が支配していく。

 涙を流して懇願する僕を見た、黒い魔女はにこやかに告げた。


「オマエの子種が欲しかった。

 ずぅっと、オマエを穢していたかった」


 何の因果か知らないが。

 あの日、僕のことを呪った魔女は、この世に蔓延る異種族の性に塗れた全身を愛で、慈しむように犯した。


 女を抱いて初めて、僕に朝が来なかった。

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短編「いいかげんに死になさい」 みなしろゆう @Otosakiaki

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