6話「モンスター捕虜(クレーマー)」

「飯がまずい」


 ポーカーフェイス(実際はただ緊張しているだけ)のセドルは、カルロス王子の吐き捨てるような声を聞く。


 この一室で生活できるよう物がそろった貴人用の部屋だ。

 カルロスは瀟洒な椅子にふんぞり返って文句を垂れる。


「ビナー王国第四王子たるこの私に対し、豚の餌未満の代物しか出てこないとは。客人に対する態度とは思えんな。それとも、アンドールの蛮族どもは豚の餌を好んで食うのか? であるならば、あの品性のなさも理解できるというものだ」


「…………」


「なんだその生意気な目は。どうやら先代〈剣聖〉は満足に子の教育もできぬと見えるな。貴様がごとき小僧など、本来私と同じ目線に立つことすらできぬのだと知れ」


「…………」


「だいたい――」


 だらだら続く苦情、というか罵倒の嵐を黙って聞き流しながら、セドルは内心、滝のような冷や汗を流していた。


(……どうすりゃいいんだこれ)


 戦争の重要事というのは、戦後にこそ発生する。


 兵に支払う棒給だけに留まらず、彼らが口にする食料。武具や生活用品などの経費の精算。

 自軍の被害規模の確認に加え、とりたてて戦果を挙げた者には恩賞を与えねばならない。

 そして、捕らえた敵兵がいれば、その扱いに頭を悩ませることもある。


 例えばその捕虜が、敵国の要人であった場合などだ。


 ビナー王国第四王子カルロス。

 本人は客人を自称し、そして無駄に偉そうだが。


 要はゴリッゴリに虜囚である。


(捕虜とはいえ相手は王族。地下牢なんかに繋ぐわけにもいかねぇし、貴人用の部屋にぶち込んで大人しくしてくれるのを願ってたんだが……)


 実態はこの通りクレームマシーンだ。

 世話係に任命した使用人や料理人が音を上げて、なんとかしてくれとセドルに泣きついてきたのがつい先刻。

 もちろんセドルはドーナに泣きついた。

 ドーナはこう言った。


「じゃあ代わりに、諸経費の精算をしておいてくれるかしら?」


 書類仕事経験ゼロのセドルにそんなことが出来るはずもない。

 セドルは渋々、こうしてカルロスと対峙した。


(あんな期待を込めた目で見つめられたらトンズラもできねぇって……)


 使用人たちは今は部屋の中にはいないが、扉の外で聞き耳を立てているのが気配でわかる。

 下手は打てない。


(で、その下手を打たないパーフェクトコミュニケーションとは?)


 絶望の心持ちで窓の外を眺めていると、カルロスは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 どうやら、真面目に聞いていないのがバレたらしい。


「貴様のそのふるまい、目に余る。這いつくばえ」


 もちろん、使用人の目があるところでそんなことはできない。


「むりですが」


 パッサパサの口でなんとかそれだけ言うと、カルロスは忌々し気に舌打ちをする。


「どうやら先の戦いで驕っているようだが、勘違いを正してやる。……そも、私は負けていないのだ」


 いや負けただろ。


「貴様は私を掌で踊らせたと考えているかもしれんが、用兵を見よ。あれは蛮族の気勢に任せた単なる衆愚の行進にすぎん。翻って我が軍は、私の命のもと実に整然と隊伍を組み戦った」


「はあ」


「貴様が勝利したのは天の気まぐれに過ぎん。天秤に乗せるおもりが真っ当なものであれば、勝利していたのはこの私だったのだ」


 セドルはたっぷり十秒ほど沈黙した。


(あー、つまりあれか? 兵士の運用で勝ってたのはこっちだから、アンドールが勝てたのは運がよかっただけってことか? 運が絡まない戦場ってどこだよ)


 先の戦いが初陣だったセドルだが、それでも剣の山で戦い通しの日々を送ったのだ。

 戦いというものが水物であることは知っている。

 将ともあろう者がそんなことすら知らないとは。


「……クソアホかよ」


「なに?」


「あ」


 口に出てた。

 カルロスはみるみる顔を真っ赤にしてまくしたてる。


「貴様ッ、言うに事欠いて私を侮辱するか! 品性の欠片もない、猿山のボス風情が。恥を知れ!」


「あー、いや、その」


「ケテル王国〈剣聖〉が、聞いて笑わせる。アンドールの領主も落ちたものだな。貴様のようなものを知らぬ小僧は、今後〈能無し〉とでも名乗るがいい。だいたい――」


 その瞬間、爆音がした。

 爆散した扉の破片があたり一面に飛び散る。

 振り向くと、粉塵の向こうからいくつもの人影が姿を現した。


「おうおう、黙って聞いてりゃァ……」


「ずいぶんと好き勝手言ってくれますねぇ」


 そうだそうだと追随するガラの悪い連中を引き連れてやって来たのはジャンとオリオルである。

 二人とも、それぞれの得物を担いで額に青筋を立てている。


「グダグダなに言ッてるかわかんねェけどよォ、負けは負けだろうが。ずいぶんめでたいアタマしてんだなァ、王子サマとやらは」


「あなたの頭がめでたいのは結構ですが、アンドールを……それも偉大なる親方様を貶すとなれば見過ごせませんよぉ」


「泣かすぞコラ」


「ウェルダンにして差し上げますぅ」


「ひいっ!?」


 バカ二人の世紀末発言に、カルロスはすっかり震え上がる。


「そうだそうだ!」「ぶっ殺せぇ!」「〈剣聖〉万歳!」


 後ろのモブバカどもも大盛り上がりだ。


 ポーカーフェイスのセドルは、内心冷や汗だらだらだった。


(やめろクソアホども! んなことしたら国際問題だろうが!)


 戦場ならまだしも、捕虜にした敵国の王族をぶっ殺しましたはシャレにならない。

 法律ガン無視して勝手にライン越える激やば領主になってしまう。


 ……それはそれで辞められるしアリなのだろうか。


 いや、父が築いた名誉をドブ川に放り投げるがごとき所業だ。

 到底看過できない。


 が、セドルが大勢の前で声を上げられるはずもなく。


(誰かぁ――! こいつらを止めてくれぇ――!)


 心の叫びも虚しく、勢いづくバカ二人。

 はやし立てるモブバカども。

 震え上がるカルロス。


 もう終わったと諦めたところへ、救世主が現れた。


「騒々しいぞてめぇら!」


 救世主は、オールバックの色つきメガネのいかついおっさんだった。

 ペレだ。


「ジャン、オリオル、てめぇらがいて何だこの騒ぎは」


「おっさん、聞いてくれよ。かくかくしかじかでよォ」


「こしたんたんといった具合なのですよぉ」


「なるほどな。バカかてめぇら、王族丸焼きにしていいわけねぇだろ」


「王族がなんぼのもんだッてんだ」


「〈剣聖〉の方が何倍も上ですよねぇ」


「……黙ってろてめぇら」


 ジャンとオリオルが面白くなさそうに押し黙る。

 二人も一応、自分より強い相手には従う所存らしい。

 ペレはそんな二人の間を縫って前に出ると、カルロスの前に膝まづいた。


「このたびはウチのモンがとんだ無礼を働いたようで、まことにすいやせん」


(さすがペレ!)


 筆頭騎士かつ将軍補佐は伊達ではない。


(やっぱお前は他のクソアホとは違うと思ってた! このまま常識的に、いい感じに話しまとめてくれ!)


 と、狂喜乱舞するセドルはどうやらペレには気づかれていない。

 どさくさにまぎれてこっそり距離を取り、気配を消していたからだろう。

 大船に乗った気持ちでペレの手腕を眺めることが出来る。


「……っ、そ、そうだ。まったく、蛮族の中にも弁えている者がいるではないか。だが、しでかしたことが消えてなくなるわけではない! これをいったいどうしてくれる!」


「それはつまり、落とし前の話でしょうか」


「そうだ。この私にふざけた口を利いたのだ。そ奴らの首でも刎ねなければ収まるまい!」


「それは困りやしたね。いえ、これで勘弁してくれないとなると、こっちもこっちで落とし前つけなきゃいけないもんで」


「は?」


「扉が粉々になってるでしょう。貴人用の部屋の、飛び切り上等な扉でさぁ、こいつがこんなになったのは、どうやらオタクに原因があるらしい」


「な、なにを言う! 蹴破ったのはそこの者らで……」


「しかしウチのモンは、オタクが、ウチの領主を罵倒したと言ってやす」


 ペレはおもむろに立ち上がると刀を抜く。

 なにをすると激昂するカルロスの手を掴み、指を開いた状態で机の上に固定した。

 そして、そのすぐ横に刀を突き立てる。


「なら、タマの代わりにエンコくれぇは詰めてもらわねぇとなぁ!?」


「ひ、ひいぃぃぃぃぃぃいい!?」


(なんでだぁあああああああああああ!?)


 心の中でセドルは絶叫した。

 場をまとめてくれると思ったら、とびきりの爆弾を放り込んできやがった。


「よっしゃ根性見せろ!」「さすがペレのおっさん!」「五本全部いったれ!」


 と、ジャンとオリオル含めたバカたちがウェーブする。

 エーンーコ、エーンーコ、と地獄のようなコールが響き渡っている。


「た、助けてくれぇ~~~~ッ!」


 それはこっちのセリフだと思いながら、セドルは慌てて割り込むことにした。

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2025年1月9日 19:04
2025年1月10日 11:24
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コミュ障陰キャ剣聖〜超人見知り領主だけど 、家臣の戦闘狂どもに盲信されてて辞められない〜 伊多良天狗 @itara

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