5話「コミュ障陰キャは辞められない」

「な――なんだ、何が起きた!?」


 目の前の光景に、カルロスは激しく動揺する。


 放ったのは保有する中でも最高クラスの魔物だ。

 カルロスとしても敵軍を半壊させるつもりの初手だった、それが。


「く、貴様ッ! どういうことだ。なぜあれが輪切りになどされている!?」


 怒鳴りつけるが、カソックの男は答えない。

 王族である私を無視するだと、と頭に血が上りかけたが、そうも言っていられなかった。

 アンドール軍から喊声が上がったのだ。


 魔物によってばらばらになりかけた戦闘狂たちは、魔物の討伐によって士気を上げ、怒涛の勢いで突撃してくる。

 逆にこちらの兵は、魔物があっさりと倒されてしまった事実に動揺していた。

 重ねてアンドール兵の異常ともいえる気迫に足を止める者もちらほら。


「なんだこれは、なぜこんな。誰の仕業だ――!」


 癇癪を起して身を乗り出す。

 そして見つけた。驀進する蛮族どもの背後で、剣の切っ先をこちらに向ける少年の姿を。


 その、黒髪と赤い瞳という特徴には見覚えがあった。


「あれが、あの男が、ケテル王国の〈剣聖〉の跡継ぎか……!」


 理解した瞬間、ぞわりと背筋に悪寒が走る。

 そんなはずはないと理性が言うのに、その思考は消えてくれない。


「まさか、誘ったのか、この私を!?」


 これ見よがしに布陣していたのは、カルロスが有する魔物の情報を知っていたからではないのか。

 その魔物を正面から打破し、この状況を作り上げることこそが目的だったのではないか。


 だとしたら、奴は。

 先代〈剣聖〉すら超える智謀と武力の化身だ。


「ふざ、ふざけるな! この私が、ビナー王国第四王子たるこの私が、たかだか辺境伯ごときに読み負けるなどあるはずがない!」


 即座にカソックの男に命じる。すぐに次の魔物を。

 だが、それは別の家臣に止められた。


「恐れながら、敵はもうそこまで来ております! 今放てば味方をも巻き込んでしまいます!」


「知ったことか、雑兵程度いくらでも替えが利く!」


「どうか、どうかお聞き届けください! 自らの手で兵を潰したと知れれば、殿下の王位も遠のいてしまいますゆえ!」


「ぬぅううう……ッ!」


 カルロスは憤怒の形相で歯を食いしばる。

 だが、すぐに思い至った。まだこちらが劣勢に立たされたわけではない。

 なぜならアンドール軍はこちらのわずか半分。

 しかも搦め手を用いず、ただただ純粋な力押しで正面から襲来してきている。


「早まったな、蛮族の大将よ」


 すぐさま迎撃の命令を下す。

 兵力優位は依然こちらにある。

 アンドールの蛮族程度、恐れるには値しない。


 そんなカルロスの思惑は、すぐに裏切られることになる。


 *


「いやいやいやいや待て待て待て待て!」


 ヒャッハー爆走する戦闘狂どもをセドルは必死になって追う。

 奴らはすでに声が届かないほどのはるか彼方だ。


 どうせ聞こえないのでセドルも存分に声を張り上げられる。


「そんな馬鹿正直に正面から突っ込んだら、魔術撃たれてクソ蜂の巣にされるだろうが――!」


 そうしてなんとか到着したセドルは見た。

 真正面から敵を食い破る戦闘狂どもを。


「あ?」


 それはもう、びっくりするくらい一方的な展開だった。

 敵が魔術を撃とうと、剣や槍で弾いて突撃。

 敵が白兵戦で迎え打とうとすれば、それを上回る技量とパワーで破壊。


 特に活躍著しいのは三人だ。


 モヒカンが巨大な斧を振り回し、盾の上から敵兵をちぎっては投げちぎっては投げしている。

 枯れ枝男はわざと体を斬られながら、「もっとぉ、もっとですぅ!」と狂乱しながら次々と敵兵を杖で殴り飛ばしていく。

 ペレに至ってはなぜか涙を流しつつ一振りで数人をまとめて両断する様が壮絶すぎて、怯えた敵兵が逃亡を開始していた。


「なんだこれ」


 無論、無傷とはいかないが、戦闘狂どもは血を流しながらも超いい笑顔で敵兵を蹂躙していた。


 敵軍はもはや恐慌状態だ。

 自分が傷つくのも構わず、ヒャッハー高笑いしながら突っ込んでこられたら誰だって怖いだろう。


 もちろん、セドルだって怖い。

 魔導士部隊も杖をこん棒のようにして白兵戦してるのが特に怖い。

 こいつらが家臣ってマジ?


「親方ぁ! 敵将を確保しました!」


 やがて、伝令がそんな知らせを届けてきて。


「……よくやった」


 労ってから、セドルは空を仰ぐ。


(……まあ、いいかなんでも。勝ってるし)


 この勝利で褒賞をもらえれば、セドルは領主を辞められるのだ。

 家臣が野蛮人過ぎることについてはもう考えないことにした。



 *


「な、な、な……」


 立派な羊皮紙の書状を握りしめて、セドルはプルプルと震える。


 あの戦争から早くも一週間が経過した。

 初戦で指揮官である王子を失ったビナー王国軍は、それ以上交戦の意思を見せなかった。

 尻尾を巻いて逃げ帰ったとあれば、待ち受けているのは後処理である。


 その一つである、王都への報告はもちろん“戦勝”。

 褒章の知らせを心待ちにしていたセドルは、王宮から訪れた使者を歓迎し書状を受け取った。

 のだが。


 書状の中身を意訳するとこうだ。


 ――初戦争お疲れ! 敵軍退けたの偉い! ご褒美として、お前の父親も名乗っていた〈剣聖〉って称号を使っていいよ!


「いらねぇぇえええええええええ!」


 セドルは書状を放り投げ、椅子から転げ落ちるとエクストリーム七転八倒をキメた。


「なんっだそれ! 実質無報酬だろこんなもん! やりがい搾取とかナメてんのか! なにがケテル王国だブラック王国に国名改めろやクソアホがぁ――!」


 ひらひら舞い降りてきた書状を丁寧につかみ取り、ドーナが冷静に指摘する。


「〈剣聖〉の称号は代々、アンドール家当主に与えられてきたものよ。本来は王国一の武人として認められた人間にしか与えられない、武官の誰もが羨むものだけれど」


「知ってるよ! でも結局名誉称号じゃねーか!」


「その名誉もバカにならないわ」


「……というと?」


「どれだけ強くても、名前の売れていない領主が守ってるようじゃ侮られて不要な争いが起こることになるわ。けれど、戦勝という箔がついて、〈剣聖〉の称号があれば」


「攻め入るのに躊躇するって話だろ。知らねぇよ俺は辞めたいんだよ!」


「そもそも、セドルの作戦そのものに無理があったのだけれどね」


 書状を机に置くと、ドーナは例によって紅茶の準備をし始める。

 ぬるりと起き上ったセドルは大人しく休憩スペースに着席し、彼女が向かいに座るのを待った。

 二人分の紅茶を用意し終えたドーナは、冷静に指摘する。


「手柄を立てて、その褒賞として辞める……。けれど王国側からすれば、そんな優秀な人材をみすみす手放すはずがないじゃない」


「ぐっ、」


「むしろこんな風に名誉や責任を与えて、簡単に辞められないようにするのが合理的だわ。特に、〈剣聖〉の称号はアンドール辺境伯として内外共に認められたという意味合いも含まれるから」


「余計に辞めにくくなった?」


「ええ」


「ぐおおおおおお……」


 セドルは頭を抱えた。

 まさか墓穴を掘っていたとは。


 というかドーナは、それがわかっていたから止めなかったのだろう。


「本当に辞めるつもりなら、問題を起こす方が合理的ね」


「それはやっちゃダメだろ……」


 父が守り続けてきたアンドールの家名に泥をぶちまけることになる。

 最悪家が取り潰されれば、父だけでなくドーナにも被害があるし、家臣だって行き場を失うはずだ。


「俺は後腐れなく辞めてぇの。そんな責任感に苛まれそうな方法取るわけにはいかない」


「変なところで他人思いというか、根っこが真面目なのよね」


 そのとき、荒々しい音と共に扉が開いた。

 何事かと顔を向けると、ペレを始めとした戦闘狂どもがずらずら入ってくる。


「やはりここにいやしたか、親方」


 何事かと問う前に、戦闘狂バカどもは口々に言い募る。


「親方ァ、ぜひオレらに剣の指導をしてくれェ!」

「ぜひぜひワタシと模擬戦を……剣は当然真剣で結構ですぅ」

「それが終わったら酒でも飲みかわしやしょう」


 その他にもあれしてこれしてと、あまりの勢いにセドルは何も言えない。

 無駄に澄んだ目である、戦闘狂の癖に。


 当然、セドルにスマートに断るコミュ力はなかった。


「…………少し待っていろ」


 練兵場で待ってますと、嬉しそうに部屋を出ていくバカ一行。

 見送って、セドルは絶望的な面持ちで振り返る。


「ドーナ、助け、」


「私は書類仕事があるわ」


「クソッたれぇ――!」


 アンドールの屋敷に絶叫が響き渡る。

 この生活からは、しばらく解放されないのだと悟ったそれは、悲しみの叫びだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る