第3話「君は綺麗だった」

今日も君は

本当に優しい

だから涙をこらえてしまうのだと思う


きっと全てを胸の内に閉じ込めて

ぐっと我慢して

顔にも出さないで

ずっとしまっているのだと思う


もっと楽になってほしくて

僕はその事を伝えたら

君は笑って

こう言った


「ただ泣けないだけよ

  ずるいのわたし」


そんなまるで悪いように引け目を取るから

やっぱり僕は

君がまた今も胸の内に何かをため込んだと

そう思ってしまった


でもそれを察してしまうのが彼女で

またおどろげに彼女は口を開く


「わたしって、自分が居ないの

 いつも誰かの中に自分を見てるの

 だから失うものがないの

 だから涙も心さえもないの

 悲しむことが出来ないの

 思うことが出来ないの

 ほら、だからそんな顔しないで

 わたしは何も感じてないのよ」


彼女はそう言って

その儚く揺れて今にも消えそうなほど

どこか芯がないその表情が

僕はただ痛くて

その痛みをやはり君には見えていて


迷い気に君は少し先を駆けて

どこか無防備にスキップして

ふっと宙をかけてこちらを振り返った



「私はね、綺麗じゃないのよ

 だから捨ててきたの

 捨てて捨てて空っぽにならないといけないの

 そうしないと

 私ってどこまでも黒ずんでいっちゃうから

 だからいいのよ

 わたしは捨てられていいの

 捨てられて当然の人なの

 そのほうが楽なだけなのよ

 ね、やっぱり私ってずるいでしょ」


彼女はそう言って

僕は彼女に見えている

その世界を一体どこへ持っていけば

いいのかと

必死で返事を探したが

まるで掴めない霧のような

そのあまりにか細い彼女の心を

僕では救えないのではないかと

ただ立ち尽くしてしまった


気づけばあの日、彼女は何かそれでも

答えを待っていたのかもしれない

ずっと彼女は迷っていたのかもしれない

もう彼女はこの世にいない


遺書も手紙もない

自殺だった


僕はただ、あの日から

ずっと後悔をしている


ただずっと

後悔をしている。


もしあの日に戻れたら、と

でも未だに彼女を救える言葉すら思いつかない、と

ただただ深く深く

僕の未熟さに

無力感にただただ涙が止まらなかった。


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詩集 雨梦 @TooGosick

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