愛を買う

ストローで氷を砕くその仕草も、その指に嵌められた指輪も、

あなたじゃないみたいで、戸惑った。

「え?なんで?いつもと同じじゃん」

そう言いながら小首を傾げるあなたも、また、別の人みたいで。

でもそうやって言われると、何も言えなくなった。


いつだってわたしは、あなたに何も言えない。


本当は黒い髪の方が好き。

その趣味の悪い指輪を外して。

家に連れて行って。

他の女と会わないで。


そんな風に、笑わないで。


わたしはあなたに抱かれたくて、夜を売る。


歪んでいる。狂っている。

きっとわたしも、あなただってそう。

普通の感覚じゃないよ。

だけどそんなあなただから、描ける夢があるのだと、痛いくらいにわかるから。


頬杖をつく腕から痛々しい線が覗く。

治りかけの、瘡蓋に触れる。

あなたは苦笑いで、テーブルの下に腕を滑り込ませた。

この傷を治せるのは、お前じゃないって言ってるみたいに。

掌が、わたしとあなたの間を彷徨う。行き場をなくしたみたいに、揺れる。

虚しくて、涙が出そうになる。

どうして、どうして。


「そろそろ行こうか」

そう言って腰を浮かせるあなたに、縋りたくなる。

これから起きることは、全部わたしが望んだことだ。

だけどどうして、こんなに虚しいんだろう。

抱かれても抱かれても、心なんて埋まらないのに。

こんなの、わたしを夜ごと買う、薄汚い男たちと変わらないじゃない。

どうして、どうして。


差し伸べられたその手は、わたしを引き寄せるためじゃない。

血と涙が染み付いた、白い封筒。

「いつもありがとう」

そんな言葉がほしいわけじゃないのに。

だけどわたしは頷いて、笑う。


生きていくために、笑う。






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Aquarium @rui_takanashi

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