第12話 街で俺がやるべきこと

ロイナンシュッテという街を囲む高い外壁。先日までいた町とは防御力というかセキュリティが段違いだ。

転移門っていう物は、それほどの重要施設ってことだ。

使えもしなきゃ近づけもしないなら、俺にとっては絵に描いた餅だが。

一座の馬車は外壁に続く舗装路に。その先には門があり、兵士のような奴らが検問だか何かを行っているのが見えた。

「メル、あれは?」

ちなみに御者は俺、隣にはメル。

カーラは珍しく一人で車内に籠って何かやっている。不安しかないが、役に立つことをしていることを祈るばかりだ。

「ん?あれはね、大きな都市には必ず検問があるの。特に転移門なんかあるとね」

「何を調べるんだ?」

「手配書に載っているような犯罪者がいないか?あと、人数に合わせて税がかけられるから、その確認がメイン、かな」

「金を取んのか?ここ」

「流れ者が出入りしづらくして安全を保つ、って意味もあるみたいだけど、基本は外壁の補修費に充てられてるって話よ」

「なーんか、うさんくさ」

「騎士団相手にそれ言ったら、一発で捕まるわよ」

「怖いね」

「そう、黙ってた方がいいわね。ユウも、あとカーラも」

と、メルが後ろに向かって声をかけるが、返答がない。

「寝てんのか、あいつ」

と、昨日は一人にされるのは嫌とか言ってたので、一抹の不安もあり、車内を覗くと、カーラは一心不乱に何やら薬草の調合をしていた。

「おい、カーラ、お前、何作ってんの?」

「…精力剤」

うん、一抹の不安が当たったようだ。

「ンなもん、作ってんじゃねぇ。もうじき検問だから、大人しくしとけ」

「着いてから使う分だよ」

「うん、使わねぇよ」

「え?ユウって、凄いんだ」

こいつ、性欲もウサギレベルに凄いのか?

「ほら、馬鹿なこと話してないで、大人しくして!ふ・た・り・と・も」

メルにこれ以上嫌味を言われるのは癪に障るので、俺は前を向きなおり、御者に専念することにした。


門の前にはズラリと入場待機列。どこぞのイベントか?というレベル。

ヒーローショーで握手会やサイン会をやっていた頃を思い出す。

やがて順番が来た。細々としたやり取りは先頭の座長がやってくれているようだ。

まぁ、それくらい責任者としてやっていただかないと困るわけで。

なので、騎士団の団員の方は、こちらの人数と顔確認に回ってきた。

「ふん、人間の男とエルフ女とグラスウォーカーのメスか…申告通りだな。通ってよし」

微妙な偉そうさと、カーラの扱いのひどさに、俺は頬をひくつかせながらも、黙って会釈をして、馬車を進める。

連中から離れるまでは何も喋らないい方がいいのはわかってる。

門からだいぶ離れたところで、俺は後ろを覗き込み、カーラの様子を窺った。

「カーラ」

「あはは、あたしたちの扱いはどこに行ってもあんなものだから、大丈夫だよ。ユウ、そんな心配そうな顔しないでよ」

「心配なんかしてねぇよ。大丈夫ならいいさ」

と、俺は御者席に戻った。なんか俺、ツンデレみたいになってるな。

「ユウってば、もう…」

とメルも意味深な視線を投げてくるので

「うるさい。亜人っていつもどこでもこうなのか?」

「うん、まぁ、特にグラスウォーカーはね…盗みとかやるのが多いし」

「確かに、元々タカの実強盗姉弟だしな」

「すっごくかっこ悪い呼び名やめて!」

と背後からカーラの声がした。

しっかり聞いてやがる。でも嘘じゃないし。


先頭の座長の馬車に付いて行くと、大きな宿屋の前で止まった。今までの宿屋が民宿ならば、ここはホテルとでもいうべき大きさ。

石造りのしっかりとした3階建ての建物だ。

馬車は駐車場のような場所に置かれ、ドラゴンどもは馬小屋のような場所へと、宿屋の人たちが移動してくれた。

至れり尽くせりだな。

「荷物を部屋に置いたら、各自、明日の朝まで自由時間だが…羽目をはずなよ、ユウ」

なぜ、俺を名指しするクソ座長。

「おれとザムド、レイガ、ルリハは、おそらく今夜はここに戻れない。マクセル、デニガン、ネーベラ。留守は頼む」

「頼まれた。頑張ってらっしゃい座長」

と手をヒラヒラと振るマクセル。

俺がらみのメンバーの信用度が低いのは、よくわかった。

「マクセル、あの酷い親方はどこに行くんだ?」

「そういう毒を吐くから、信用度が低い気もするけどな…おそらくだが、今回の興行主である、どこかの貴族様のお屋敷に行ったんだろうさ。ザムドたちには、かつての冒険譚を語らせるんだろうよ。でもそういう余興なら俺なんか、うってつけの吟遊詩人なんだがな」

「酒が燃料なのが、審査落ちの理由じゃないか?」

「貴族様のいい酒飲ましてもらえれば、いい歌も聞かせられるってもんだがな」

「大していい酒飲まさなくても、ザムドならちゃんと話すだろうよ。要は対費用効果ってやつだ」

「だから、そういうところなんだよ、おまえは」

マクセルは深々と溜息をつくと、宿の中へと歩いて行ってしまった。

「ユウ、あたしたちの部屋に行こ」

と、突如現れたカーラに腕を掴まれた。

そういや部屋割りどうなってんだ?

「部屋割りは何も言われてないから自由だよ。早く行こ」

「おい、おまえ、男女同室って」

「や・く・そ・く。忘れた?」

いや、二人っきりになりたいとは言ったが…。

なんか、メルは、ものすごい目でこっちを睨みつつ、ネーベラと歩いて行った。

元々、男女比は同じじゃないから、仕方ないんだが、通常はカーラはアロンと姉弟コンビで一部屋だ。

マクセル、デニガン、座長、ザムド、アロン、レイガ、だろ。

あとルリハ…だけ?

せめて、男は3人とか4人部屋とかだろ、常識的に。そんなに贅沢許してくれるのか、ロイナンシュッテの興行主さんは。

「デニガンとレイガは互いに干渉しないから同室が平和。マクセルとアロンが同室で、座長は一人部屋で、ザムドとルリハはついに同室ぅ」

なんで、そんなに今回の部屋割りに詳しくて、2部屋の風紀がおかしいんだよ。

「俺とルリハが交代すりゃ平和なんじゃないか?」

「あたしとルリハに殺される準備?」

そうか、ルリハをも敵に回すことになるのか…下手するとザムドも。

「わかったよ、お前と同室にするよ。ベッドは別々な」

「どうせ一つしか使わないのに?」

「やかましい、いらん事言うと、俺の気持ちが変わるぞ」

「…その脅し、男として最低だと思う」

うん、言ってから気づいた。

あぁ、もうめんどくせえ。

俺は黙ってカーラの手を掴み、宿屋の中へと入った。


「うわぁぁ、あたし、こんな部屋初めて!ほらほらほら、部屋の中なのに大きなお風呂まである!凄くない?ねぇ、ユウ!」

「あぁ、そうだな」

「なんで落ち着いてるの?こういう部屋、泊ったことあるの?どこの女?メル、じゃないよね?元の世界で?」

うるさいな、もう。テンションだだ上がり娘め。

俺にとっちゃ、今までが質素すぎたんで、これが普通のホテルってもんだよな、と思いつつも

「この世界じゃ、贅沢なんだろうな、こういうの」

「そりゃそうだよ。貴族しか泊れないよ、こんなの。うちの座長、なんなの?」

「それは俺も知りたい」

ここまでの扱いを受けて、演目がヒーローショーでいいのか?不安しかねぇ。

「ねぇ、ユウ。お風呂入る?いっしょに」

脳みそピンクだな、カーラ。

「まずは街中を見てみたい。ここの連中の暮らしぶり、なにより子供たちの様子を見たい」

「ふぅ、ユウのおつむは仕事でいっぱいかぁ。しょうがないからデートだね、まずは」

「はいはい、デートね、デート」

「おい、まじめにやれ」

「急にドスを利かすな、このタカの実強盗様は」

「その呼び方やめてってば」

「ほら、行くぞカーラ」

と、俺が右腕を差し出すと

「え?う、うん!」

と嬉しそうに腕にしがみついてきた。

完全にバカップルだよな、俺たち…


街中は、さすがに元の世界と比べると色々レベルは落ちるが、大層な賑わいだ。

広い通りの両脇には様々な商店が立ち並び、人通りも途切れない。

カーラもキョロキョロしつつ、気になる商店を見つけては、俺の腕を引っ張ってくる。

「それにしても、子供の姿がないな」

カーラにあちこち引っ張りまわされるが、どの店にも、そもそも通りにも子供の姿がない。

「あはは、あんた旅の人かい?グラスウォーカー連れて」

と、その店の店主らしき男が話しかけてきた。

「こいつの事は置いといてくれ。で、子供がいない理由を説明してくれるのか?」

カーラは楽しげに店を見ているが、店員や客の中にはカーラの姿を認めると眉を顰めるような視線を投げてくる奴が結構いた。

そういう世界なので、喧嘩を吹っかけても仕方がないし、俺は怒りを抑えて、質問に徹した。

「お、おぅ。今は学校の時間だ。子供たちはみな授業中さ」

「ロイナンシュッテの子供は、みんな学校に行けるのか?」

「あぁ、ここの領主様は教育も大事だと、無償で学校に行かせてくれるのさ。凄いだろ?」

若干のうさん臭さを感じつつも

「そりゃ、すごい。立派なご領主様なんだな

と、おべっかを返す聡い俺。

「だろ?ロイナンシュッテ住民は、皆幸せ者さ」

これ以上はおべっかを言いたくないので、俺はカーラの手を引っ張って、店を出た。

「もう、もうちょっと見たかったのに」

「…強いな、おまえ」

「気にしてたら、きりがないもん」

俺はカーラの肩を抱き寄せ、頭を撫でてやった。

「えへへ。今晩楽しみにしてるね」

「うん、そういうとこだ」

俺はカーラの頭に一発拳骨を入れ、さっさと歩き出した。

「もう、ユウの照れ屋!」

と、カーラは後から小走りで追ってくる。


それから、何軒かの店を巡っていると、徐々に子供たちの姿が目立つようになってきた。

「学校、終わったんじゃない?」

「そうだな。さて、ここの子供たちは何をして遊ぶのか…」

なんてキョロキョロ見回していると、木製の剣と古びた布で作ったと思しきマントを身に着け、走っていく子供たちが。

「いるじゃねえか、小さなお友達候補」

子供たちの後を追うと、広場に出た。

そこでは騎士団の団員たちが何やら行進したり、剣を構えたりと儀式めいたことをしていた。

近くにいたおばちゃんに何をしているのか聞いていると

「あれはね、見回り警備の交代式さ。半日毎にああして交代の儀式をするのさ」

あぁ、海外の国境とか、イギリスとか、あの辺の衛兵のなんかを見た覚えがある。

ああして、見せて魅せるのが、ある意味の抑止力と求心力、なんだろうな。

子供たちは騎士団員の動きを真似てかっこつけている。

なるほど、憧れの職業なんだろうな。そういう意識を植え付けるためにも学校があるんだろうし。

「よっしゃ、あの子供たちの持ってる剣が、俺たちの売る剣になるのも近いぜ」

「そんな上手くいくの?」

「ヒカリムシの力を侮るな」

「確かに金属っぽく見える方がかっこいいかもだけど」

「男子ってのは、そういうもんなんだよ。アロンだって、そんな感じじゃなかったのか?」

「んー、ほら、あの子バカだから、振り回せさえすれば、木の棒だろうが、鉄剣だろうが、価値観同じだから」

「すまない。おまえの不幸な姉弟関係を考慮しなかった」

「不幸扱いしないでくれる?」

「すまない。おまえの脳みそハッピーな姉弟関係を考慮しなかった」

「夜の運動の前に準備運動したいの?あたしの薬があるから大丈夫だけど」

「え?飲まないぞ」

「ん?飲ますよ」

それから体感で30分くらい、街中を追っかけっこをし、俺は捕まり、いつ覚えたのか、カーラにバックブリーカーを決められる羽目になった。


ぐったりして宿屋に戻ると

「お前ら、街中を走り回るな。すっかり噂になってるぞ」

と、マクセルに言われた。

「なんて噂?」

「浮気男が女にとっちめられてたって」

全然違うのだが、走り回って技かけられた事実はあるので

「そんな二人が出る芝居だ。客も入るさ」

「ユウ、どんな理屈だ?」

「あはは、夕飯になったら呼んでくれ」

と、俺は部屋へと、とぼとぼ歩いて戻った。

ちなみにカーラは、宿屋に着くなり、部屋に駆け込んでいった。

いやな予感しかしない。

そして、部屋の扉を開けると、全裸のカーラが飛びついてきた。

「おかえりー!ユウ!」

新婚さんごっこがやりたいのだろうか?

しかも全裸って。

「カーラ、せめて何か着ろ」

「…あ、脱がすところからが大事だもんね。ごめんね、気が利かなくて」

まだ、夕飯前なんだがな…覚悟を決めなくちゃいけないようだ。

ま、元々決めてたけどな。

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異世界劇団 〜魔王討伐後の平和な世界をヒーローショーでドサ回りします~ 高城剣 @deadlyspawn

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