第11話 先に、街が・・・

で、鼻を削いだゴブリンどもの死体は、デニガンが穴を掘り、レイガとザムドが、その中に放り込み、ルリハが火を着け焼いた後、デニガンが穴を埋めた。

見事な連係プレーだ。

昔、田舎の婆ちゃんの家で生ごみを処理するときに行ったのと同じだ。

俺の見ている光景は、完全に証拠隠滅事案だが、こっちじゃ当たり前なんだろう。ほったらかしにしても、疫病や他のモンスターを呼び寄せる元になるんだろうから。

「よぉし、まだ陽が落ちるまで時間がある。もう少し進んでから野営だ!」

と座長が叫ぶ。

心なしか、皆が大人しく見える。

戦闘の後の余韻で高ぶられても、逆に怖いが。

そして一座は再び森の中を進む。


「御者は邪エルフと交代したから、今度はゆっくり一緒にいられるね」

と俺に寄り添うように座ってくるカーラ。

「あれ?無反応?」

「次のショーのネタを考えてんだよ」

「え?ネタって…ロイナンシュッテじゃ、違うことしなきゃいけないの?」

「少しずつ改良したいんだよ。それに何日か滞在しての公演なら、毎日同じことするのも飽きられちゃうかな、と」

「ま、毎日違うこと覚えなきゃいけないの!死んじゃうよ」

「死なねぇよ、そんなことで」

「ど、どうすんの?キックするところをパンチに変えるとか?こんがらがっちゃうよ」

「なんだ、その間違い探しみたいな変更。ストーリーを続きものにするとか、そんな変更だよ」

「…無理」

こ、こいつ。さすがアロンの姉だな。実は同じだ。

「無理、で済ますな」

「じゃあ、じゃあ、あたしとユウのラブロマンスを主軸に、毎回言い寄ってくる奴を撃退する!ねぇ、よくない?」

「よ・く・な・い」

「なんで!これなら、あたしも演技に身が入るのに」

「絶対演技じゃなくなって、舞台上で変なことになって、騎士団にしょっぴかれるんだろ?」

「だろ?って、そんなことには…」

「…言い切れよ、そこは、もう」

仕方がねえ。

「ほれ」

と、カーラを抱き寄せた。

「ふぇ?」

「これで我慢しろ」

とキス…したら、ぐ、こいつ、俺の頭を抱えて離しゃしねえ。

なんとか引きはがす。

「また寸止めするの!」

「キスを寸止め扱いすんな!」

「だぁってぇ」

すると、ズボっと先刻はカーラが出現した荷物の隙間から、今度はメルが顔を出した。

「盛ってると降ろすからね」

カーラも立ち上がって、メルに顔を近づけて

「聞き耳立てんな、このスケベ邪エルフ!」

「聞き耳なんて立ててない!」

キスに気づくとか、もう覗いてただろ、こいつ。

俺は、ショーのネタを考えさせて欲しいだけなんだが…こいつらは、まったく。


俺はメルを御者台へ押し戻し、カーラを叱り、考えに耽った。

しばらくすると、馬車が止まり、

「今日はここで一泊だ。てめえら、準備しろ!」

と座長の声が響いてきたので、お手伝い、っと。

今回はまだ、森の中という事なので、テントは出さずに周囲に結界を張り、馬車で円陣を組み、その中央で焚火。交代で火の番をして、寝るのは窮屈だが馬車の中か焚火のそば、ということらしい。

さっきのゴブリンみたいなのが、襲撃してくる可能性があるので、仕方なし。

しかし、とりあえず街道らしき道は整備されているが、馬車を停めるような広場は…

「よし、準備出来たぞ」

とデニガンが瞬時に開墾した。

森林破壊じゃないかとも思うが、馬車が円陣を組む程度の比較的狭い範囲だし、そもそもこの世界に自然保護とかいう概念自体無さそうだし。

それにしても馬車馬というかドラゴンどもは大人しい。ゴブリンが来た時も騒がなかったし、逆に不安になるレベルだ。

「マクセル、なんでこいつら、こんなにおとなしいんだ?」

「ん?あぁ、こいつら首輪ついてんだろ?」

「そうだな」

「隷従の輪っつってな、こういうモンスターを使役する際に付けるものなんだが、こいつを付けてると、使役者の言うこと聞くようになるだけじゃなく、性質も穏やかになるんだよ」

「カーラとアロンにも付けたいな」

「人間や亜人にそれを付けるってことは、奴隷契約ってことなんで、色々うるさいことになる」

マクセルがニヤリと笑った。意味深だな。

「あー、じゃあいいや」

「賢明な判断だ、漂流者よ」

「俺が欲しいのは奴隷じゃなくて、大人しく言うことを聞く弟子、だからな」

「弟子、ね。なるほど、なるほど」

と言いながら、ネーベラの方へ手伝いに行ってしまった。

弟子、か。自分で言って腑に落ちた。

残したいんだ。この世界に。俺の技術を、知識を、爪痕を…


その夜、馬車に潜り込んで寝ていると、案の定、カーラが夜這いにやってきた。

こそこそと這い寄ってくるのが判ったので、隣に来た段階で

「いらっしゃいませ」

と声をかけると、ビクンと驚きながらも

「起きてたんだ?」

「まぁ、な」

「眠れない?昼間のせいで」

「その辺も判ってて来たんじゃないのか?」

「…いい女だと思わない?」

「そういうところ、否定はしてないつもりだがな」

「受け入れるのは別ってやつでしょ?」

「そうそう」

「そうそう、じゃないわよ、もう」

暗闇の中、カーラの表情は分からない。

「あたし、ランの話、したよね?」

「あぁ、俺以外の漂流者な」

「まだ、帰れる可能性、諦めてないんでしょ?」

こういう鋭さが怖いんだよ、カーラは。

「転移する門の技術があるんだ。場所だけじゃなく世界も移動できる可能性、あるんじゃないか?ってね」

「もし、その技術が実在したなら、さ」

「うん」

「あたしも一緒にユウの世界に連れてって」

こいつは、いったいどこまで俺のことを好きなんだ?

「ダメ?」

「別の世界へ行くってことが、必ずしも幸福とは限らないぞ。それこそ、カーラがランみたいに泣いて暮らすことになるかも」

「なんないよ。ユウがいるなら」

間髪入れずに返しやがる。

「ユウなら、そもそもさせないでしょ?」

「その絶大な信頼感のレベルをもう少し下げていただけないかと思う次第」

「やだ」

また間髪入れずだし。

元の世界に戻ったら、翻訳魔法の効き目も無くなり、コイツと会話も出来なくなる、はずだ。それはとても…

「メルが気になるの?」

「あ、あぁ…メルっていうか、バードゥ教がな」

「でも、そこを深堀すると殺されちゃうかもよ」

「そうかも、な」

宗教なんてもんは多かれ少なかれ闇を抱える。もちろん、バードゥ教も例外じゃないだろう。

さて、俺も覚悟を決めなきゃな。

「カーラ」

「ん?」

「ロイナンシュッテに着いたら、お前と二人きりになりたい」

今回は間髪どころか、しばらく間が開いた。

「いいの?」

「あぁ、二人きりになれるなら、な」

「そ、そっかぁ、そうなんだぁ」

「カーラ?あのな」

「も、もう寝るね。お休み」

ここに来て照れるとか、ありかよ?まぁいいや。これ以上何のかんのするのも、言うのもめんどくせえ。


特段何事もなく、無事朝を迎えた。

簡易な朝食を食べたら、即出発だ。

「ロイナンシュッテまで、出発の時3日くらいとか言ってたから、あと2日か」

「順調だし、あと一日半くらいじゃない?明日の昼頃には着くと思うけど」

と隣にいるメルが答えた。御者はカーラだ。

ゴブリンとの戦闘込みで順調って言うんだから、最悪何があるんだ、この旅路。

次に休憩に入ったら、ちょっと御者の仕方を習おう。あまりにも手持無沙汰だし、役立たず感が凄い。

ショーの台本や、大まかなアクションも決まった。自分の頭の中に。

だがこっちの世界の文字、書けないし。謎の翻訳魔法のおかげで、読めはするんだけど。

それも覚えなきゃいけないな。めんどくさいけど。


休憩後、御者台に座ってからずっと、カーラがニヤついてて気持ち悪い。

「なぁ、進む、止まる、左右に曲がるの操作覚えたから、後ろ行ってていいか?」

「やだ」

ダメじゃなく、やだと来た。

「メルに教わりたいこともあるし」

「あたしが教える」

「いや、まあ、うん…こっちの文字なんだが」

「わかった。それはメルに教わって。でも今はダメ」

いっそ、清々しいなコイツ。

「じゃあ、おまえが何か教えてくれ。時間を無駄にしたくない」

「え?何かって…もう、ユウのスケベ」

「後ろ行く」

「待って待って待って、冗談冗談冗談だから」

「あのさ、俺の真面目をおまえの性欲で茶化すなら、ロイナンシュッテ着いてからの約束もなしにするぞ」

「え?…やだよぉ…ごめんなさい」

何か泣き出した。

すげぇ、めんどくさい女になってるぞ、カーラ。

「おまえな、情緒不安定すぎ」

「だってさ…嬉しくてさ…ユウがさ」

子供の頃に歌った童謡みたいなこと言いだした。

「御者、このまま俺がやるから、おまえはしばらく静かにしてろ」

「ん」

「中に行っててもいいぞ」

「邪エルフと二人きりは嫌」

「じゃあメルをこっちに寄こせ。おまえ一人で中に…」

「もっと嫌」

食い気味に拒否られた。

ずっと森の中の街道を淡々と進むだけなので、景色に変化は無いし、ドラゴンを御する必要もほとんどないので、退屈は退屈なんだが、メンタルを無駄に削るような暇つぶしは楽しくない。

「ユウ」

「なんだ?」

「このあたりの木は全部クジャの木って言って、道具から家まで、色んなものの材料になる木。その伐採で、この街道は出来たようなもので、伐採は続いてるから、街道も増えたり広がったりしてる」

「は、はい」

杉っぽい見た目だが広葉樹。

「そのクジャの木を走り回ってる小さな動物がナルン。木の実が好物だから、食べると美味しいんだけど、小さいから、かなりの数を獲らないと料理にならないの」

「さ、さようで」

リスみたいだもんな。

「で、上の方を飛んでるのがキューム。空から狙いを付けてナルンを捕まえたりして食べる鳥」

「ふーん」

トンビみたいなやつな。

「急にどうしたんだ?」

「あたしに教えられることを教えてるだけ」

「カーラの生物教室ね」

そういや、元の世界の後輩に、生物に詳しい奴いたな…なんて思い出した。

生物教室は昼休憩の時間まで延々と続いたが、もちろんメモしてるわけでもなく、そんな一気に覚えられるわけもなく。

俺が相槌を打つ話なら、何でもよかったんだろうな。まったく。


昼も開墾するのかと思ったら、丁度良い空き地があった。

他の旅人が作ったんだろう。下草も全く伸びてないので、ここ数日の作品か。

ネーベラの作ったワイルドボアベーコンのスープと買い置きの固いパンでの簡素な昼食。

皆、話すネタも尽きてるのか、黙々と黙食タイムだ。

マクセルが早々に食べ終わったのか、いつも弾いてるギターみたいな楽器…ワグンだったか、を弾き始めた。

♪俺たちゃ しがない 旅芸人♪

♪怖い親方に連れられて♪

♪大陸 旅して 回ってる♪

♪根無し草だよ 旅芸人♪

「なんだ、その歌!辛気臭いのに内容がない!」

思わず突っ込んじまった。

「おいおい、ケルシュマン一座のテーマソングだぞ、ケチ付けるのは良くないぞ」

と、なんだかマクセルが怒った。

「テーマソング?座長は怒れよ、この歌!」

「ユウ、おまえの一座愛はよーくわかった。その愛に免じて、一座の新テーマソングを作る役目を与えてやる。頑張れよ。ロイナンシュッテで客寄せにも使うから」

ん?馬鹿なのかな?このオヤジ。座長だからって、なんでも許される、と?

「明日にゃ到着すんだろ!無茶苦茶言うな!」

「つまり、時間があればいいんだな。わかったよ。三日待ってやるから」

なんか皆がニヤついている。これはハメられたな。

「マクセル、俺が突っ込まなかったらどうする気だったんだ?」

「あはは、もっと酷い歌を聴かせるまでだ」

最低の才能だ。

「で、ハメられたのは判ったが、なぜ、そこまでして俺に作らせたいんだ?」

「芝居でマクセルに弾かせた曲が良かったからな。もっと引き出しあるだろ?」

くそ!ありものの特撮BGMを鼻歌で教えただけなのに…

「あれは、他人様の曲だ。俺が作曲できるわけじゃねえぞ」

「ユウ、おまえのいた世界の曲なんざ、皆知らないんだ。わかるよな?」

パクれっていうか、そのまま使えってか?この世界に著作権管理の意識はなさそうだし、あっても漂流者の元のいた世界の曲には適用されないだろう。

「わかったよ。俺の知ってる曲をマクセルに教えればいいんだろ?回りくどいんだよ、頼み方が」

「ちょっとした余興だ。それに、おまえは一座の人間だから、座長の命令には従う義務がある。勘違いすんな」

「はいはい。わかったよ、まったく」

あとでマクセルが教えてくれたが、このところ俺とカーラのイチャつきが目に余るんで、罰でもあるとのことだ。

イチャついてねえけどな…

なんか、俺の隣に座って、寄っかかってきてるけど、イチャついては、いねぇからな。

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