第10話 異世界暮らしの山越えて

あれから、半日。

勉強して寝て起きたら、ワイルドボアの燻製は、それなりに仕上がったようで

「ユウ!ありがとう!また、わたくしのレシピが広がります!」

「お、おぅ」

起きてテントの外に出たら、いきなりネーベラに抱き着かれ感謝されたんで、おそらく、そうなんだろうということで。

しかし、なんだろう?このまま、もう一度眠りたくなるような柔らかさは…

「ネーベラ!ユウを盗らないで!」

と、カーラに引きはがされた。

「あらあら、盗ったりしませんよ」

と、ネーベラはカーラの頭をポンポンと叩いて去っていった。

「ユウ、ネーベラくらいサイズが無いとダメ?」

「誰もそんなこと言ってないだろ」

「だって、ユウってば、ネーベラに抱きしめられてうっとりしてんだもん!」

あれ?そういう状態だったのか、俺は。

「おら!朝飯食ったら出発だ!色ボケしてんじゃねえぞ!」

と、いきなり座長にどやされる。

「してねえっ!」

俺は食堂テントへと急いだ。


そこで待っていたのは、極上のベーコンエッグ。

さすがネーベラ。燻製の活かし方が判ってる!


そもそも燻製作りのために出発伸ばしただけなんで、ほぼほぼ荷造りは完了している。

「座長!次はどこへ行くんだ?」

「ロイナンシュッテ。この東ガンド大陸でもかなり大きな都だ。気合入れろよ」

「はーい、俺、いつも通りにがんばりまーす!」

「てめえは…」

なぜ睨む?俺、頑張ってるよな、常に。


馬車の隊列が進む。

湖畔沿いに進み、山越えとなった。この山の向こうにロイナンシュッテがあるらしい。

山道はそれなりに整備されていて、馬車のすれ違いも出来るであろう広さがある。

「なぁ、メル。この山道って誰が作ったんだ?」

「変なことに興味持つのね」

「変か?これも魔法でやったのか?とか、俺は興味があるんだが」

「こういう山を切り開いたのは、ドワーフじゃよ、ユウ」

デニガンが身を乗り出して自慢げに語った。

「おぉ、流石ドワーフだな。魔法でブワーって感じか?」

「アホ。人力であらかた削って、平らにならすのにだけ魔法じゃ」

効率いいのか悪いのかわからんが、そうしてるからには、それが効率いいんだろう。燻製小屋の一件以来、信用度は怪しいけど。


天気もいいおかげか、2時間ほどで山の反対側、つまりロイナンシュッテ側に到達した。

山の中腹をぐるっと半周した感じか。

「ほら、ユウ、あそこがロイナンシュッテよ」

とメルが彼方を指さす。いや、まだあと3日はかかるとか言ってたのに目的地が見えるのかよ…見えたよ。まだ霞がかる距離ではあるが、広大な土地を囲むような壁と、その土地の中心部と思われる場所にそびえたつ塔を。あれは数百メートルはあるんじゃなかろうか。こちらの世界で高層建築なんて今までお目にかからなかったから、余計高く見えるのかも、だが。

「なぁ、メルさんや」

「な、なによ」

「あの、たかーーーい塔はなんじゃらほい?」

「なん、じゃら、ほい?」

あ、ふざけすぎると翻訳魔法が効かないらしい。

「あの高い塔、何?」

「あぁ、あれは転移の門。あの塔の中から、別の場所に転移できるのよ」

ワープ、瞬間物質移送、うん、魔法なんだろうけど。

「そんな便利なものがあるのに、なんでえっちらおっちらとドラゴンに引かれて旅するんだ?」

「王族と騎士団しか使えないのよ。庶民なんて、近づくだけで殺されかねないわ」

「物騒すぎ!」

「確かに、そう思うよな」

と、ザムドに肩を叩かれた。

「ザムドは昔使ったことがある、とか?」

「あれはな、中央諸島にある王城、そして西ガンド大陸に行けるんだ」

「王城と西の大陸?」

「そういうこともあって、厳しいわけさ」

と、ザムドは歩み去ってしまった。

何だか、はぐらかさせているが、言えないこともあるだろうし、突っ込むほど興味もない。

「俺たちが使うことは、無いってか」

「そうね」

メルまで含み持たせた返事しやがる。嫌なフラグが立っていないことを願おう。

なんて思いを秘めつつ、ロイナンシュッテを眺めていると

「ユウウウウウウ」

「姉ちゃちゃちゃちゃちゃ」

と背後の崖の茂みからカーラとアロンが転がり落ちるように出現した。

「何やってんだ?変な遊びは身体に悪いぞ」

「遊びじゃねえ!食材集めて戻ってきたんだよ!」

「あら、偉い偉い」

「あのなぁ…」

「ユウ、そう?偉い?あたし偉い?さらに惚れちゃう?」

姿見せるなりうるさい姉弟だ。

「はいはい、いいからネーベラに食材渡してこい」

「はーい」

文句ありげにこっちを睨んでいるアロンを殴り、首根っこ掴んで引きずっていくカーラ。

平常運転だな、うん。

「ユウ、改めてお願い」

と真剣な表情でメルが言ってきた。

「ロイナンシュッテに着いても、決してあの門のある塔には近づかないで。近づかなくても、普段の行動には気を付けて」

「ん?なんだ?治安が悪いのか?」

「逆よ。治安がいいの。騎士団が厳しく取り締まるから」

「そ、そうか。うん。ならカーラとアロンは檻にでも入れといた方が良くないか?」

「あんな二人だけど、門のある場所での無茶はしないはず。東ガンドっていうか、この世界の住人なら、子供の頃から叩き込まれることよ」

あれ?フラグ立てやがったかな?

「何よりも、騎士団は漂流者を良く思っていないの。この世界の理を乱すものと教え込まれてるから」

「ちょいちょいちょい」

「いいから聞いて。漂流者を保護するバードゥ教も、あいつらは敵視してる」

「保護し続ければいいのに、野放しにするからだろ?」

「うるさい!と・に・か・く、門に近づかない。大人しくしてる。わかった?」

まぁ、マジっぽいので

「わかったよ。真面目に仕事に没頭するよ」

「よろしい」

なんか、むかつく。


世界の理を乱す、ね。

確かに、現に俺でさえ、この世界に今までなかった文化を持ち込んでいる。理は乱されている、よな。

「ユーウっ!」

物思いに耽るわずかな時間さえ、カーラは奪いに来る。

「なんだよ」

「ネーベラに獲物渡してきた。偉い?偉いよね?そういうときは、どうするのかなぁ?」

うざい。いつにもまして…

「無視は不正解!…何かあったの?」

急にいい子モード。ふぅ。

「ロイナンシュッテで門に近づくなって話さ」

「そっか、ユウには常識じゃないもんね」

「漂流者は騎士団の目の敵にされてるって」

「うん、でもあいつら、あたしみたいな亜人もそうだよ。だからアロンもメルもデニガンもネーベラもレイガもルリハも、みーんなそう。人間より亜人が多い劇団で、よくロイナンシュッテに行くなぁって思うよ。座長、すごいコネでもあるのかもね」

「コネ?」

「うん、街への出入り監視も騎士団の仕事だから、ここまで比率が多いと、絡まれると思うよ、普通」

「それでも行くってことは」

「ロイナンシュッテの有力者に招待されての興行、とか?」

「ふーん、まぁ、座長がコネ持ちってのは、こっちにとっても悪いことじゃないし…こういう商売ならタニマチみたいのがいてもおかしくないか」

「タニ・マチ?」

「あぁ、支援者みたい意味だよ」

「だとすると、座長よりもザムドたちの方かもね」

「ザムドが?」

「多分、魔王討伐に噛んでるよ、あの3人」

なるほど、ワイルドボアを簡単に倒せる奴らだもんな…じゃあルリハはなんなんだ?あいつの失敗だったんだよな、あの一件。

「気になるなら、本人たちに聞いちゃえばいいじゃん」

「気楽に言うな。言いたくないのかもしれないだろ?」

「聞かれないから言わないだけかもよ」

プラス思考だな、こいつ。

「さあ出発するぞ!」

と座長が大声で叫んでいる。

他人の事情に首突っ込んでも、ろくなことがないに決まっている。俺は言いつけ通り、大人しくしますよ。


あとは下りの道だったこともあるのか、山越えは数時間で終わった。そこからは森の中の道を進んでいる。

「メル、この森、モンスター出るの?」

「ん?そりゃ、出るんじゃない?森にモンスターは付き物だから」

いやな付き物だな。

今まで、邪教基地から始まった、あちこちの町を巡る旅は、全て舗装された街道を使っていたので、新鮮な恐怖がある。

「そういうときのためにも、ザムドたちがいるんでしょ?心配いらないわよ」

まぁそうなんだろうけど。

「この調子だと、この森の中で野営だろ?不安にもなるさ」

「わたしとルリハで結界も張るし大丈夫よ、弱虫さん」

「結界?こと、ここに至って知ることが多すぎるんだよ」

「しょうがないじゃない。日常を説明って難しいのよ?」

じゃあ何のために漂流者を助けるだのと、邪教集団は活動してるんだか…

「ねぇ、ユウ」

どこからともなく俺を呼ぶ声。キョロキョロすると馬車の前方奥の積み上げられた荷物の上。屋根部分との狭い隙間ににカーラがいた。

「怖いよ!おまえは!」

何か古いアニメで見た、猫の化け物みたいな。

「そんな役立たずの邪エルフよりも、あたしが色々教えるよ?」

「邪エルフってなによ!」

「邪神であるバードゥを信仰する教団に属する役立たずのエルフ。略して邪エルフ」

「略すな!」

略さなきゃいいのかメルさんや。

「カーラ、おまえ御者やれとか座長に言われてなかったか?なんで、そこにいるんだよ」

「え、御者なんて…」

「はいはい、アロンにやらせてんだろ、どうせ」

「ううん、御者なんていなくても、自然と前にいるドラゴンに付いていくから大丈夫なんだよ」

「すぐに戻れバカ」

勝手に進んでんのかよ、今。外見えないから、どこ歩いてんだかわかんないし、怖いわ。あの弟にしてこの姉ありだ。

「えー、大丈夫なのにぃ」

「カーラ、この行動でお前の俺の中での評価、下がってるぞ」

「す、すぐ戻るから。下げちゃダメ!」

と、荷物の隙間に消えて行った。

「じゃあ、わたしの評価、上げてくれるのかな?」

「なんで相対的になるんだよ。上がる要素、今のところないだろ、邪エルフ」

「ひどい!」

この世界に来てひどい目にあってるのは俺なんだが。


急に馬車が止まった。

「おい、カーラ!何やった!」

と俺が叫ぶと、カーラが荷物の隙間から、こちらに顔を出し

「なにもやってないよ!レイガが停止命令出しただけ」

「モンスターか?」

「多分。邪エルフ、結界張り、お願い」

「わかった」

と、メルは邪エルフ扱いに怒ることもなく、外に飛び出していった。それだけ緊急事態なんだろう。

「ゴブリンが10匹くらい!みんな注意してくれ!」

とザムドの声がする。

えーと、どう注意すればよいのやら。

こういう時の対処も教えてほしいんだよな。

それにしてもゴブリンねぇ。もし俺の知識と合致する存在ならば、やばくないか?

馬車の中で震えてるしか出来ることが無さそうな、俺。

情けない。悪役だろうとヒーローだろうと演じてきたが、演じるだけで、現実の脅威には役立たずだ。

ギャーだのギューだの、戦闘員みたいな声が響いてくる。ゴブリンの声だろうか。

馬車の幌からそーっと顔を出すと、そこにマクセルがいた。

「ユウ、こっちに来い」

と、引っ張り出されて、そのまま、マクセルの後に続く。

「ザムドたちだけで対処できそうだ。お前は、見とけ」

「見とけって」

「血なまぐさいことにも慣れとけってことだ」

そう言われ、周りを見回すと、ザムドが剣で斬り、レイガが力技で叩き潰し、ルリハが何やら攻撃魔法でゴブリンを焼く。そう、まさに血なまぐさいシーンが繰り広げられていた。

倒されていくゴブリンは、俺の知識にある通り、身長1m位の緑色の肌をした人間型の生物。こん棒やナイフも持っているようだ。

メルが結界を張っている…ようだが、目に見えないし、空気まで遮断する類じゃないらしい。普通では嗅ぐ事のない、濃密な血の匂いが俺の鼻腔を刺激する。ワイルドボアの解体なんざ、比べ物にならない、戦いの中でまき散らされる血の匂い。自然とこみあげてくる吐き気を無理矢理抑え込み、俺は戦闘を、俺たちが生き延びるための行為を、見ていた。


「顔色悪いぞ、ユウ」

「それくらいは許してくれよ、マクセル」

「ハハハ、大した胆力だよ、お前さんは」

と、マクセルは俺の背中を強く叩くと、戦闘を終えたザムドたちの方へ行ってしまった。

「だいじょぶ?怪我とかない?」

いつの間にか、俺の横にカーラがいて、心配そうに見上げてくる。

「あぁ、何もせず……何も出来ないで見ていただけだからな」

「そっか」

と、カーラは俺を抱きしめてきた。

「お、おい」

「いいから、いいから。顔色悪いし、少し震えてる…自覚ある?」

「あ?いや、うん」

平和だった、かつての日常ではありえなかった、生きるための戦闘、そして殺すという行為。それは純粋な驚きと恐怖だった。

「そっか、自覚あるなら、大丈夫かな」

「何もできないのが、辛いな」

俺は思わず弱音を漏らしてしまった。

「んふふ、適材適所?非戦闘員のユウは、別のところで役立ってる。でしょ?」

「かもしれないが…」

「前にランのこと、話したよね?不思議なの。なんで漂流者は、ここに来た途端、自分の役割を探し始めるのか、ね」

「不思議?」

「うん。漂流者なんて、言わば生まれたての赤ん坊みたいなもの。この世界にとってはね。なんで、その赤ん坊が役割だの使命だのあると思うんだろ?って」

「赤ん坊、か」

「うん。世界のことをよく知らない、わからないのは、赤ちゃん、だよ」

「なるほど、な」

そうだな。元の世界の異世界ストーリーに毒されていた。実際に異世界に来たところで、勇者や戦士に成れるわけがない。元からある経験と知識で生き延びるしかないのだから。その元からあるものが、俺にとってはヒーローアクションだったというだけで。

「ユウ。あの邪エルフをあまり信用しない方がいい。…またか?って顔しないで。今、あたしが言ったような事さえ教えない連中なんだよ」

簡単なことを教えない…確かにそういう面はあるが。

「まあ、言い方悪かったね、メルを信じるのはまだイイ。でもバードゥ教を信用しない方がいい。わかる?」

「それは常々、そう思ってる。大丈夫だよ、カーラ」

俺は抱き着いているカーラから、少し身体を離し、きちんと唇にキスをした。

「ありがとな、カーラ」

「ひゃ、ひゃい、気にしないで…ユウ、今のキス」

「愛情を込めた感謝のキスだ。今はこれ以上なし!」

「な?また?火を着けておいて、それ?」

「あとは自分でなんとかしろ」

というと、カーラが見る見る顔を赤らめ

「バーカ!」

と言うなり走り去ってしまった。


「おい、ユウ!」

ザムドが手招きしてる。その足元にはゴブリンの死体。

「ろくでもない事させる気だろ!」

「いいから!」

逃げても逃げ場も無いし……行くか。


ザムドの元へ行くと、ナイフを渡された。

「え?」

「ロイナンシュッテの冒険者ギルドに、今回のゴブリン討伐の事を届け出なきゃいけないんだ。正直、報酬も出るしな」

うん。ピンときた。

「で、何を剥ぎ取れって?」

「察しが良くて助かる。鼻だ」

「鼻?」

「討伐数のカウントに必要だ。身体に一つしかないから数えやすい」

「で、なんで俺?」

「人生経験ってやつ?今後もこういうことしながら旅が続くわけだし」

と、意地悪気に笑みをたたえながらルリハが言った。

正直、人型の生き物から身体のパーツを切り取るとか、元の世界ならサイコパス、猟奇犯罪者だ。

だが、このまま赤ん坊では、いられない。ここで生きて、生き延びるために、経験し、学ばなきゃいけない事なんだ。

「わかった」

俺はザムドからナイフを受け取り、ゴブリンの死体の脇に屈みこんだ。

濃密な血の匂い。

気合を入れ、ゴブリンの鼻先をつまみ、鼻の穴側にナイフを当てた。

手入れの良いナイフなのだろう。スーッと刃が通る。ゴリっザクっと軟骨や肉の切れる感触を感じながら、俺は目的を達成した。

「これで、いいか?」

「よくやった、ユウ。手伝ってくれて、ありがとう」

俺の差し出したゴブリンの鼻を受け取り、ザムドは優しく笑った。

これが、この世界。

あぁ、そうだ。こんなことじゃ負けねえよ。

俺は茂みに駆け込み、胃の中のものを吐き出した。

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