僕らの豪華客船
霜月
君と一緒に過ごせれば
梅雨入り。湿気と気温でじめじめする日が続く。だが、久しぶりに晴れた。恋人の
「昴、僕ね。28歳の誕生日は豪華客船で過ごしたい」
「豪華客船だぁ?!」聞き慣れない単語に思わず固まる。
いやいやいや、豪華客船って。いくらすると思ってるのさ。大体、お前の誕生日に乗るなら、その代金は俺持ちだろ? 叶えづらい願いに顔が引きつる。
「ダメ?
……かわいい。だけどそんなことをしても無駄だ!! 絶対に無理!!
「なんで豪華客船……?」怪訝な顔で颯斗に訊く。
「……それは……その……雰囲気良いところでいちゃいちゃできるから……」昴は少し俯き、頬を赤らめた。
「遊園地とかでもいいんじゃ……?」頭を掻きながら颯斗に訊く。
「豪華客船がいい」何そのこだわり。スマホを取り出し、豪華客船にかかる料金を調べる。
「たっか!!! 1人あたり30万!!」驚きのあまり、目を見開いてしまう。
「へー」自分には金額は関係ないと。
23歳の俺に60万も豪華客船にお金を投げるのは痛すぎる!! お前と違って、こっちは社会人1年目だぞ!! 無理だわぁ……。
「その豪華客船の料金は誰持ち?」昴を見つめ、一応確認する。
「え? 昴でしょ? 誕生日なのに僕が払うの?」颯斗は顔を上げ、当たり前のように言い放つ。イラ。
「金額がさぁ……」はぁ。ため息が出る。
「昴の誕生日の時、函館の旅費は全額僕が出したよね?」颯斗は薄目で睨むように昴を見つめた。
「それとこれとは違くね?」なんだか腹が立ってくる。
「一緒でしょ、同じ旅行なんだから」はぁ?
「何、さも当たり前みたいにそんな高いもん人に出してもらおうとしてんの? っざけんな!」隣に座る颯斗の肩を押す。
「痛っ! 何キレてるの? すぐキレる。気、短すぎでしょ。昴のさ、そういう突っ走ってキレるとこ良くないと思う」あ?
「はぁ? お前のそういう、当たり前精神と思い込みは俺、よくないと思うわ!!」
お互いを睨み合い、黙り込む。
「……………」
「……………」
ぽつ。ぽつ。顔に水滴がつく。雨が降ってきた。今日は晴れじゃなかったのか? 噴水に張られた水に雨が打ちつけられ、水玉模様を描く。
もう、気分は雨が降る前から最悪な雨模様。
「帰る」昴は立ち上がり、颯斗を見向きもせず、出口へ向かい歩き出す。
「……あ……待って……! 別にそういうつもりじゃ……!」
颯斗の声は虚しく、雨に打ち消され、昴へは届かなかった。
*
このままじゃ、ダメだ。昴を追いかけないと。立ち上がり、出口へ走る。雨で全身がびしょ濡れ。体が重い。濡れてまとわりつく服のせいでとても走りにくい。
「どこ? 昴……」
見つからない。ポケットからスマホを取り出し、昴に電話をかける。繋がらない。絶対に怒っている。僕が悪いのは間違いない。
わがままは言った。だけど、昴に全額払わせるつもりなんて微塵も思っていない。いつも僕は余計なことを言ってしまう。『僕も出すから』そう言えば済んだことなのに、変なところで素直になれない。
ただ、一緒にゆっくり過ごしたかっただけなのに。
こんな風になるなら、豪華客船なんて、乗らなくていい。誕生日プレゼントだって、要らない。ごめん、昴。いつも本当にごめん。天邪鬼な僕を許して。
だから、隣に居てよ。どこにも行かないで、昴ーー。
どこへ行ったのかは分からない。闇雲に辺りを探し続ける。こんなことして見つかるとは思えない。泥が跳ね、服は汚れる。雨でさっきより全身への重みが増す。見つけられない。もう、帰ろう。同棲してるし、家にいるかもしれない。
雨の中、重い体を引きずり、家へ帰る。扉の横で誰かが座っているのが見えた。
「あ……昴……」
「帰ってくるの、遅いし。待ちくたびれた」
雨で濡れ、前髪に水滴が伝わり、頬へ垂れる。雨なのか、涙なのか。コンクリートを打つ雨の音は次第に弱っていく。
「雨、止んだね」昴は空を指差し、笑った。
「あ……うん」先ほどの雨が嘘のように晴天へ変化する。
「晴れたなぁ、ちょっと散歩しよ」昴に手を引かれ、歩き出す。僕はまだ謝れていない。
引かれるまま、長いこと無言で歩かされる。これは散歩なのか。この後、別れ話でもされるのでは? そう思うと握られた手に力が入る。昴を離したくはない。
「川……?」なんで川。
「座ってゆっくり話せるかなって」あぁそう。でも濡れてるよね。
「うーーん……」昴が川辺に座るので、致し方なく、一緒に座る。尻が濡れる。
「濡れたわ!!!」いや、最初に気づいてよ。
「僕も濡れましたけど……」昴はポケットから何かを取り出した。
「笹?」理解不能。
「家いく途中でもらった」もらうかね、普通。
「あぁ、そう……」昴は笹で何かを作り始めた。
笹舟。へぇそんなの作れるんだ。いや、関心してる場合ではなく、謝らなくては。昴の雰囲気に流され、なんだか言い出しづらい。
「はい、どーーぞ」昴に渡され、受け取る。
「ありがとう……?」昴は立ち上がり、颯斗の手を引っ張り、立たせた。
「こっち来て~~」昴は川に近づき、しゃがんだ。
「流して?」
「う、うん?」昴の隣にしゃがみ、手に持っていた笹舟を流す。笹舟は少しだけ進み、ひっくり返った。
「……転覆しましたけど」
「あれ? おっかしぃなぁ~~俺の予定では『あ、豪華客船だね、はーと』ってなるはずだったのに~~」
「ならんって~~」呆れながら、転覆した笹舟を見つめた。
「昴、あのね」昴の方へ顔を向ける。
「ストップ!」顔の前に手をひらを置かれる。
「な、何?」
「ぜ~~んぶ、分かってるから。言わなくていい。俺に謝らせて。颯斗のこと分かってたつもりなのに、ひどいこと言った。ごめん」昴は両手を合わせ、祈るように謝った。
「それはさぁ……ずるいでしょ。昴は悪くないよ。僕が悪いんだ。ごめん」目の前にある手を包み、顔からずらす。
「僕、豪華客船はいいや。昴と一緒ならどこでも豪華客船になり得るね」颯斗は昴に顔を近づけた。
「そうかもね……ん」唇を重ねる。颯斗は昴の肩に手をかけ、押し倒す。
「ちょっ!! 何してんの!! 背中濡れた!! お外はダメですよ!! 颯斗さぁん!!」昴がジタバタしている。
「キスだけ、キスだけだから!」覆い被さり、手と手を重ね、唇を強めに押し付ける。
「~~っん……はぁっ…もう、続きはおうち帰ってからにしてくださいぃ~~」昴は前髪を掻き上げ、体を起こす。頬はほんのり赤く染まっている。
「分かってるって~~早く帰ろう。僕らの豪華客船へ」
2人は顔を見合わせ笑い合い、歩き始めた。
あとがき。
カクヨム自主企画三題噺、水玉、川、豪華客船参加作品。
あえてのBL。昴が豪華客船に乗るのを渋り、年上の颯斗はお金を使うことに抵抗がないあたり、現代の恋愛かなぁ? と思ったり。
個人的には少しだけえっちなシーンも書きたくなりました(笑)
僕らの豪華客船 霜月 @sinrinosaki
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