[偶然]
「色々・・・・どう思う?」
店を出て竹居と別れ、並んで歩道を歩きながら早苗がポツリと言った。
「どう、って・・・・何か頭がボーッとしちゃって現実感がない感じ」
「だね、確かに」
二人の口調には明らかに疲労感が漂っている。
村河の淡々とした口調の話も竹居の補足的な話も真剣に聞き、美鈴も早苗も理解と消化に努めたつもりだった。
が、やはり非現実かつ荒唐無稽。
そうそう簡単に「なるほど良く分かりました」とあっけらかんとなれるわけがない。
とはいえ、早苗の先生や英美の身に映画やマンガのフィクションのようなことが起きたことも紛れもない事実。
「でもさ・・・・」
早苗がふいに空を見上げて言う。
「最先端の宇宙物理学者の人が言ってたけど、今の地球の科学でも宇宙全体の5%くらいしかまだ解明が出来てなくて95%は未知の謎で、つまりはほとんど解明出来ていないということだ、って」
「?」
「だからさ、こういうことが起きても不思議じゃないのかも。私たちの普通の物差しじゃ図れないことって実は結構あるとか・・・・かも」
「まあ・・・・うん。でも──」
「ちょっと!」
「え?」
ふいに早苗が美鈴の腕を掴んだ。
「何?」
「しっ、後ろの会話」
「後ろ?」
「振り返らないで聞き耳立てて」
「??」
ちょうど横断歩道に差し掛かった所で信号が赤になり二人は立ち止まった。
同時に数人が立ち止まる。
そこに何やらモメている様子の男女の会話が聞こえてくる。
「ないよ、戻ろう」
「は? 渡ってすぐじゃん、ほらあそこ」
「あ? 何言ってんの? どこだよ?」
「どこって見えてるじゃん、ほら赤い看板の」
「赤い看板? それ、お前にしか見えてないんじゃないの? 気持ちわるっ」
「はあ? ふざけてんの?」
(まさか・・・・)
(・・・・同じ?)
美鈴と早苗、同時に"ある事"に思い至った。
明らかに男の方の発言がおかしい。
今、二人の視線の先には確かに赤い看板がある。
横断歩道を渡ってすぐだ。
目に入らないのはあり得ない。
信号が青になった。
と同時に後ろの男女の喧嘩腰の会話がいきなり終わった。
「私、行くから。じゃ」
「勝手にしろ」
互いに譲らずキレて解散した状態で彼女の方はスタスタと渡って行く。
美鈴たちが振り返ると彼の方は背を向けてそこからどんどん離れて行く。
すると早苗が急に小走りで歩道を渡り出した。
そして──
「あのっ、すみませんっ」
「!?」
渡り切った所で見ず知らずのその女に声を掛けた。
「いきなり声かけてごめんなさい、ちょっと聞きたいことがあって」
「え、何?」
当然ながら急な声掛けに戸惑った彼女は見開いた目を早苗に向けた。
見たところメイクは濃いがまだ10代半ばくらいの感じだ。
「ほんとごめんなさい。あの、喧嘩してたでしょ? 赤い看板が見えるとか見えないとか──」
「あ~・・・・それが何?」
「えっと聞きたいのは、あの人がああいうことを言うのは初めて? それとも最近どこか歩いてて先に道が続いてるのに『行き止まりだ』とか広場なのに『狭い』とか言ったりすることなかった?」
「え?」
畳み掛けるような早苗の言葉に引き気味だった彼女が一瞬、険しい表情をした。
それを見て美鈴は意味不明に絡んできた変な奴に対する不快感をあらわにされたと思った。
が──
「何それ、ぜんぜんあるんだけど。え、どういうこと?」
意外なその反応に、美鈴と早苗は顔を見合わせた。
「あるんだ・・・・ごめん、少し時間あるかな? ちょっと話がしたいんだけど──」
「いいよ、別に。てか何か変な勧誘じゃないよね? だったら無理なんだけど」
「違う違う、そういうんじゃなくて。ただ私たちの知り合いにもあの彼と同じ現象が起きてるから聞きたいことがあるだけ。あなたの名前とか個人情報には関心ないから安心して」
「え、あ~そうなんだ・・・・わかった、いいよ」
「ありがとう」
話はまとまり、三人は近くのマックへと向かった。
狭くなる 真観谷百乱 @mamiyan
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