[好物]

「あの、村河さん・・・」


 美鈴が口を開いた。


「何?」

「その、悪魔っていうと魔界の存在ってイメージなんですけど・・・・あるんですか?あるとしたらそこが別次元ってことなんですか?」

「ん~、一部かな」

「一部?」

「そう、別次元の世界の一部。区域的な、というか・・・・我々のこの世界にも色んな国があるでしょ? 国境で区切られてて。同じようにその次元でもそんな風になってるらしいんだよね。とりあえず過去に悪魔と接触した者が残した記録の古い書物にはそんな記載があるね」

「え、接触して記録? そんな人がいたんですか? 末路は悲惨だったんじゃ──」

「いや、欲望的な取引はしなかったから代償は生じなかったようだよ。そもそも人間にも粗暴なやからもいれば知的な善人もいるように彼らにも色々な性質やランクがあって、その記録者が接したのは悪意の塊のタイプではなかったらしい」

「そうなんですか・・・・じゃ、私の友達が関わってしまったのは──」

「タチの悪い方のだろうね、やり方があからさまで強引だしね」

「・・・・」


 タチの悪い──その言葉の響きが美鈴の気持ちを暗くした。

 脳裏に屈託なく笑う英美の顔が浮かぶ。

 そんなモノに一体いつ接点を持ってしまったのか・・・・。

 黙り込んだ美鈴の様子を見た早苗が村河に向けて口を開く。

 

「あの、言ってみれば下の次元の私たちに罠を仕掛けてまで絡んでくるそのタチの悪い系の目的って生体エネルギー?を吸うとか抜くとかなんですよね? 生体エネルギーのことは何となくしか分かりませんけど、でもそれって彼らにとってそんなにメリットあるんですか?」

「それは大有り」

「え?」

「好物らしい」

「こ、好物?!」


 とんでもなく現実的な言葉に早苗は目が点の表情になった。

 それは美鈴も同様だった。

 分かりやすく驚きが顔に出た二人を見、村河は半笑いのような表情で言った。


「ほら、僕らの世界も家畜に餌を与えて肥えさせてから食べるでしょ? 高級和牛とかなら特にいい餌を上げていい環境に放牧したりでいったん牛たちを満足させて。それと同じ図式なんだよ、結局。人間の欲望を叶えて喜ばせてからエネルギーをチューチュー吸い尽くす、っていう」


(チューチュー・・・・)


 その生々しい響きに美鈴は内臓をまれるようなおぞましさを感じずにいられなかった。


────────────────────


「じゃ、僕はそろそろ──」


 グラスに残ったアイスコーヒーを飲み干すと村河は、このあと用事があるからと席を立ち店を出て行った。

 美鈴と早苗は彼の話の不可思議かつ突拍子のなさの余韻でぼんやりとした表情でそれを見送った。


「さて・・・・どう思った?」


 場に残った竹居があらたまった口調で言う。

 それを受け、早苗が口を開く。


「ん~・・・・カタツムリや牛の例えは分かりやすいといえばまあそうだったけど、何ていうか断定がまだ理解が追いつかなくて受け入れきれないというか・・・・」 

「断定?」

「別次元の存在、ていう・・・・」

「ああ、それ。まあ・・・・僕が思うにそう表現するしかないってことじゃないかな。他に言い様がないというか。とにかく我々のガチガチの物質世界じゃどうやっても不可能なことをあっさりと出来てしまう、イコールこの世界以外の存在と定義付けするしかない・・・・ていうか」


 確かにそうなのかもしれない、と、美鈴は思った。

 人間には不可能な行為、明らかに人間業にんげんわざではない事象をあえて何らかの枠に組み入れようとするなら"別次元"という漠然とした表現以外に思い浮かばない。

 

 日常の思考の限界。

 脳が疲れる──生まれて初めての感覚に美鈴はさいなまれていた。


 



 

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