[村河]
英美が見知らぬ男たちと路地に消えてから数日後、美鈴と早苗は
竹居は早苗がかつて通っていた塾の例の"先生"の
30代前半という竹居はセンター分けの黒髪を後ろで束ね、存在感のある大きめなフレームの眼鏡を掛けた風貌はパッと見クリエイティブ系のアーティストのような感じに見える。
が、村河の方はボサボサの髪と無精髭の何か得体の知れない雰囲気を漂わせている。
竹居より少し年上らしいが実際はかなり年齢が上に見える。
互いの挨拶もそこそこに、村河がいきなり核心に触れた。
「残酷なことを言ってしまうけど、君の友達はもう救えないと思うよ」
「・・・・」
希望のある言葉を期待していたわけではなかったが、やはりそうか・・・・という絶望感が美鈴を無言にした。
そして追い打ちを掛けるように早苗が言う。
「確かにあれはもう無理な感じ。自分はシュンリンだって言い張ってるし完全に取り込まれてる。美鈴も間近で見てそう思ったでしょ?」
「・・・・うん」
『私はシュンリンっ、シュンリンだよっ』
ムキになってその名を連呼する英美の顔が美鈴の脳裏に浮かんだ。
体型は変わらず顔だけ貼り付けたような不自然さ。
正直、気持ちの悪い生き物感さえ漂っていた。
「それにしても根本的な疑問なんですけど、すごい短時間で顔を変える技術?魔法?マジック?ってどうしてもどうやるのか想像がつかないんですよね。その瞬間を見てないし、でも本当に別人になってるし。悪魔だから出来るって言われても不思議すぎて・・・・」
この世界の普通の人間なら当然の感覚の疑問疑念を早苗は口にした。
すると、村河が表情を変えずさらりと言った。
「別次元の存在だから簡単なんだと思うよ」
別次元──余計に想像しにくいその言葉に早苗と美鈴は思わず顔を見交わした。
「え、どういうことですか?」
「簡単?」
二人の声が重なった。
村河の隣で竹居は"だよね"という風に小さく頷いている。
村河が言う。
「まあいきなり理解は難しいだろうけど・・・・例えば君たち、悪魔って言葉からどんな姿を想像する?どんなイメージ?」
「え・・・・なんかこう頭に角が生えてて背中には黒っぽい翼があるみたいな?」
早苗が小首を傾げながらそう言うと、村河は少し苦笑の表情で「なるほどね」と言った。
「アニメや映画の世界で描かれるありがちなビジュアルはそうだね。昔から怖さの演出としてはそういう感じで統一されてるからそんな風に想像する人は多いよね。でも僕が研究してる中での古代ギリシャ発祥の悪魔というか悪魔的存在は固定の姿はしていないし、それにただ怖いだけでもない。まあ我々三次元の人間よりは
まるで目線を低くして子供に語るようなゆっくり目な口調で村河は言葉を続けた。
「で、別次元だから簡単って言ったのはね、例えばそうだな・・・・」
村河はおもむろにはジャケットの胸ポケットからペンを取り出し外したキャップをテーブルの真ん中に置いた。
先端は通路側に向けてある。
「これをカタツムリだと思って見ててほしいんだけど、何もない進行方向に真っ直ぐ這っていく・・・・すると突然ドンッ」
そう言って村河は自分の飲みかけのアイスコーヒーのグラスをキャップの目の前に置いた。
「カタツムリの触覚の先にある目は光を感じる程度の機能だから人間のように物の全体像は見えない。で、明るい所を進んでると思ったらいきなりこんな物が目の前に置かれたら急に黒い壁が!何これっ、てなるよね?触覚で確認しても通り抜けられないのが分かるからパニくるだろうし。だけどこれをまたスッとどけると一瞬で謎の黒い障害物は消えて、え?あれっ今のは?ってなるでしょ?つまりカタツムリ側からしたら突然現れた壁がどこから来たのかも一瞬で消えたのは何故なのかも理解は出来ない。だけど我々にとっては笑えるくらい簡単なことだし不思議でも何でもないわけ。つまりこういうこと。だいたい分かってもらえるかな?」
「・・・・」
「・・・・」
真剣に話に聞き入っていた美鈴と早苗は無言で頷いた。
といっても理解は村河の言うように"だいたい分かった"止まりだったが。
「じゃ、村河さんからしたら一晩で顔が変わったのも不思議なことじゃない、と?」
早苗が確認をするように少し上目遣いに村河を見ながら言った。
「そうだね。顔を変える以外でも何でも、たいていのことは可能だと思う。だからこそ危険視されて時の権力者が召喚魔術の封印を命じたようだけど所詮は人間、欲の生き物だから実際は歴史の水面下に深く潜った形で伝承されてきたってこと。まさかのこのネット時代までね。ある意味、人間の放つ欲望の念が彼ら存在を引き寄せ続けて来たとも言えるんじゃないかな。たぶん君たちの友達もそのアイドルのような美女になりたい思いがそうとう強かったんだろうし、顔へのコンプレックスをずっと抱えててそこにつけ込まれたんだろうね」
(コンプレックス・・・・)
美鈴は長く共に成長をしてきた英美の内面にそこまで自分の見た目への負の感情があるとは気付いていなかった。
自身の顔で笑いを取る女芸人に似ているとあちこちで言われては屈託なく「でしょ~?うり双子すぎて困るぅ~」と返していた姿が目に浮かび、美鈴は切ない気持ちになった。
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