[英美]

英美えいみっ」


 歩道橋を駆け下り、男たちに囲まれ先を歩く背後から美鈴が大きく名を呼んだ。

 が、声は届いているはずの英美はまったく振り返らない。

 何やら楽しげな様子で歩いている。


「英美ってば!」


 一気に距離を詰め、美鈴は前方へ回り込んだ。

 早苗は少し離れた横に立っている。


「こんな所で何やってるの?! 連絡取れないから心配してたんだよ? 英美の家、火事になってお母さんが病院に──」

「は?」


 美鈴の畳み掛けに対し英美は一瞬で真顔になり、まるで道端の石ころでも見るような無感情な眼差しを向けた。


「は? じゃなくて話をちゃんと聞いて──」

「英美? って・・・・誰?」

「え?」

「だーかーらー、英美って誰だって聞いてんの」

「・・・・」


 絶句。

 ゾッとするほど感情の欠落した英美の目を見ながら、美鈴は言葉を失った。

 すると様子を見ていた男たちが口を出し始めた。


「人違いだろ?」

「だよなぁ、英美? って誰だよ」

「あのさ、俺たちこれから行くとこあるからさ、絡まないでくれる?」


 見ればそれぞれペラペラの安物の紙のような軽薄なチャラ男たちで、元の英美ならまったくタイプではない輩だ。

 もとより美鈴もだ。

 が、ここでまた英美を見失えば次にどこで会えるかも分からない、引き下がれない──そう思い、美鈴は思い切って言った。

 

「この子は皆上英美みなうええいみ。小学校からの幼馴染みなのっ!」


 語気を強めた。

 すると──


「バッカじゃないのっ!? 何その名前っ、ぜんぜん知らないんだけどっ! 私はシュンリンっ、シ ュ ン リ ン だよっ!」

「だよなぁ」

「シュンリンだよ、シュンリン」

「英美? そんなダセー名前じゃねーよ」


 美鈴はハッとした。

 この男たちには英美が本物のシュンリンに見えている?

 それとも美しく完璧な顔のシュンリンにそっくりというだけで声を掛けたのだろうか?

 その疑問が美鈴の口をついて出た。


「あなたたち、まさかこの子があのK-POPアイドルのシュンリン本人だと思ってるの? 本気でそう見えてるの?」

「・・・・」

「・・・・」

「・・・・」


 一瞬の──


「あーあーあー、うるさいうるさいうるっさいーっ」


 突如、英美が甲高くヒステリックにわめき始めた。


「私が本物っ、本物のシュンリンなのっ! 変な言いがかりつけないでよっ! 近寄らないでっ! さ、みんな行こっ」


 すると男たちは再び軽い口調で追随をし始めた。


「そうだなっ」

「ちっ、時間を無駄にしたぜ」

「どいてくれるかなぁ~? しっ」


 美鈴の問いへの答えは無く、邪魔だと言わんばかりの犬猫を追い払うような仕草と態度で英美とともに歩き始めた。


「ちょっと!」

「どけよ」

「お前しつけーよ」

「失せろ」


 食い下がる美鈴を、まるで敵意を向けるような言動で男たちが制した。 

 が、その時!


「あ、こっち行けないじゃん、行き止まりだ」


 足を止めた英美が前方を見ながら──言った。


「あ?」

「行き止まり?」

「何言って──」

「だから行き止まりじゃん。こっち行こ」

「?」

「?」

「?」


 男たちが小首を傾げながら顔を見合わせた。


「何してんの? こっちだよ」


 英美が右折の路地の入り口で言った。

 すでに美鈴の存在など眼中に無い様子だ。

 そして誘導された男たちがゾロゾロついて行き彼らの姿は路地へと消えた。

 

(行き止まり?)


 その言葉の不気味な違和感に思わず足が止まっていた美鈴は慌てて後を追おうとした。

 

「ダメ、やめた方がいいよ」


 それまで口を開かず眺めるように様子を見ていた早苗がふいに美鈴の腕を掴んで言った。


「だってまた行方が分からなくなっちゃう」

「でしょうね」

「いや、でしょうねじゃなくて──」

「あれ、始まってるよ、ダメだよもう」

「始まってる?」

「聞いたでしょ? 行き止まりって言って

たよね? 歩道は続いてるしぜんぜん行き止まりじゃないのに」

「う・・・・ん・・・・」

「同じだよ、先生と。まったく同じ」

「・・・・」


 早苗の言葉の意味を美鈴は理解した、が、受け入れることへの恐怖も同時に心に沸き上がった。

 そして立ち尽くす美鈴にさらに早苗は言った。


「狭くなり始めたらもう・・・・終わり」





 





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る