最終章 さらば、レストガーデン

とうとう、この日の”朝”が来た。

いつもと変わらない”朝”、レストガーデンでも、外の社会も、朝は変わらない。


レストガーデンにいる希望者達は施設の娯楽を楽しむ。

何にも縛られず、何も恐れず。


でも働く社会人は、出勤する準備をして、”組織”として活動する。


朝を迎えるのは辛い、でも自然の”朝”は変わらない。


例え辛くても、苦しくても、楽しくても、”朝は変わらない。”





                    午前6時



 彼”はあと3日でレストガーデンを去り、同時にこの世を去る。

今日はここに来て初めての早起きした理由は、エリーゼと約束との約束を守る為だった。

レストガーデンの全てを堪能して悔いを残さない事、その為に1秒でも時間を有効に使いたいらしい。


彼は部屋を出て2階の本の部屋に向かった、エリーゼとはそこで落ち合う決まりだからだ。

彼は誰もいないレストガーデンで、優越感を感じながらゆっくりと歩く。

本の部屋に到着、そしてドアを開く、すると既にエリーゼは本の部屋に先に着いて、くつろいでいた。

エリーゼはソファーに寄りかかり、完結していない冒険漫画 “ワンピース"の最新巻を読んでいる。

エリーゼは漫画に集中していて、彼の存在に気づかない。

彼は気を遣い、エリーゼが読み終わるまで待つ為に、自分も棚から日本の漫画“寄生獣"を取り出し、ソファーに座って読む。


彼は全巻読んだ“寄生獣“を、また一巻から読み直している。

今まで文字だけの小説しか読まず、生まれて初めて見た漫画はグロテスクで神秘的で深い物語の漫画だった。

他にも面白い漫画があるのかもしれない、でももう時間が無い、もし他の漫画を見つけたら、死ぬのを拒んでしまいたくなる、彼はそう思い他の漫画の一巻は読まなかった。

寄生獣の一巻を読み終えた後、本棚にしまおうとした時、目の前にエリーゼが立っていた。

彼はいつの間に目の前にいた事に驚いた。


彼「ごめん、待たせちゃった? 読み終わったら、話しかけてくれてもよかったのに」


エリー「集中してたみたいだから、それにまだ読み終わってないよ」


彼「えっ?」


エリー「ワンピースはまだ完結してないの、完結するまで、あと数年はかかると思う」


その事を聞かされた彼は、どうしようか戸惑ったが、自分にはどうする事も出来ないとすぐに分かり、とにかく何でもいいから返答した。


彼「そうかそれじゃあ・・・どうする?」


エリー「私が1番気になるのはワンピースの"正体"だけど、こればかりは作者にでも聞かないとどうしようもないよ」


彼「そっか・・・そうだよね、それじゃあ日本に行って、作者本人に聞いてみるってのは?」


エリー「そんな事より、早く朝食食べに行こう、早くしないと皆起きちゃうから!」


エリーゼは元気よく彼の腕を掴み、引っ張りながら食堂に向かう。


今日の朝食メニューは、トースト・スクランブルエッグ・サラダ・ウィンナー・ベーコン・コーヒー・牛乳。

彼とエリーゼは、それぞれ好みのメニューを取り、テーブルで向かい合わせに座り、朝食を始める。

彼はトースト・スクランブルエッグ・サラダ・ベーコン・牛乳。

エリーゼはトースト・スクランブルエッグ・ウィンナー・コーヒー。


エリーゼは大の野菜嫌いで、サラダを取らなかった。

エリーゼがサラダを取っていない事に気づいた、それを指摘した彼は、エリーゼにサラダを食べるように促す。


彼「エリー、サラダぐらい食べないと大人になったとは言えないよ、ほら食べてみな」


彼は自分の皿にあるサラダをエリーゼの皿の上に置いた。


エリー「じゃあキミも砂糖無しコーヒー飲んでよ、そしたらサラダを食べてあげるから」


彼「舌が受け付けない、大人の飲み物って言われているけど、あんな不味いのをわざわざ胃の中に入れる必要はないだろう」


エリー「それなら味のしない草なんて胃の中に入れる必要ないでしょ」


彼「マヨネーズをたっぷり付けたら、食べられるかもよ?」


エリー「ミルクをたっぷり入れたら、コーヒー飲めるかもよ?」


二人はお互い助言し合い、エリーはマヨネーズをたっぷりと付けて野菜を味見する、彼は取った牛乳をエリーのコーヒーに入れて飲む。

嫌いな物を二人は口、そして胃の中に入れた、初めて嫌いな物を体感した時は嘔吐しそうになったが、二回目は対策を打った事で克服出来たのか分からない。

二人は見つめ合い、返答はせずにただ苦笑いをするだけだったが、吐き出す事はしなかった。


大きな声で楽しそうに会話をする彼とエリーは周囲を気にしなかった。

調理員を除いて食堂には二人だけ、この空間はまるで地球には二人しかいない感覚だった。


7時を過ぎれば続々と同居者達が起きて食堂に向かう、その前に二人は移動して、3Fのスポーツジムに向かい一汗をかこうとする。

3Fは食堂と違って、早朝から利用する者が少なからずいる。

彼とエリーは、二人で出来るスポーツをする事にした。

バトミントン・卓球・クライミングなどのスポーツで競い合い、勝ち負けに囚われず、無邪気に楽しんだ。


激しい運動で、二人の全身汗だくだったが、エリーゼがある事に気づく。


エリーゼ「やばい、もうこんな時間!」


本来なら、運動をした後はすぐに風呂につかるが、娯楽の汗をかいたまま、二人が次に向かった場所は“映画館”。


二人が観る映画は、実話に基づいたラブストーリー映画、“タイタニック”。

親しい同期や同居者達から票を集め、上映が決定された。


小さなスクリーンであるが、人間よりは大きく、睡眠部屋の中にある小さなテレビ画面とは違って、映像や効果音の迫力が上がった。

悲恋のストーリーに感情移入した彼は、そっと隣の席に座っているエリーゼの手に触れるが、エリーゼに反応がなかった。

彼は瞬きをする暇もなく映画に没頭したが、一方のエリーゼは途中で飽きたのか、上映が終了するまでいびきをかいて寝ていた。

エリーゼが観たいと言っていた映画なのに、当の本人が眠ってしまっては、彼も苦笑いをするしかなかった。

 

今の二人にとって、息をしている1秒は貴重な時間で無駄にする訳にはいかない。

二人は昼食も夕食も抜いて、今度は建物の外に出てイチゴを始めた。

その場で食べるのではなく、籠いっぱいに取ったイチゴを入れた。





                    午後19時



 二人が最後に向かった場所は、二人が一番最初に出会った談話室。

ここは、彼にとっても、エリーゼのとっても、最も思い入れがある場所。

まずここが無ければ、二人は出会わなかった、この空間が無ければ誰とも分かり合えずに最後を迎えていた。


彼とエリーゼは、オカザキのサプライズにより個室の特別席を用意された。

部屋の中を暗くして、円卓の真ん中に収穫したイチゴとキャンドルを置き、二人だけの空間を楽しむ。

オカザキからもう一つサプライズプレゼント、高級ワインを提供された。

お互い交互に、グラスにワインを注ぎ、乾杯して飲む。

この贅沢な空間を二人は、談笑の時間にはしなかった。

なぜならもう充分に二人は笑った、この時間はお互いの“人間”を語る時間。


エリーゼは語る


エリーゼ「人は死ぬ寸前に脳内でドーパミンが分泌されて、セックスの何十倍も快感を得られるんだって、もしそれが本当なら、明日が楽しみになってきた」


彼は告げる


彼「僕はセックスもした事がないよ、恥ずかしい話だけど、僕は子供の頃、赤ちゃんの作り方は男女のキスだけで子作り完了だと思っていたんだ、これも全部ハリウッド映画のせいなんだけど、おかげで今になっても女性との経験は無いんだ」


エリーゼは告げる


エリーゼ「私・・・“セックス”は気持ちいいと思った事ないの、今まで嫌いな人、“恋”をした人に抱かれたけど、何も感じなかった・・・アナタに聞きたい事があるの、セックスで何を感じるの?」


彼は答える。


彼「それは僕にも分からないよ、なんせ経験が無いんだから、でも嫌いな人や恋をした人と何も感じないなら、“愛”なら感じるんじゃない、人間は愛には勝てないっていうし」


エリーゼ「なに一丁前にカッコつけてんのよ、チェリボーイのくせに、フフフ」


彼「そっちが意見を求めてきたんだろ、それに僕もそろそろカッコつけたいし」


彼はタイミングを見計らって、指輪を渡すつもりだった。

ヴィンスから譲って貰った10万円、その10万円でオカザキから指輪を買い取った。

エリーゼとこうして会話できるのは、今日で最後、渡すなら今しかない、場所や状況的にも絶交だと思った。

しかし、エリーゼのある“言葉と過去”で、渡せなくなってしまう。


エリーゼ「ねぇ、私の初体験を聞かないの?」


彼「⁉」


エリーゼ「私の女を奪ったのは誰なのか、気にならない?」


彼は言葉に詰まらせた、聞くも何も知っている、エリーゼの中の女を奪った人物を、でも知っていると答えれば、秘密の約束を破る事になる。

でも聞けば彼女の苦い追憶により、彼女の心の病を悪化させてしまう、その気遣いが彼女を逆に傷つけてしまう。

嘘でも「聞きたい、教えて」と誤魔化せば、嘘を見破られずに彼女の罠にかかる事はなかった。


エリーゼはうっすらと笑い、全てを明かす。


エリーゼ「・・・嘘をつけないのね、知っているんでしょ、私の忘れたい“記憶”を」


彼「‼」


エリーゼは告げる。


エリーゼ「一日も忘れた事はないわ・・・忘れたい、忘れたい、何回もそう思った、けど忘れられない。

レストガーデンは本当に心が休まる場所だった、でもこんな天国みたいな場所でも、染みついた記憶は剝がれない・・・ねぇ、どうしたらいいと思う?」


彼は指輪を渡そうと思ったが、脳内で拒否反応が起きる。

エリーゼは全てを打ち明け、彼に助言を求めた。

今指輪を渡しても、受け取ってくれる訳ない。


彼「・・・」


エリーゼは、彼にある提案をする。


エリーゼ「・・・死ねばもう、思い出さなくていいと思うの・・・だから私を殺して」


彼「えっ‼」


彼はエリーゼの言っている事に理解が出来なかった。


しかし、次のエリーゼの言葉で理解が出来た。

エリーゼ「死とセックスは似ている、アナタが言った、“愛”のあるセックスなら何かを感じる・・・」


エリーゼ「私と一緒に“生と死の狭間”を体験してみない」








                    午後23時



消灯ギリギリまで自由を楽しんだ彼は、睡眠部屋で大の字になって横になる。

今日1日でレストガーデンの全ての施設を体験した。

本の部屋・食堂・映画・談話室・スポーツジム・イチゴ狩り。

明日はエリーゼと一緒にいられる最後の時間となる日、悔いを残さない為に今日中に全てを満喫するつもりだった。

でも彼は一つだけ悔いを残してしまった。

それは談話室で渡せなかった“指輪”と“生と死の狭間”。


あの後、結局何も答えられずに会話が終わった。


彼は、ここに来て様々な交流した人達の顔を思い出す。


元ミュージシャンのヴァンサン・“ヴィンス”・ルイ

元プロレスラーのジョルジュ・“ル・タイタン”・デュラン

作家を目指していたジュリアン・ルブラン

彼らは皆、死んでいった。

そしてもうこの世にはいない、自分も明後日、あの“サラバ"という安楽死カプセルの中に入る。

最期は一体どんな気持ちでこの世を去ったのか。

人はいずれ死ぬ、それは分かっていても彼の心の中には満足していなかった。

みんな生前の姿は満足げな表情だった、けど今の自分のまま明後日あのカプセルの中に入れるのか、彼は不安で仕方なかった。

渡すはずだった指輪を、ポケットに仕舞う。

彼は明日の事とエリーゼの顔を浮かび考えながら、ゆっくりと瞼を閉じていく。

遊戯だけをしていたとはいえ、体は疲れ切っていた。

ベッドの上で熟睡する彼は、朝起きた時はいつの間にか7時過ぎていて、そしてエリーゼがいないレストガーデンで最後の1日を普通に過ごす。

このまま起きずに眠りにつけば、その通りになるが、そうはならなかった。

暗い視界の中で、唇に何か柔らかい感覚がした。

夢なら体のどこかをつねっても、痛みは感じない、でも"感じる"という事は夢ではない。

意識のある暗闇から目覚める為に、ゆっくりと瞼を開く、すると目の前にはエリーゼがいた。

エリーゼは彼の体の上にまたがり、微笑んだ表情で彼を見つめる。

彼は少し驚いたが、エリーゼの表情から心境を読み取り、状況を理解する。

エリーゼが望んだ"死"、彼が望んだ"生"、愛だけの行為が始まる。

軽度の男性恐怖症のエリーゼとの、愛を交える行為は諦めていたが、彼は優しくエリーゼを包み込む覚悟をした。

お互いの覚悟を決めた事を受け入れ、熱く唇を重ねる。

彼は経験の無い人間、エリーゼは苦い記憶ながらも経験は豊富、そのためエリーゼが上の状態、彼が下の状態で、流れ的にエリーゼが最初はリードした。

彼は女性との触れ合いには初体験であり、頭の中はドーパミンで溢れかえっていた。

女性の体は、こんなにも柔らかく、癒され、母性的、幼い頃に母の体に甘えていた頃を思い出す。

女との夜の営みは、こんなにも気持ちいいのか、それともエリーゼだから気持ちいいのか、愛を実感しているから気持ちいいのか、最初はそう考えながら続けていたが、彼の思考は真っ白になっていく。

何度もキスをした、口の中はお互いの唾液だらけ、体中はスポーツジムでは流せなかった、汗を流した。

何度も手を絡ませた、何度も気が緩んで手が離れたが、離れる度に強く絡ませた。

離さない、離れたくない、手を繋ぐだけで"愛の蜜"が流れる。

汗と蜜が流れる、そして瞳から愛の水も流れる。

時間が経つにつれ、徐々に慣れてきた彼だが、上になる事はしなかった。

エリーゼは幼い頃から男に支配されて育った。

もしまともな環境に産まれれば、レストガーデンの地に足をつける事はなかった。

"今度はエリーゼが男を支配する番"、その快感を保つ為、彼は逆転の立場になる事をしなかった。

二人は限られた時間を"純愛"に使い、今は世界がどうなろうと、何が起ころうと今の二人にはどうでも良くなり、明日と明後日に死ぬ二人は危険日などの危機感は必要無かった。

彼女の表情は今までに見た事がないぐらい幸せそうだった。

エリーゼ「愛して! 私をもっと愛して!」

そう、彼は当然、エリーゼも"愛"の至福が全身に流れた。

これで悔いはない、彼も彼女も何も残す事なく、この世を去れる、そう思った。

経験はあるが人に愛された事がない女、経験も愛も感じた事ない男。

そして今日、2人の純愛が始まり、そして明日になり、終わった。



                     5月9日午前9時45分



 彼は、エリーゼとの最高の一晩を過ごした後、裸のまま、ベッドで寝てしまった。

部屋にはエリーゼの姿は無かった。

彼は服を着る、そして時計を見る。

時計の針は二つ共”10”を指している、この時間帯は現世で生き場を失った歩く死人達が粛清される時間。

エリーゼは今頃、彼女の同期達と天地の門の前にいる、彼はそう確信した。

彼は現状に悔いを残していないか、何かを忘れている気がした彼は、ポケットの中に手を無意識に入れた。

何か小さな鉄の様な手触りを感じ、取り出してみると、ポケットの中に入っていたのは、昨日渡し忘れた指輪だった。

彼はその指輪を、手のひらに置き、じっと見つめたが、何も感情が浮いて来なかった。

そして、指輪をゴミ箱に捨てた。

しかし、その時だった、指輪が空のゴミ箱の底に落ちた音が、耳の中に鳴り響いた。

その時、エリーゼとの間に懺悔が残り、本当は何を伝えたかったのか、ようやく自分の中で認識した。

彼は指輪を強く握り締めて、急いで1Fの天地の門に向かう。

廊下を走っている事で、何度かスタッフに静止されたが、足を止めている時間は無かった。

天地の門の前に到着したが、時間は10時を過ぎていた。

もしかしたら、エリーゼはサラバに乗り、この世を去ったかもしれない、けど確かめてみるまで諦めない。

規則では、天地の部屋に入れるのはスタッフと認定された日の自死希望者のみ。

そのため、彼は天地の部屋に入る事は許されないが、その規則を破る覚悟で門を勢いよく開けた。


彼「エリー!」


エリーゼは、私服姿で片手にハンコを持ち、証明書に押す寸前だった。

エリーゼやスタッフは、突然現れた彼に唖然とする。


エリーゼ「・・・どうして」


彼「良かった・・・間に合った」


安堵する彼だが、数名のスタッフが彼を呼び止め注意する。


スタッフ「申し訳ございませんが、すぐに退室をしてください」


彼「少しだけ彼女と話をさせてください、ほんの少しだけでいいんです!」


スタッフ「規則ですので!」


状況を察したマドレーヌは、

マドレーヌ「構いません、数分だけ許可します」

スタッフ「⁉︎」


彼「・・・ありがとうございます、マドレーヌさん」


掟遵守のマドレーヌが、規則を破るのを許した事に、スタッフ一同は驚いた。

そして彼は、呆然としているエリーゼの正面に立ち、右手の握り拳をゆっくりと開く。

手のひらには、婚約指輪が置かれていた。

そして告げる、地球上で誰よりも優しげな表情で。


エリーゼ「・・・これは」


彼「エリー・・・死なないで」


彼はついに、本当に伝えたかった事を愛する人に伝える事が出来た。


彼「僕は、ここに来て初めて"生きたい"と思った、ここに来て初めて"愛"を学んだ! だからエリー、僕と一緒に生きよう、そして結婚しよう、キミとならこの”世界”を生きていける気がするんだ!」


エリーゼ「・・・」


彼「僕はダメな人間だ、でも・・・キミの為なら何でもしてあげられる」


エリーゼは、愛の告白を受けて、少しの間だけ固まっていたが、突然、涙を流し始めた。

口を手で押さえ、目から出る水は"ポタポタ"と床に落ちていく。

涙を流したままだったが、エリーゼは覚悟を決めた表情で、手に持っているハンコを証明書に押す。


彼女の決断した選択肢は、"終命"。


彼「・・・エリー」


彼は驚きを隠せず、ショックの余り、手に持っている指輪を床に落とす。


エリーゼ「・・・どうして、どうして今になって言うのよ‼︎」


エリーゼは、静かなる聖地で大きな声を荒げた。


エリーゼ「ようやく覚悟が決まったのに、何も未練を残したくなかったのに、生かそうとしないでよ‼︎」


彼「・・・ごめん、そんなつもりじゃなかったんだ、傷つけるつもりは・・・」


彼は困惑した表情を隠せなかった、エリーゼは本音を伝えてくれた彼を見習い、自身も本音を彼に伝える。


エリーゼ「こっちこそゴメン・・・私の方こそアナタを傷つけちゃった・・・愛しているのに」


彼「えっ?」


エリーゼ「私もアナタを愛してる・・・それは嘘じゃない、短い間だったのに、まるでずっと前からアナタに恋をしてたみたい、レストガーデンは私にとって本当に最高の休息だった」


エリーゼは右胸を強く握り締め、痛みを引き出した。

涙を流しながら、そしてもう一つの本音を打ち明けた。


エリーゼ「でも怖いの、先の世界が・・・それが怖くて怖くて仕方ないの」


彼「・・・エリーゼ」


エリーゼ「だからこのまま死なせて、アナタを愛したまま・・・アタシを死なせて」


まさかの返事にショックを受ける彼だったが、

彼「・・・分かった、僕はただ、正直な気持ちを伝えたかったんだ・・・それだけ伝える事が出来て良かった」


彼はこれ以上、何も言わなかった。

何かを言えばエリーゼに未練を残してしまう。それに、愛しているからこそ、彼女を尊重しなければならない、そう思った。


エリーゼ「ねぇ、その指輪は私の何でしょ?」

彼「・・・うん」


エリーゼ「じゃあ・・・はめて、私の薬指に」


エリーゼは左手を、彼に差し出す。

彼は床に落とした指輪を拾い、膝をついて、まるで紳士の様に、彼女の薬指に愛の指輪をはめた。

エリーゼは、左手を頭上よりも大きくあげて、下から指輪を見渡した。


エリーゼ「とても・・・綺麗」


彼女の表情は、とても満足気だった。


マドレーヌ「お時間です、これ以上は規則を破る訳にはいきません、退室を願います」


彼はエリーゼに背中を見せ、天地の部屋を去っていく。

エリーゼも最後の役目を終える為、安楽死装着“サラバ"の中に入る。

2人はお別れの言葉は言わなかった、だって2人の心には"純愛"の糸が結ばれているのだから。

「純愛にお別れはない」2人の間に"サヨナラ"は必要ないと、言葉にしなくてもお互いが認識していた。

搭乗したエリーゼの"サラバ"が起動する。

そして1分間の間、彼から貰った指輪を、涙を流しながら眺める。

ただ、ただ、ずっと幸せそうに指輪を眺める、意識が途切れるまで。


”彼”は、天地の門の前で、泣き崩れる。

ただ、ただ、ずっと幸せな涙を流し続ける。







                      エリーゼ・ドゥプレ


     終命証明書に承諾印を確認


  5月9日 天地のレストガーデンより永眠









                    午後9時


屋上で星空を眺める、彼。


                    午後10時


屋上で星空を眺め続ける、彼。



                    午後11時

 

 屋上で、ただじっと星空を眺め続ける、動こうともしない、彼。

星を見ながら、たそがれている彼は、明日は遂に自分の番が来る。

もうこの世に愛する人はいない、エリーゼは今どこにいるのか、あの無数の星空の中にいるのか、それならどれが彼女なのか、飽きずにそればかり考えていた。

不安なのか、それとも待ち遠しくしているのか、彼自身にも分からない。




                     5月10日 午前7時


 この日は、いつもより早めの起床をする彼。

それもそうだ、今日は彼の舞台となる日、ゆっくりはしていられない、ここに来て初めて時間に縛られた感覚だった。

起きてすぐに顔を洗い、食堂で朝食を済ませる。

睡眠部屋で黒スーツに着替え、身支度の準備を整える。





                    午前10時



 天地の門の前で、4月1日の同期達が集まる。

30人中27人が門の前に集まり、3人が期間中に辞退をしたらしい。

悲観的なキングは、結局辞退をせずに、安楽死を希望する事を望んだ。

しかし、まだ分からない、証明書を押すまでは。

27人の希望者達が、40日間を経て、天地の部屋に入館する。

"彼"以外の希望者達は、初めて入る天地の部屋の神秘的さに、魅了されてしまう。

実際に彼も、規則を破って2度目の入館となるが、ずっと居たくなるような心境だった。

希望者達は、スタッフから証明書の説明が終わり、死に急ぐ者から終命書にサインをして、ハンコを押していく。

1人、また1人と、最後に残ったのは彼とキングだけだった。

キングは、レストガーデンに来てからずっと悲観的だったが、今日この日に限っては、大人しく言葉を発さなかった。

キングも気づいたのだろう、悲観的になっても意味はない、悲劇の主人公のまま終わる映画など、誰も見ないと。

キングは、ゆっくりと歩き出し、少し迷っていたが、終命を選んだ。








                      マルセル・キング


    終命証明書に承諾印を確認


 5月10日 天地のレストガーデンより永眠。







残ったのは"彼"だけ。

同期達は次々と"サラバ"の中に入っていく、その光景を最後の1人となって目撃する。


彼は瞼を閉じて天井を見上げ、全てに感謝する。

エリーゼ・ヴィンス・タイタン・キング・ジュリアン・オカザキ・マドレーヌ、レストガーデンで出会った人達に心の中で感謝した。

彼「みんな・・・優しい人たちだった」


そして、彼らに出会わせてくれた、この地“天地のレストガーデン”に感謝をした。


彼「ありがと・・・・・・・・・・・・・レストガーデン」




彼はゆっくりと歩き出し、二つの証明書の前に立ち止まり、ハンコを手に取り、証明書に

                 

                   ・ ・・押した。



「生と死、双方の存在は変わりも無ければ、意味もない、この世の全ての選択肢はアナタに決定権がある」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天地のレストガーデン @Kaiya317

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ