チャプター3 最後のリング

5月1日午前10時



この日"彼"は 、同期の"キング"と共に、外を見渡せる施設内で、窓からある“抗議活動"の集団を見ていた。

施設の敷地外から、100人にも超えるその団体は、「命を無駄にするな!」という大きく文字が書かれた看板を掲げて、レストガーデンを大声で訴える。


彼らは安楽死を反対する団体で、「安楽死は国家の殺人だ」「死刑と同じく、廃止しろ」、それが彼らの言い分だった。


"彼"や同期のキングは、ここに来て初めて見る光景で、あの団体がいるからなのか、広場公園には誰も希望者は出ていない。

管理者の"マドレーヌ"から聞いた話では、月に一回は施設の敷地外で抗議活動をするらしい。


キング「自分基準で考えやがって、俺は望んで来たんだよ、クソ野郎どもが!」


いつも通り怒りを露わにしたキングだが、キングの怒りの言葉を聞いて、彼はキングが30日経って、大人になったと感じた。


"俺は望んできたんだ"


前までのキングだったら、


"俺達は望んできたんだ"


今までは自分と周りの安楽希望者は同様だと思っていたキングは、そうじゃないと気づいたからこそ、"達"を付けなかった。


どんな存在にでも、不満に思い、反発するものはいる。

動物の肉を食べる事に反対の過激派ヴィーガンは、植物のみ食べる事をモットーとしている。

その植物を守る、過激派の環境団体も存在する。

次から次へと、この地球上にいる生物達には、必ず天敵が存在する事を維持している。

"最強"なんて称号は、単なる言葉に過ぎないのかもしれない。


"彼"はここに来て、少しだけ"死"の恐怖を感じる様になってきて、その恐怖の根源が理解できていた。

自分の中の本当の敵は、外で吠えてる集団ではなく、自分の"意識"なのかもしれないと、彼は感じ始めた。



                   午前10時30分



談話室で、彼・エリーゼ・タイタンの相席。

2人は、オカザキ特製の砂糖抜きのブラックコーヒーを飲む。

1人は、氷の入った冷たいミルクを飲む。


エリーゼ「今日はさ、あの歌番組の日なんだよね〜」


彼「観るの?」


エリーゼ「観ない」


彼「じゃあ何でその話題を出したの?」


タイタン「・・・マルセル・・・マルセル」


エリーゼ「今日はさー、イチゴ狩りしたいけど、今日だから外に出たくなーい」


彼「どういう事? (恐らく安楽死反対団体のせい)」


タイタン「・・・マルセル」


タイタンから出てくるセリフは、決まって「マルセル」、それ以外の言葉を聞いたことはない。

一体"マルセル"とは誰なのか、名前からして男だと分かるが、1番気になるのはマルセルという人間に何を求めているのか?


タイタンの希望日は"5月2日"、あと1日しか残されていない。

体育館で希望者達を集め、大熱狂させたせた、愛妻家"ヴィンス"。

残った文学力を全て出し切り、五体満足で散っていった、悲劇の作家"ジュリアン"。

2人とも、“彼"が最後に見た時まで人間らしい振る舞いだった。


車椅子生活で、立ち上がる事もままらない認知症の元プロレスラー。

本人はあと1日で死ぬのに、タイタンの親族はまだ誰も姿を見せていない。

その理由は、タイタン本人が親族に“恨まれ”ているから。

エリーゼは、自分のプロレスマニアの同期から詳しくタイタンの経歴を入手した。

タイタンの経歴を、認知症の本人の前で彼に詳しく話す。



<ジョルジュ・ル・タイタン・デュランの記憶>


元プロレスラーのタイタン、魂が宿っていた彼は活発的な人間で、正義感が強かった。

多くのファンや、同じリングに立つ同僚達から慕われていたが、家庭ではそうではなかった。

情熱的で真面目、でも裏を返せば固定概念の塊で頑固、人によっては恐怖を与える存在。

他人の意見を中々受け入れらないのが、彼の短所でもあった。

妻子を失った責任を親族から追求され、そこで初めて自分の過ちに気づいた。

そして、認知症を患ってから、ゴミの処分を頼まれるかの様にレストガーデンに流れ着いた。


彼の思い出には、もう妻も子供もいない。

苦悩の記憶でもあり、忘れたい記憶でもあるのだろう。

今の彼が唯一忘れられない存在は、友に長い苦難を乗り越えてきた戦友"マルセル・ディーン"。

2メートル近くある黒人プロレスラーで、兄弟に近い絆で結ばれていた。

だからこそ彼の心の中には、恐怖体制で妻子と過ごした記憶よりも、マルセルと過ごした記憶が、彼の中に勲章として残っている。


タイタンは、自分があと数日で強制的に安楽死される自覚はない、でも待っているのだ、自分を救ってくれる友でもあり、救世主"マルセル"の到来を。



エリーゼ「今の本人からでは想像は付かないけど、昔は結構堅物だったんでしょ」


彼「人間てのは意外性のある生き物だからね、今の彼の姿を見ても、元プロレスラーとは思えないよ」


エリーゼ「マルセルが青のマスク、タイタンが赤のマスクを被った正義のプロレスラーは、リングの上で正義を振りかざし、悪者プロレスラーを打ち倒す! てな感じ」


彼「それで、その“マルセル“は今どこにいるの?」


エリーゼ「さあー、それは知らないわ」


キング「さっきからマルセル、マルセルってよ、俺の悪口を言ってんのか!」


突如、“キング・マルセル”が姿を現す。


彼「なんでキミが出てくるんだよ?」


彼とキングは同期だが、彼の本名が“キング・マルセル”とまでは知らなかった。


お互いの勘違いを解くため、知っている事を話した。


キング「マルセル・・・タイタン・・・そう言えば俺も知ってるぜ!」


エリーゼ「この人タイタンの事?」


キングも大のプロレスマニアで、子供の頃はよくテレビでプロレスの試合を見ていたらしい。

キング曰く、マルセルとタイタンは、そこそこ有名なプロレスラーらしい。

でもいつの間にか二人ともリングを去り、名も消え去っていった。


キング「そうか・・・引退した理由も、恐らく妻と子の件だろうな」

彼「それ以外に考えられない」


エリーゼ「タイタンさんは、親友に会いたくて仕方ないんだね」


キング「フン、何が親友だ! 友よりも妻子を大事にしろよ!」


認知症のタイタンにまで、怒りをぶつけるキング。


彼「また感情的になろうとする」


キング「俺は事実を言ったまでだ! 人間なんて自分がヤバくなったら、平気で友を見捨てるんだよ!」


キングのセリフで、“彼“はある可能性が頭の中で浮かんだ。


彼「・・・もしかしたら、タイタンさんは親族だけじゃなく、親友のマルセルにも見限られたのかもな」


エリーゼ「・・・じゃあどうしたらいいの?」


キング「どうするも何も、どうせコイツは明日死ぬんだろ?」


“彼”は、この時に何故か初日で出会った、“ヴィンス”の顔を思い出す。

最初はウザったらしく思っていたが、今になっては彼の助言は本当に役に立っている。

ヴィンスに出会えたからこそ、今の自分がいる。

“彼”も、ヴィンス同様に“人の役に立ちたい”と思った。

タイタンの心を救うために、どうすればいいか、彼は知恵を振り絞る。


キング「嫌だねー、そのマルセルって奴と“同じ”本名なんて」


エリーゼ「別にいいじゃない、それぐらい」


キング「名前が被ると、まるで“自分”が呼ばれているみたいで反応しちまう・・・マルセル、マルセルってよ」


“彼”は、キング・マルセルの方を見る、そして彼の顔をじっと見て、ある“案”が浮かぶ。


彼「・・・・・・・・・・これだ‼」


エリーゼとキング「ん?」



                    午後16時



 広場公園で、一つのリングが用意されていた。

タイタンは、スタッフから意味も分からずに車椅子を押され、広場公園にやって来た。

飽きもせず“マルセル、マルセル”と呟くタイタンだが、このセリフは永眠するまで言い続けるのだろうか。

タイタンは、リングの上ではどんな強敵も打ち倒してきた、どんな過酷な環境下でも耐えてきた。

でもそれは、戦友のマルセルと乗り越えられてきたからで、一人では何も出来ない“弱さ”を備えていた

妻子が無理心中してから、タイタンはプロレス界を追放され、巻き添えを恐れたマルセルは、彼を見捨てた。


妻子を失い、友には見捨てられた、連続の“絶望”に耐えられるほど彼は強くなかった。

失った彼を取り戻すには、戦友の“マルセル”が彼の前に現れ、「待たせたなタイタン、俺が来たからには大丈夫だ!」と、助け舟を出す。

そして試合に勝利すれば、リングの上で、お互いのおでこをくっつけ合い、“永遠の友“の誓いをするのが、お約束だった。


広場公園には、タイタンを迎える為に、“彼“・”エリーゼ”・“マドレーヌ“、そしてもう”一人“が待っていた。


三人はリングの上に、車椅子ごとタイタンを上げる。

一体、彼らは何をするつもりなのか。


タイタン「マル・・・セル」


マルセル「タイタン!」


タイタンは、自分の名前を呼んだ方向に少し首を傾ける。

すると視界に、青色のマスクを被った“マルセル”がリングの中心で仁王立ちしていた。


タイタン「マルセル・・・マルセル!・・・」


マルセル「タイタン! 待たせたな、俺が来たからにはもう大丈夫だ!」


タイタンの瞳孔が開き、僅かながら生命が蘇り、表情も微笑んでいる。

求めていた戦友のマルセルが目の前に現れ、彼の元気な源となり、そして次の瞬間、ゆっくりと立ち上がる。

これには、流石に周囲のメンバーは驚愕した。

それだけじゃない、一歩ずつ、一歩ずつ、ゆっくりと、ゆっくりと歩き出し、マルセルの方に向かう。

しかし、体重が支えきれなくなり、倒れそうになった瞬間、マルセルが間一髪にタイタンを支える。

タイタンとマルセルは、リングの上でオデコをくっつけ合う。

リングの上で強敵に勝利した後、二人は向かい合ってオデコをくっつけ合っていた。


タイタン「・・・マルセル・・・マルセル!」


いつも口癖の様に吐いていた「マルセル」は、求めていた“意味”だが。

この日の「マルセル!」は、求めていた者が手に入り、喜びの「マルセル」だった。


マルセルの正体は、“マルセル・キング“。

体格も身長も酷似しており、名前も一緒。

だけど正義の味方とは程遠い、彼の経歴はどちらかと言うと“悪者“。


<マルセル・キングの記憶>


脅迫・薬物・盗み・殺人、神様に嫌われる行為は何でもした。

それが当たり前だった、そうしないと生きられないからと、彼は自分を正当化した。

ギャングは他人の人生を奪う行為を正当化している。

キング自身も、自分は吸血鬼だと自負していた。

ロサンゼルスでは、常に敵対組織と縄張り抗争を繰り広げ、領土を増やし、勢力を拡大するのがギャングの目標。

そして気づけば、キングはロサンゼルス内の巨大犯罪組織の首領となっていた。

悪事で働いて稼いだ莫大な資産、妻と子も授かった。

しかし、キングは闇社会の人間、順風満帆な人生を与えられるわけがない。

FBIの囮捜査により、彼は人生2度目のお縄にかかり、檻の中に10年収監された。

刑を満期出所して、自分の巣に帰るつもりでいたが、闇の社会構造も、表社会と同じく1年でだいぶ変わる。


キングが束ねていた組織は、かつての自分の仲間が首領の座につき、先代であったキングは蔑ろにされた。

つまりキングが不在の間に起きた、事実上のクーデター。

それだけじゃない、キングは仲間に見放されただけではなく、愛していた妻子はギャング抗争に巻き込まれ死亡してしまう。

キングの帰る所は無くなっていた。

我に返り、自分がしてきた事は単なる、お遊戯でしかない事に気づいた。

自分の愚かさを受け入れ、闇社会から足を洗う決意をするが、社会のはみ出し者であったキングを温かく向かい入れる程、世間が優しくないのは、言うまでもない。


表の世界でも、裏の世界でも、生き場を失った男。



キングは影武者の頼みを、ためらいもなく、あっさりと引き受けた。


引き受けた時の彼のセリフは。


キング「最後ぐらいは、“人間”らしい事をしたい」


キングもタイタンも、妻子を失った者同士、共感する部分があったのだろう。



                     5月2日午前10時

  


 今宵も、希望者達の“生か死”の選択肢を迫られるが、この部屋に入る前から既に運命が決まっている男もいる。

その男は、初期の認知症症状が出てから、安楽死の希望を政府に申請していた。

それだけじゃなく、レストガーデンに来るずっと前に“終命書”に承諾印を押していた。

フランスの安楽死法では、認知症患者は特別待遇を受ける。


元プロレスラーの男は、最後は幸せな表情で「マルセル」と、カプセルの中で呟く。

正義の味方のまま、強さと共に天国に向かう。









  ジョルジュ・ル・タイタン・デュラン


     終命書に承諾印を確認


  5月2日 レストガーデンより永眠。








                    午後23時45分



 “彼“は今日もまた、夜景を見上げる。

彼にとって気持ちよく一人で居られる空間は、睡眠部屋ではなく、この屋上だった。

しかし、この日の夜は意外な邪魔者が入る。


マドレーヌ「毎日毎日、よく飽きませんね」


彼「マドレーヌさん!・・・どうしてここに?」


マドレーヌ「アナタと二人きりで話したかったので、ここに来ました」


彼「どうして自分がここに居ると?」


マドレーヌ「私は施設の責任者ですよ、ここにいる希望者達の行動は把握できています」


マドレーヌは、彼が望んでいた資料を渡した。

その資料とは、“エリーゼの過去”。


エリーゼ・ドゥプレの記憶>


エリーゼの過去は、この世の"地獄"そのものだった。

子供にとっての仕事は、楽しむ事・遊ぶ事・笑う事。

男の子は外で活発にスポーツをする、家の中で友達とテレビゲームをする。

女の子は人形遊びか、手作り料理やお菓子などを作る。

大抵の子供時代はそんな物だが、エリーゼの子供時代は特殊だった・・・というよりハズレだった。

母は物心つく前に事故死、父にも早く"死んで"欲しいと願った。

父には男の味を無理やり、体に覚えさせられた。

恐怖でしかない、明日には人類に審判の日が訪れる日を毎日願った。

でもそう簡単に訪れない、そして生きていく、誰よりも早く"死"を身近に感じた子供時代だった。


15歳の頃に不良にデビュー。

同じ境遇の仲間達とつるむ様になり、家にも帰らなくなった。

そもそも家に帰りたくなかった、その理由は当然、父に会いたくなかったからだ。

女仲間も、自分程ではないが同様に冷たい環境で育った。

だからこそ、分かり合え、類は友を呼んだ。

彼女は充実したのだ、これが"友情"だと。

乙女の時期には、好きな男ができた。

彼女は実感したのだ、これが"恋"だと。


仲間も出来て、気が合う恋人も出来て、彼女は15年生きて、初めてこの世で幸福な時間でもあった。

しかし、結局自分は・・・獣達の欲を満たすだけの生物でしかなかった。

エリーゼが恋をした男は、自分の恋人が他の男に抱かれても、何とも思わない、ましてや自分の前で他の女仲間とキスをして体を絡ませる。

これが"普通"なのか、それとも父に弄ばされなければ、仲間同士の戯れが普通だと思えたのか?

彼女の中で、答えは出なかった。


成人を迎え、彼女が出した答えは・・・"死のう"。


エリーゼは雄との絡みに、快感を得た事はない。

憎しみはおろか、恋でも"感じない"と、彼女は実感したのだ。


レストガーデンで誰よりも幸せそうな彼女は、誰よりも悲劇のヒロインだった。



彼「こんなの・・・あんまりだ」


これを見た彼は、余りにも胸糞の悪い記録の資料を破り捨てたくなった。


マドレーヌ「本来なら安楽死の希望動機を、ここまで聡明に書かない、でも一日でも早く安楽死をするには、審査員に思いを強く望めばいい・・・エリーゼさんは、よほどこの世界が嫌いみたいですね」


彼も19歳の頃に安楽死申請を政府に提出した記憶がある。

でも他にも世界中から希望者が殺到しているため、審査員の判断により結局1年も待つ羽目になった。


彼は、エリーゼの過去を知った事に後悔する、そして脳内から今すぐにでも消し去りたかった。

そもそも何故マドレーヌは、一度拒んだのにエリーゼの資料を彼に見せたのか。


彼「どうして・・・僕にこれを・・・マドレーヌさんらしくないですよ!」


マドレーヌ「長い間、ここで働いてきたけど、私はアナタ達みたいに人に“幸福”を与えられる程、機転が利かない・・・そんな自分が憎いんです・・・私はただ“あの世行きの片道切符を切る”だけの役割」


彼「・・・マドレーヌさん」


マドレーヌ「・・・アナタ達を見ていると、何だか落ち着くの」


マドレーヌはそう言い、彼の前から去っていく。


マドレーヌもまた、希望者達と同様に己の人生に苦しんでいる一人だった。




                   5月6日午後23時30分



 談話室は消灯時間残り30分になり、オカザキは後片付けをする。

グラスなどを洗い、水切りをして布で拭くのはオカザキの日課作業。

希望者の飲みたい飲み物を提供、そして談話室の軽い清掃が、彼の主な仕事だが、この男個人の仕事もある。


オカザキは床の掃除するため、円卓の上に椅子を上げている最中に、ある人物が談話室にやってきた。

やってきた人物は、私服姿の"彼"。


オカザキ「・・・珍しいね、私服姿なんて、一瞬誰だか分からなかったよ」


彼「・・・」


彼は暗い表情をしており、オカザキに何かを言いたげなオーラが漂っていた。


オカザキのもう一つの仕事は、希望者達の愚痴を聞く事。

この仕事は、温厚で冷静沈着な人物が適している。

決して否定せず、怒ったりもせず、最後は相手を納得する判断を提案。

これがオカザキの、もう一つの仕事だった。


"彼"は、ここに来て初めて外出をした、彼が外に出た理由は、高価な"買い物"をするため。

彼が全財産の10万円で、購入したかった物は"指輪"。

しかし、思ったよりも高値で、10万円の大金でも買えなかった。

一応10万円以下の安物の指輪があったが、安物を買うぐらいなら、わざわざ買わないと決断した。

この内容をオカザキに報告して、ミルクを飲みながら相談に乗ってもらった。


オカザキ「というか、買った指輪は誰に渡すつもりだったんだい?」


彼「・・・誰にって・・・自分が欲しいだけだよ」


オカザキ「・・・もしかして、エリーゼちゃん?」


彼「なぁ!・・・それだと自分がエリーの事を" 好き"みたいじゃないですか?」


オカザキ「みたいじゃなく、"好き"なんでしょ?」



エリーゼはあと3日、彼は4日、残された時間は僅かしかない、彼は時間が惜しくなり始めた。

初日に目撃した、レストガーデンで結ばれた、同期同士のカップル。

彼は、あの夫婦の気持ちを理解した、なぜなら彼も、そうなったから。

たったの40日間の短い間で、夫婦となるなんて、"同じ傷を背負った者同士"は惹かれ合うなんだと。

彼もエリーゼに、感謝と好意を抱くようになり、例えもうすぐお互いこの世を去っても、結ばれたいと思った。


もしレストガーデンではなく、外の世界で出会っていたら、一緒に手を繋いで横に歩き公園を散歩する、喫茶店で向かい合わせに座って、コーヒーとミルクを飲む、もう公開されていないが、映画館で"タイタニック"を観る、映画を観終わった後に、自分達の関係はさらに深まる。

今となっては、叶わない"夢恋"。


オカザキ「一緒に手を繋ぐ、おしゃれな喫茶店でコーヒーとミルクを飲む、もう公開されていない"タイタニック"を観る、そしてプロポーズ・・・出来るじゃないか!」


彼「えっ!」


オカザキ「全て出来ることだよ、この"レストガーデン"なら、キミが望んだ物が揃っているよ」


彼「・・・確かに!」


彼が今までレストガーデンを彷徨ってる場所は、屋上・談話室・食堂・睡眠部屋・銭湯など多く出入りしていて、数回しか訪れてない場所は、広場公園・漫画喫茶・体育館。

行ったことがないのは、イチゴ狩り農園・売店・スポーツジム・そして映画館。


映画は新作は公開されないが、自分にとっては好都合だった。

票を集めれば、"タイタニック"は劇場で鑑賞出来る。

レストガーデンでは最低基準の生活しかしていないから、映画館などがある事を彼は、すっかりと忘れていた。


オカザキ「そして・・・"指輪"もある」


オカザキは棚から、指輪ケースをカウンターに置き、中に入っている指輪を彼に見せる。

オカザキが彼に見せた指輪は、本物で出来た"ダイヤモンドリング"、鮮やかなゴールド色の指輪。

一般のサラリーマンでも、買うのを渋るほどの高価な代物。


彼「こんな値打ちのある指輪を・・・僕に?」


オカザキ「10万円でいいよ」


彼「そんな・・・どう見たって100万円以上はするでしょ、流石に受け取れないよ」


オカザキ「どうせもう・・・使う道はないさ」


オカザキは下を向き、過去を思い出して、悲しげな表情をする。


オカザキ「本当に渡したかった人は・・・僕じゃなく、他の人の指輪を受け取った」


彼は、オカザキのセリフと表情から、過去にオカザキが高い所から飛び降りた動機が、今分かった。


彼「・・・オカザキさん」


オカザキ「それに、僕がここにいる理由は、みんなに生きて欲しいからかな」


彼「・・・」


オカザキ「僕も死者の国の一歩手前まで行った、そして今は二本足でちゃんと立っている、"生きる"ってこんなにも清々しい物なんだねって、気づかされた・・・ここは本当に"天国"だよ」


オカザキは希望者達に"希望"を与えていた、安楽死反対派と共感的部分もあるが、大いに違いがあるのは、反対派集団は自分の考えを一方的に押し付けている。

しかしオカザキは、押し付けではなく、動けている間は、少しでも人間らしく生きて欲しい、それが彼の望みでもあるが、自分も過去に身を投げた過去があるため、希望者達に強引に"生きろ"とは言えない立場である事を理解している。


本当に優しい人間は、最後まで他人を"尊重"出来る人間なのかもしれない。


彼「ありがたく・・・受け取ります」


彼はエリーゼに、想いを告げる覚悟をした。


オカザキ「今のキミは、初めて見た時よりも、生気を感じるよ・・・見てて、自分の事のように嬉しくなる」


彼「オカザキさんのおかげです・・・外の世界もオカザキさんみたいな人が多かったから、醜くないのに」


オカザキ「それは違う、この建物の中にいるから"思いやり"を持てるだけさ」





5月7日午前6時



 エリーゼ・ドゥプレの朝は早い。

どの希望者達よりも目を覚まし、食堂に向かう。



                     午前6時30分



朝食を食べ終えれば、漫画を読む為に"本の部屋"に向かう。



                    午前9時



 本の部屋に用が無くなれば、談話室に向かう。

よく相席の仲間"彼"と話す予定でいたが、肝心の彼は今日は見当たらない。

いつもなら、自分より早く談話室に来て、テーブルに坐っているのだが、まだ姿を見せていない為、他の希望者達と痴話話をして、時間を潰す。



                    午後2時



 "彼"を待つ為に、同期や新人の希望者達と相席したが、味気なさを感じたエリーゼ。

待ちきれずに、先程まで彼の居そうな場所を見回ってみた。

本の部屋・広場公園・イチゴ狩り・彼の部屋・屋上、どこにも居なかった。

親しいオカザキに聞いてみたが、オカザキ本人も今日はまだ一度も見ていないらしい。


"彼"との待ち合わせ場所といえば談話室、相席で1番会話が弾むといえば"彼"。

でもどうしてか彼の姿が視界に映らない、私より1日後に安楽死のはず。

生きてるのは確か、なら施設のどこかにいるはず。


エリーゼは彼と初めて出会った時を懐かしむ。


<4月1日に、談話室で目が合う前、私は彼よりも先に視界に捉えた。

光を感じない死人の様な目、生きてるのに魂は失ってると感じさせる、あの"目"は私も持っている。

派手に化粧をして、派手に大笑いして、暴れ回っていた頃、自分を偽っていた私も死人の目をしていた。

男なんて女を遊ぶ為のおもちゃとしか思っていない、気持ち悪い物体。

"彼"も同じだと思い、試す事にした。

下心を持った化けの皮を剥がしてやる、そう企んだけど、彼はまだ私の肌に一度も触れていない。

気分を害す行為は何もしていない、気持ち悪さを感じない。

それでも皮を被っている可能性は捨てきれない、なんせここにいるのは40日間だけ、友達から恋人に変化するには、迅速でなければいけない。

でもだからこそ気になる、彼は外の世界では、どんな存在なのか?

自分とは無関係なのに、引退した元プロレスラーの心を救う事に一躍買った姿には感動を覚えた。

人を救うのには、心に余裕がいる。

彼は善人なのか、それとも・・・>



                    午後15時



エリーゼは残された時間を、彼と一緒に過ごしたかったが、結局、彼はどこにも見当たらない為、談話室を後にする事にした。


談話室を出てすぐに、彼が視界に映った。


彼「・・・エリー」


エリーゼは彼に何も告げず、その場を立ち去る。


彼「エリー、話したい事があったんだ、ちょっと待って」


エリーゼは無視して、彼にそっぽ向く。

彼はエリーゼが怒っていると感じた。

彼が姿を現した事でエリーゼは内心は嬉しかったが、素直になれずにいた。


エリーゼ「今さら姿を見せても、もう遅いわ、今は自分の部屋に戻って寝たい気分なの」


彼「今さら・・・ずっと待ってたの、談話室で?」


エリーゼは図星で、顔が真っ赤になり、つい本心を明かしてしまった。


エリーゼ「別にずっとじゃないわ、少しの間だけよ、今日は居ないんだなって思っただけだから、勘違いしないでよね」


エリーゼは、似つかわしくないツンデレを発動する。


彼「そうなんだ・・・よかった」


エリーゼ「それで、なんか用?」


彼「エリー、明日僕とデートして欲しいんだ」


エリーゼ「・・・デート?」


彼「今日は票を集めに回ってたんだ、出来るだけ多く集めて、明日確実に"タイタニック"を映画館で鑑賞する為に」


エリーゼ「票って・・・その為に今日は全然姿を見せなかったの?」


彼「・・・もうキミと居られる時間は、明日しかない、このレストガーデンの全ての施設を回って、キミとの思い出を作りたい」


エリーゼ「・・・それって」


彼「ダメ・・・かな?」


エリーゼは、照れる表情を隠す為に、彼に自分の背中を見せる。

そして返答する。


エリーゼ「明日の朝、6時に本の部屋に集合」


彼「えっ、6時!」


エリーゼ「それぐらい早く起きないと、全部は回れないわ、ワンピースだってまだ未読なんだから・・・遅れないでよね」


彼は、デートの了承を得た事で安堵した。

そして微笑みながら、礼を言う。


彼「ありがとう、"時間"をくれて」



5月8日、"彼"とエリーゼの一生に一度のデートが始まる。



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