ひょうたんの豪華客船

藤泉都理

ひょうたんの豪華客船




「獲ったどおおおおお!!!」


 周囲が暗い中で川の表面だけがほのかに明るい、川明かりだった。

 水中から勢いよく飛び出した河童が掴んだ物を見て、おお、と感嘆の声を出そうとした、その時だった。


「ぎゃあああああああ!!!ばけ、化け物に豪華客船が襲われたもうお終いだあああああ!!!」


 ボサボサの頭に、牛乳瓶の底のように厚いレンズの黒縁丸眼鏡をかけ、上下共に水玉模様の服を着ていた男性の悲鳴に負けないように、河童は胸を張って、腹に力を入れて言った。


「こんばんは化け物の河童と申します!!!」

「ぎゃああああああああ!!!河童に豪華客船が襲われたもうおしまいだあああああああ!!!」

「大丈夫です!!!獲っただけです!!!お返ししますのでどうか声量を落としてくださいな!!!」

「いいいいいやあああああああ!!!」

「もう夜なので静かにしなさい!!!」






 五分後。


「ほう。なるほど。豪華客船の設計を任されたのですか?それはそれは大役ですな」


 喉が限界を超えたのだろう。

 激しい咳を出しては冷静さを取り戻した男性は、川辺に座ってぽつりぽつりと話し始めた。

 河童は川に入ったまま、話を聞いていた。


「ええ。もう。有難いんですけど。胃が痛くて痛くて。数ある映画たちのように、沈没するのではないかと。私が設計した豪華客船で、死亡者が出るのではないかと。毎秒毎秒考えてしまいまして。気が塞がって。アシスタントに気分転換してこいと、連れ去られたかと思ったら、この川の近くで下ろされまして。何故か、私が作った豪華客船の模型と一緒に。じっと佇んでいる時、ふと、思ったんです。この豪華客船の模型が無事に海まで到着すれば大丈夫なのではないかと。ふふ。でも、だめ、でしたね。この豪華客船はきっと、河童に襲われてしまうんです」

「いえいえいえ。私は襲いませんよ。そもそも、河童は海には居ませんし」

「そんなの。断言できないでしょう?海に住む河童だって、今まで見つかっていないだけで、居るかもしれないじゃないですか?」

「いえ。まあ。そう、ですね。否定はできませんね」

「うううううう。は!そうだ!河童の苦手な物をこの豪華客船に装備しておけば、河童に襲われても大丈夫ですよね?」

「え?ええ。まあ。そうですね」

「河童の苦手な物って何ですか?」

「一般的には、瓢箪と言われています」

「瓢箪ですか!!!わかりました。船内船外問わず、あちこちに瓢箪を置きます。よし、こうしてはいられない。河童様。私は行きます」

「ええ。この川。いえ。もしも、模型でも、現物でも、試験運航する時は、川では止してくださいね。河童たちが怖がるので」

「わかりました。模型でも現物でも、海で試験運航しますので、安心してください」


 最初に出逢った時の欝々した表情が嘘のように、晴れやかな顔で走り去って行った男性を見送った河童はふと、持っている模型の存在に気付き男性に呼びかけたが、男性は私たちが出会った記念に差し上げますと言っては、そのまま行ってしまった。


「う~ん。まあ。ええ。すごい豪華客船の模型だから、壊したくないなあ。どうしよう?う~ん。とりあえず。仲間に見せびらかしに行こおっと」











 数年後。


「う~ん。確かに。生きているとどうなるかわからないものだなあ」


 海へと飛び出した河童は、遠方で運航している豪華客船に向かって、大きく手を振ったのであった。











(2024.6.27)



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ひょうたんの豪華客船 藤泉都理 @fujitori

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