果たしてそれは本人の実力なのだろうか?

果たしてそれは本人の実力なのだろうか?

 フォートリエ商会はユブルームグレックス大公国の中で一番の売り上げを誇る。

 君主の家系であるユブルームグレックス大公家御用達で、国内の有力貴族も贔屓にしているのだ。


 そんなフォートリエ商会には、売上トップを誇る商人がいた。彼の名はブレソール・ヴィダル。ブレソールはフォートリエ商会の売り上げの約半分程を担っている。

 しかし、ブレソールは独断で動けないことに不満を抱いていた。


「どうしてフォートリエ商会の売り上げトップのこの俺が独断で動いちゃいけないんです? ソレンヌ会長は何もしていないくせに口だけ出して」

 ついにブレソールはフォートリエ商会の会長の女性、ソレンヌ・フォートリエに直談判しに行った。そのジェードのような緑の目からは不満が手に取るように分かる。

 すると、ソレンヌは軽くため息をつく。そのアズライトのような青い目は憂いを帯びていた。

「貴方の方針と商会の方針が違うからよ。ブレソール、貴方の方針を否定するわけではないけれど、組織に属するのなら、組織の方針に合わせて欲しいわ」

 ソレンヌはそのまま言葉を続ける。

「今貴方が仕入れようとしている商品は粗悪品も出回っている。粗悪品をお客様に提供してしまったら、フォートリエ商会の信用は地に落ちることになるわ。祖父の代から続くこの商会を私の代で潰すわけにはいかないのよ」

「そんなことを恐れて挑戦しないだなんて、この商会はもう終わってますね」

 横柄な態度のブレソール。

「ブレソール、その態度だけは改めなさい。今はまだ私にしか横柄な態度を出していないとしても、いずれ他の人……例えばお客様にもその態度が出てしまうでしょうね」

 ソレンヌは厳しい口調だ。

 ブレソールはそれに苛立ち、舌打ちをする。

「何もしていないくせに、態度まで注意するとは。それなら俺はここを辞めて独立しますから」

 横柄な態度のままそう宣言したブレソール。

 彼はそのまま荷物をまとめ、フォートリエ商会の建物を後にするのであった。

「そう上手く行くかしらね?」

 窓からブレソールが去って行く姿を見ながら、ソレンヌは束ねていた髪をほどく。艶やかな赤毛がふわりと広がった。






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 数ヶ月後。

 ヴィダル商会を立ち上げたブレソールはビシッとブロンドの髪をセットし、この日も飛び込み営業に向かう。

 向かう先はラ・トレモイユ侯爵家。

 ユブルームグレックス大公家内で唯一希少金属が取れる領地を持ち、昨年大公子アルベールが婿入りした家だ。今一番勢いのある貴族の家と言っても過言ではない。

 当主であるローズ・セレスティーヌ・ド・ラ・トレモイユは十七歳。

 ブレソールはこの若き女侯爵に売り込みに行き、もし気に入られたらそれなりの貴族に贔屓にしてもらえると読んでいた。


 運良く屋敷に入れてもらえたブレソール。

 目の前にいる、艶やかなプラチナブロンドの髪にアメジストのような紫の目の、白い薔薇を彷彿とさせる女性。彼女が当主のローズである。

 ブレソールは威厳あるローズの姿に少し恐縮したが、自信に満ちた態度でヴィダル商会の商品を並べて説明する。

 しかし……。

「それで、貴方はわたくしにこのような粗悪品を法外な価格で買えと言うのですか」

 ローズのアメジストの目は冷たかった。

「え……? 粗悪品……?」

 ブレソールは困惑する。

 するとローズは呆れたようにため息をつく。

「この愚か者を摘み出しなさい」

 ローズは使用人にそう命じた。それにより、ブレソールはラ・トレモイユ侯爵家から追い出されてしまった。


(あの女侯爵はまだ若いからヴィダル商会が扱う商品の良さが分からなかったんだ)

 ブレソールは憤慨しながら他の貴族の家にも飛び込み営業に行く。

 しかし結果は同じだった。


 そんな日が何日も続き、ブレソールは焦りを感じていた。

 おまけに、フォートリエ商会にいた頃はそこそこ安く仕入れられたものも、独立してからは安くしてもらえなかった。更に銀行もお金を貸してくれず、ブレソールは資金繰りに困るようになった。


 そして資金は尽き、ものは売れず、ヴィダル商会は呆気なく倒産てしまった。






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 フォートリエ商会の事務所にて。

「やはりそうなったのね」

 ソレンヌは軽くため息をつく。

 ヴィダル商会が倒産した話を聞いたのだ。

「ブレソールさんは、自分がフォートリエ商会の看板のお陰で仕事が出来ていたことに気付かなかったようですね。フォートリエ商会だから仕入れ値を安くしてもらえて、銀行からもお金を貸してもらえるというのに」

 ブレソールがやめて以降、フォートリエ商会の売り上げトップを誇る女性フラヴィ・モニエが苦笑し、栗毛色の髪を耳にかき上げる。

「そういう私も親の七光り、いえ、祖父の七光りね。目利きだった祖父の威光を借りてしか仕事が出来ていないわ。でも、祖父のように特別な人間なんて一握り。大体の人間は凡人なのよ。ブレソールもそうだったように」

 ソレンヌは憂いを帯びた笑みだ。

「ソレンヌ会長は、ご自身の実力を過大評価せず、顧客と真摯に向き合っているので、私は凄いと思います。私も会長を見習わないといけません」

 フラヴィはスギライトのような紫の目を真っ直ぐソレンヌに向けていた。

「ありがとう、フラヴィ。お世辞でも嬉しいわ」

 クスッと笑うソレンヌ。

「貴女も私も、この商会のもの全員、驕らずにやっていきましょう」

「はい、会長。私も、フォートリエ商会の看板を背負っているからこそ商人として仕事が出来ていると自覚しておりますので」

 フラヴィはそう気を引き締めるのであった。


 自分の実力を見誤ったら碌なことがないのである。

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