第121話 帰省02
翌日。
宿場町を出てまた田舎道を行く。
時折リリーの稽古と路銀稼ぎを兼ねてダンジョンに入ったりして進むこと1か月。
私とリリーの故郷エリシア王国まで真っ直ぐ行けばあと10日ほどかという宿場町へ辿り着いた。
「とりあえずお風呂とビールが恋しいですね」
とリリーが苦笑いで言う。
私もここ数日野営が続いていたことを思い、
「そうだな」
と答えて苦笑いを浮かべた。
適当な宿に入りさっそく銭湯に向かう。
久しぶりの風呂で旅の垢を落とし、さっぱりするといつものように銭湯の待合でリリー、チェルシーと落ち合って、さっそく適当な居酒屋に入った。
その日の気分はとりあえずビールが飲めて適当な飯が食えればいいという感じだったので、特に吟味することもなく、適度ににぎわっている店を選ぶ。
私もリリーも、とりあえずビールを飲み、
「ぷはぁ…っ」
と息を漏らしてからなんとなく品書きを見始めた。
「師匠。あの特盛チーズピザってなんでしょうね?」
とリリーに言われて店の壁を見る。
するとそこには「名物・特盛チーズピザ・おススメ!」という文字がデカデカと書かれていた。
それを見たチーズ好きのチェルシーが、さっそく、
「にゃぁ!」(それにせい!)
と言って食いついてくる。
私も(特盛とはどの程度特盛なんだろうか?)
と思いつつ、
「いいな。それにしよう」
と言って近くにいた店員に声をかけた。
「けっこう量がありますが、大丈夫ですか?」
と言う店員に、
「大丈夫だ。ああ、ついでにサラダもくれ。あとビールのお替りもな」
と気軽に答えてピザを待つ。
やがて、そろそろ3杯目のビールを頼もうかというころ、
「お待たせしました。特盛チーズピザです!」
という店員の明るい声とともに、まるで取っ手の無いフライパンみたいなものがやってきた。
(ん?)
と思いつつその物体を見る。
それはまるでフライパンのように淵を持ち上げたピザ生地の中にたっぷりのチーズが入った、いわゆるシカゴピザだった。
(なっ…、なんだと!?)
と思わず二度見してしまう。
(ケインが広めたのか…?いや、それならもっと広まっているはずだ。ということは、これはこの店のオリジナル…)
そう考えると私は驚愕せざるを得なかった。
(そうか。この世界はこの世界の住人が作っているものだ。これまでこの世界は勇者たち転生者が発展させてきたとばかり思っていたが、そんなことはない。この世界の住人だって、こうしてきっちりこの世界を発展させているじゃないか…。私は、少なからず驕っていたのかもしれんな…)
というような反省を思いつく。
そんなことにショックを受けている私の横で、チェルシーが、
「にゃぁ!」(こ、これじゃぁ!)
と叫んだ。
どうやら、チーズ好きのチェルシーにとっては夢のような食べ物だったと見える。
そんなチェルシーに続いてリリーも、
「す、すごいです、師匠!チーズが海になってますよ!」
と感動の声を上げた。
「ああ。すごいな…」
と感慨深くそんな言葉をつぶやく。
そんな私にリリーが、
「これ、どうやって食べるんでしょうね?」
と率直な疑問を呈してきた。
そんな質問を受けて私も、
(はて。これはどうやって食べるんだったか…)
と考えたが、普通のピザのように手で持ってそのままかじりつくわけにはいかない。
(これはどうしたものか…)
と思っていると店員が、
「すみません。取り皿です」
と言って、取り皿とフォークやナイフを持ってきてくれた。
「ああ。なるほど」
と言って、さっそくキッシュやケーキのようにそのピザを切り分ける。
すると、切ったそばから中のチーズがどろりと溢れてきて、私たち全員の食欲を刺激してきた。
「にゃぁ!」(我にはチーズたっぷりのところをよこすのじゃぞ!)
と言うチェルシーに、さっそく切り分けたピザを渡す。
するとチェルシーは、
「にゃ」(いただきます)
と言うが早いか、さっそくそのピザにかじりつき、
「うみゃぁ!」
と歓声を上げた。
「あ。師匠。中に具がたっぷり入ってますよ!」
と嬉しそうに報告してくるリリーもさっそく自分の分を切り分け始める。
そして、さっそく熱々の所をひと口食べると、
「あっふ…!」
と言いつつ、いかにも美味しそうな表情を浮かべた。
私もさっそく自分の分を切り分け、とろとろのチーズが絡まった具を食べる。
(あつ…)
と思いながらも頬張るそのピザの味はかなり濃厚で具材のベーコンやジャガイモもごろごろとしていた。
(これはたしかに特盛だ…)
と納得しつつ、さらに頬張る。
そして冷たいビールを熱くなった喉に流し込むと一気に幸せが押し寄せてきた。
「ぷはぁ…」
と息を漏らす。
そんな私に向かってリリーが、
「幸せですねぇ…」
と少し呆けたような感じで、そんな感想を述べてきた。
私もそれに、
「ああ。幸せだな」
と少しの苦笑いを交えながらそう返し、またピザを頬張る。
そして、私たちの楽しい夕食はいつものようににぎやかに進んでいった。
大満足でその店を出る。
空はすっかり暗くなっていたが、宿場町のことで通り沿いにある店から漏れる灯りが夜道を明るく照らしていた。
「いい町ですねぇ」
とリリーがしみじみそうつぶやく。
私の胸元で丸くなっているチェルシーも、
「にゃぁ」(あのピザは良いものじゃ…)
と満足げにそうつぶやき、
「ふみゃぁ…」
と、あくびをした。
そんな二人を見て、なんとも言えないおかしさを感じた私は、
「ははは。そうだな。いい町だ。…それにあのピザは是非とも世界に広めたい。きっと魚介類との相性もいいはずだ」
と笑いながらそんな思い付きを口にする。
すると、その言葉にまずはチェルシーが反応して、
「にゃ!」(な、なんじゃその凶悪な思い付きは…。お主、魔王か!?)
と訳の分からないことを言ってくる。
そんなセリフを聞いたリリーは、
「あはは。師匠はある意味魔王以上の存在ですよね」
と言って腹を抱えながら笑う。
そんな二人の会話に私は、
「おいおい…」
と言って苦笑いを浮かべるとガヤガヤと人で賑わう宿場町の目抜き通りを適当に取った宿に向かって歩いていった。
翌日からはまっすぐ故郷、エリシア王国を目指す。
旅は順調に進み、8日ほどでエリシア王国国境の門をくぐると、その3日後には実家のある王都に到着した。
リリーもいるので一応宿を取って実家に向かう。
時刻は昼過ぎ。
そろそろ父たちの仕事も落ち着いている頃だろうと思って実家の前に着くと、
「ただいま」
と呑気な声を掛けた。
すると奥からバタバタという足音が聞こえてきて、
「お兄ちゃんなのっ!?」
という妹のセレナのやや慌てた声が聞こえてきた。
そんな少し慌てた声を聞いて、
(はて、なんだろうか?)
と思いつつ、
「おう」
と、また気軽に声を掛け返す。
すると店の奥からセレナが飛び出すように出て来て、
「よかった…」
と泣きそうな顔でそう言いつつ、私の腕をつかんできた。
「おいおい。どうした?」
と少し戸惑いながらそう聞く。
するとセレナはまだ少し慌てた感じで、
「あのね。父さんが…!」
と言いつつ私を引っ張るようにして家の中へ導こうとしてきた。
「あ。ちょっ…。ああ、リリーすまんが、宿にいてくれ」
と私の横できょとんとしつつチェルシーを抱いているリリーにそう言って、とりあえずセレナについて家の中へと入っていく。
そして、家の中に入るや否や、セレナは、
「父さん!ジーク兄さんが帰ってきたわよ!」
と大きな声でそう言って、私を父と母の部屋へと連れて行った。
父たちの部屋に入ると、
「ああ…、間に合って…」
と兄が言ってくる。
私はそこで事情を察し、父が横たわるベッドの横へ向かい跪いた。
しっかりと父の手を握り、
「ただいま」
と声を掛ける。
すると、それまで目を閉じていた父が、目を開け、私の方をじっと見つめてきた。
言葉は何も発さない。
そんな様子を見て、私は自然と涙をこぼす。
すると、そんな私の横で母が、
「よかったですねぇ…」
と言って、私と父の手の上に自分の手を重ねてきた。
その瞬間父が微かに笑う。
そして、何か言おうと口をほんの少し開けた。
「ああ。すまない…」
と伝えると、父の手が微かに私の手を強く握り返してきた。
私もその手をそっと握り返す。
そしてひと言、
「ありがとう…」
と涙ながらにそう言った。
再び父が目を閉じる。
ベッドの周りには家族みんなが揃っていて、それぞれに父の手を握った。
それが最期だった。
父の手から魔力の灯が消える。
私はそれを察すると、もう一度、
「ごめん。ありがとう…」
とつぶやいて大粒の涙を流した。
しんとした空気の中、セレナが、
「…よかった…」
と、ひと言発する。
私はその言葉に無言でうなずくと、そっと父の手を放した。
その後、葬儀の段取りをする兄やセレナにひと言断って宿に向かう。
そして、リリーとチェルシーに父の死を告げると、リリーは涙を浮かべ、チェルシーも神妙な顔つきで私に、
「にゃぁ」(ゆっくりしてこい)
と言ってくれた。
その言葉に甘えて実家に戻る。
そして、次の日。
父の葬儀を無事終えると、夜。
私はいったん宿屋に戻った。
「明日、家族に挨拶をしたら出発しよう」
と言う私に、リリーは、
「あ、あの、もうちょっとゆっくりしても…」
と言ってくる。
しかし、私は軽く首を横に振り、
「いや。これ以上は名残惜しくなる」
と言うと、
「にゃぁ…」
と、なんとも言えない寂しげな感じで鳴くチェルシーをひと撫でして、自分の部屋に入った。
ひとりで横たわるベッドが妙に広く感じる。
私はその何も無い天井を見上げながら、
(すまん…。ありがとう…)
ともう一度父に謝罪の言葉と礼を述べた。
じわりと涙が滲んでくる。
私はその涙を軽く拭うと、静かに目を閉じた。
翌朝。
リリーを伴って実家に向かう。
私が弟子をとったということに案の定家族全員が驚きの表情を浮かべた。
そして、もう発つと告げると、全員が悲しそうな表情を浮かべる。
私はそんな家族に向かって、
「また近いうちに帰って来るさ」
と苦笑いでそう告げた。
そんな私の前に母が近寄って来て、
「あなたには自由が似合うわ。私たちのことは気にしなくていいからね」
と、まるで小さい子をあやすかのようにそんな言葉を掛けてきてくれる。
私はその言葉にまた泣きそうになりながらも、
「ああ。私の風来坊気質は筋金入りだからな」
と冗談を言って、「はっはっは」と笑って見せた。
そんな私を見て母が、
「まったく。あなたって子は…」
と言って苦笑いを見せる。
そんな様子を見ていたみんなも、苦笑いを浮かべ、
「もう、兄さんったら…」
とか、
「お前ってやつは…」
というようなことを口々に言ってきた。
そんな家族に後ろ髪を引かれつつサクラに跨る。
そして、前進の合図を出す私に、サクラは少し渋る様子を見せたが、
「ぶるる…」
と小さく鳴くと、いつもよりゆっくりとした歩調で歩き始めてくれた。
「にゃぁ…」(お主も難儀なやつよのう…)
とチェルシーがため息交じりにそんな言葉を掛けてくる。
私はまた、
「ははは…」
と苦笑いを浮かべつつ、そんなチェルシーを軽く撫でてやり、旅の空へと戻って行った。
やがて、王都の門を出て街道に出る。
「師匠…」
と遠慮がちに声を掛けてくるリリーに、
「次は海だな」
と微笑みながらそう答える。
「海、ですか?」
と不思議そうに聞いてくるリリーに、
「ああ。久しぶりに魚が食いたくなった」
と冗談めかしてそう答えると、リリーが、
「ははは…」
と力無く笑った。
「にゃぁ」(まったく。お主は相変わらずよのう)
とチェルシーがため息交じりにそんな言葉を掛けてくる。
「ははは。悲しくても腹は減るからな」
と言って少し大げさに明るく振舞って見せる私にチェルシーが、
「にゃぁ」(マグロをたっぷり食わせいよ)
と、いつもの調子で鷹揚にそんなことを言って来ると、リリーが、
「ぷっ」
と小さく笑って、
「お魚楽しみですね」
と言ってきた。
そんな私たちの雰囲気を察したのか、
「ぶるる!」
と鳴いてサクラがいつもの調子で足を速める。
そんなサクラに続いて、アクアも、
「ぶるる!」
と鳴くと、私たちの表情にはいつもの陽気さがほんの少しだけ戻って来た。
明るい日差しを浴びて輝く草原を眺め、爽やかな風を浴びながら街道を進む。
(さて。また旅が続くな…)
と、そんな当たり前のことを思うと、妙に心がウキウキしてくるのを感じた。
(ははは。まったく、風来坊もいいもんだ)
と思って苦笑いを浮かべる。
そんな私に、チェルシーが、
「にゃぁ」(海まで真っすぐ行くんじゃぞ?)
と無理な注文を付けてきた。
とりあえず、
「あいよ」
と返してサクラに少し速足の合図を出す。
そんな私の後からリリーが、
「次はどんな冒険が待ってるんでしょうね」
と楽しげにそう声を掛けてきた。
そんなリリーに、
「はっはっは。次はドラゴンでも倒しに行くか?」
と言うと、リリーは笑いながら、
「あはは。いいかもですね!」
と返してくる。
私はそれを聞いて、
(本当に出てきたらリリーはどう戦うんだろうか?)
などと縁起でもないことを考えつつ、ぼんやりと流れる雲を見つめた。
空は青く、雲は白い。
そして、その白い雲はのんびりと青空を揺蕩っている。
(長閑だねぇ…)
と思ってその雲を眺めながら、心の中でそっと、
(いってきます)
と父に告げた。
思い出の片隅から父の笑い声が聞こえてくる。
私はその声を懐かしく、そしてありがたく思いながら、まだ見ぬ冒険の地に思いを馳せた。
第4章はここまでとなります。
この作品はとても気に入っている作品なので、第5章も書くつもりでおります。
少し間はあきますが、少々お待ちください。
その間、新作「無敵の公女様(ビーナス)!」をお楽しみいただければ幸いです。
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