第120話 帰省01
エルドワス自治区でユキノたち従士隊との稽古に明け暮れる日々が続き、気が付けば季節は初夏になっている。
「そろそろ田植えの時期ですね」
と言うユキノの何気ない言葉で、
(ずいぶん長いこと居座ってしまったな…)
と気が付いた。
稽古に明け暮れる日々はリリーにとっても楽しい日々のようで、毎日キラキラと目を輝かせ、稽古に打ち込んでいる。
ユキノを始め従士隊のみんなもずいぶんと成長した。
そんな姿を見ていると、
(そろそろか…)
と私の中でまた風来坊の血が騒ぎだす。
私はそんな自分の性格を、
(難儀なものだな…)
と思い心の中でそっと苦笑いすると、その日の晩飯時やや唐突に、
「そろそろまた旅に戻ろうかと思う」
とユキノに告げた。
突然の宣言にユキノだけでなくリリーも驚く。
「え、えっと…」
と戸惑うユキノに、
「なに。もう2、3日はいるつもりだから安心してくれ。みんなには明日告げよう」
と言ってゆっくりとみそ汁をすすった。
翌日。
みんなにもそろそろ旅に戻ると告げる。
するとみんなからも驚きや引き留めるような声が上がったが、最終的にはみんな納得してくれた。
そんなみんなと順番に手合わせをしてやる。
もちろん勝負になどならなかったが、私はみんなの成長を感じられたし、みんなもそれぞれに自分の課題と向き合う覚悟を持ってくれたように感じた。
そんな手合わせを数日掛けて行い、最後にユキノと勝負をしたところで稽古を終える。
「じゃぁ、明日の午前中にはここを発つつもりだ。長いこと世話になったな。みんな、これからもしっかり稽古に励んでくれよ」
と挨拶をすると、みんなそれぞれに涙を流しつつ、
「はい!」
と力強い言葉を返してきてくれた。
翌日は朝から準備に追われ、慌ただしく過ごす。
そして、昼前。
私とリリーは、それぞれサクラとアクアに跨り、エルドの町の門をくぐった。
「見送り、すごかったですね…」
と苦笑いで言うリリーに、
「ははは…」
と苦笑いで返す。
私たちが屋敷を出るとそこには従士隊のみんなだけでなく、町中の人々がわんさと押しかけてきて、盛大な見送りをしてくれた。
私は沿道からの、
「賢者様万歳!」
とか、
「賢者様、また来てね!」
という声に苦笑いで手を振りながらなんとも言えない気持ちで門をくぐったことを思い出す。
「あれは、ちょっと勘弁してほしかったな…」
と言いつつもエルドの町のみんなの心意気が少し嬉しくもあった。
そんなことを思いつつ街道を行く。
街道沿いの田んぼには植えられたばかりの苗が綺麗に並び、時折吹く風に小さくそよいでいた。
その光景を見ながら、
「また来ましょうね」
とリリーが目を細めてつぶやく。
私も、同じく目を細めながら、
「ああ」
と短く答えると、サクラとアクアも、
「ひひん!」
「ぶるる!」
と楽しそうに鳴いた。
これからも楽しい旅が続く。
そう思うと、私の胸はどこまでも晴れやかな気持ちでいっぱいになっていった。
やがて、最初の宿場町に着く。
時刻は夕方。
私たちは急いで宿を取るとさっそく銭湯に向かい、たいしてついてもいない旅の垢を落とした。
そして風呂から上がると、さっそく夜の宿場町に繰り出す。
そこには旅人を相手にする飯屋が立ち並んでいたが、私とリリーは少し奥まったところにある地元民が通っていそうな店を見つけると迷わずそこに入って、とりあえずビールを頼んだ。
そして、私とリリーは、さっそく壁に書かれている品書きを見つつ、
「師匠。納豆巾着っていうのがありますよ!」
「お。そいつはいいな。」
「どんな料理なんですか?」
「ん?納豆を油揚げの中に入れて焼いたやつだ。美味いぞ」
というような会話をしながら、他にも適当にコロッケやハンバーグなんかの庶民的な料理を頼んでいく。
そして、まるで普段の夕食のようなおかずが揃うとさっそくそれに箸をつけ、いつものように三人でワイワイやりながら、楽しく飯を食った。
やがて大満足で店を出て、
「にゃぁ…」(あの納豆巾着はよかったのう…)
「うん。単純だけど私の発想には無かったよ…」
「はっはっは。あれは酒にも飯にも合うからな。いい食べ物だ」
と話しながら宿への道をゆっくりと歩く。
そんな私に、
「そういえば、師匠。次はどこに向かってるんですか?」
とリリーが何気なく聞いてきた。
私は少し考えつつ、
「…うーん、どこがいいだろうか?」
と答える。
「え?決めてなかったんですか?」
とリリーは驚くが、その腕に抱かれたチェルシーは、
「にゃぁ」(いつものことじゃ。そろそろ慣れろ)
と、いかにも「やれやれ」といった雰囲気でそう言ってきた。
そんな言葉に苦笑いを浮かべつつ、
「ははは。まぁ、とりあえずエリシア王国にでも向かってみるか。一応実家にも顔を出したいしな。どうだ?」
と今思いついたことをそのまま提案してみる。
するとリリーは、パッと明るい表情になって、
「いいですね!」
と言ってきた。
その表情を見て、
「じゃぁ、決まりだな」
と次の行先を決める。
そんな私にチェルシーが、
「にゃぁ」(どうせ真っすぐは行かんだろうがな)
と、やや呆れたような声でそう言ってきた。
「ははは。寄り道は旅の醍醐味さ」
と、あえて軽くそう返す。
すると、リリーも笑って、
「そうですね。ダンジョンを巡りつつゆっくり帰りましょう」
と言ってきた。
和やかな会話をしながら月夜の宿場町を歩く。
その日はまたいつものように、ほろ酔いと満腹の両方を抱えて幸せのうちに眠りに就いた。
翌朝。
とりあえず北寄りに進路を取る。
いったん街道を逸れ、田舎道をのんびりと進んでいった。
米やら野菜やらが青々と茂る田園風景を見ながら、リリーが、
「長閑ですねぇ…」
と少し感慨深いような感じでそうつぶやいた。
「ああ。長閑なもんだ」
と、こちらもなんとなく感慨を込めてそうつぶやき返すと、私の前でチェルシーが、
「にゃぁ」(そろそろトマトが旬じゃのう…)
と、なんとも平和なひと言を発した。
「ああ、そろそろいいケチャップが出回り始める頃だな」
と答えてチェルシーをひと撫でする。
するとチェルシーは、
「ふみゃぁ…」
と気持ちよさそうにあくびをしたあと、
「にゃぁ」(今夜はナポリタンにせい)
と早くも今晩の飯の話をしてきた。
「あいよ」
と答えてまた田舎道を進む。
なんとも長閑な旅路が続き、日が暮れてきたのを合図に小さな宿場町に入った。
1軒しかない宿に入り、
「すまんが、この辺りでナポリタンが食える店はあるか?」
と訊ねると、
「ああ。それだったら近くの食堂で出してますよ」
と言うのでさっそく晩飯はそこで食うと伝えて部屋に入る。
そしてまずは旅装を解くと、適当に道具を持ってリリーを誘い、銭湯へと向かった。
風呂から上がり、さっそくそのナポリタンがあるという食堂を目指す。
小さな町のことですぐに見つかったその食堂はいかにも年季が入っているが、見た目は普通のどこにでもある食堂だった。
「猫がいるがかまわんか?」
といつものように声を掛けてから店内に入り、さっそくビールとナポリタンを頼む。
ついでにサラダとスープもつけた。
まずはやって来たビールで乾杯する。
風呂で温まった体を冷たいビールが駆け抜け、私は思わず、
「ぷはぁ…」
という息を漏らしてしまった。
私の目の前でリリーも、
「くぅ…」
と声を漏らしている。
私たち二人はなんとなくその状況がおかしくて、
「ははは。やっぱり風呂上がりのビールはたまらんな」
「はい。五臓六腑に沁み渡ります」
というなんともおっさん臭い会話を交わしてナポリタンの登場を待った。
やがて、ジュージューという音とともに店員が料理を運んでくる。
(お。まさかの鉄板ナポリタンか…)
と思わぬ状況に驚きつつも、目の前に置かれたナポリタンを見ていると、リリーが、
「師匠!卵が敷いてあります!」
と、やや興奮気味に言ってきた。
「ん?こういう感じのナポリタンは初めてだったか?」
と聞く私にリリーが、まるで子供のように目を輝かせながら、
「はい!なんだか見た目が楽しいですね」
と早くもたまらないと言った感じで答えてくる。
私はそんな様子を微笑ましく思いながら、
「ははは。じゃぁ、さっそくいただこうか」
と声を掛け、トロトロの半熟卵と麺を絡めるようにして熱々のナポリタンを口に運んだ。
思わず、
「あふっ…」
と言いつつその味を堪能する。
(お。けっこう甘めの味付けだな。しかし、そのしっかりとした甘さが卵のまろやかさと相まっていいコクを出している…。なんとも懐かしい感じがする味だ…)
と思っていると私の目の前でまずはチェルシーが、
「うみゃぁ」(うむ。これじゃこれ!)
と、ご満悦の表情でそう言うと、続いてリリーも、
「卵のトロトロ具合がたまりませんね!」
と嬉しそうに、ニコニコしながらそう言ってきた。
そんなリリーに向かって、
「ああ。美味いな」
と笑顔でそう言い、またひと口ナポリタンを頬張る。
どこにでもある普通の食堂の片隅で食べるありきたりな飯。
しかし、みんなで食べればこんなにも美味しく感じられるということを改めて感じた私は、そのありふれた光景をなんとも尊いものだと心から思いそのどこか懐かしいナポリタンを心の底から楽しんだ。
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