第119話 稽古と和食の日々05

翌朝。

何事も無く目覚め、昨日の残りのスープとパンで簡単な朝食を済ませてから出発する。

すると、昼前になって、

「にゃ」(おるぞ)

とチェルシーが声を掛けてきた。

また小さな声で「ありがとう」と言ってチェルシーを撫でてやる。

そして、リリーに向かって軽くうなずくと、リリーも軽くうなずき返し、そこからは魔獣の気配を慎重に探りながら森の中を進んでいった。

やがて、私たちにもその気配がわかるようになる。

その気配を感じた私は、ユキノに、

「わかるか?これがオークの気配だ」

と声を掛けた。

ユキノはまだピンと来ていなかったようだが、いったん立ち止まり辺りを慎重に探るとハッとしたような顔で私に視線を向けてきた。

その視線に「そうだ」という意味を込めてしっかりとうなずく。

するとユキノの表情が一気に引き締まった。

「しばらくいけば痕跡が見つかるはずだ。わかっていると思うが慎重にな」

と声を掛け、そこからは先頭をユキノに任せ、痕跡を探しながら慎重に進んでいく。

すると、間もなくしてゴブリンよりも明らかに大きな痕跡を発見した。

「これがオークの痕跡だ」

とユキノに声を掛け、その特徴なんかを説明してやる。

一応、ユキノもオークの痕跡は知っているようだったが、その他の魔獣との違いや見落としやすい所なんかを中心に説明してやると、なにやら驚いたような顔をしながら、

「なるほど。勉強になります」

と言って納得顔になってくれた。

そこからは順調に痕跡を追っていく。

進む度、ユキノは緊張の度合いを高めていっているようだったが、

「大丈夫。落ち着いて対応すれば問題無い相手だ。きちんと牽制で補助するから目の前の敵にだけ集中してくれ」

と言うと、

「はい!」

と気合のこもった返事をしてきてくれた。

やがてオークの影が見えてくる。

私はいったん立ち止まり装備の確認をし始めたユキノに近づき、

「大丈夫か?」

と念のため声を掛ける。

するとユキノは覚悟の決まったような表情で、しっかり、

「はい」

と答えてくれた。

「よし」

と声を掛けて送り出す。

ユキノは、

「行ってきます」

と言うとさっそく刀を抜き、オークに向かって駆けだしていった。

私はリリーに目配せして牽制の魔法を放ってもらう。

リリーが控えめに撃った風の矢が1匹のオークの頬の辺りに当たって、

「ブギャァ!」

と醜い戦闘開始の合図が鳴った。

ユキノがすかさずそのオークのもとへと突っ込んでいってその膝下辺りを斬る。

するとオークはまた悲鳴を上げ、膝を抑えながら倒れ込んだ。

すかさずユキノがそのオークにトドメを刺そうとする。

しかし、その後ろから別の個体がユキノめがけて拳を振り下ろそうとしてきた。

またリリーの魔法が飛ぶ。

今度は風の刃の魔法が肩口の辺りをえぐった。

また悲鳴が上がる。

その悲鳴を聞いてユキノはハッとしたように後ろを振り返ったが、

「目の前の敵に集中しろ!」

と言う私の声を受けて、再び倒れ込んでいるオークにトドメを刺しに向かった。

オークの首筋が斬られ、魔石に変わる。

そしてユキノは次の個体へと向かっていった。

またリリーの魔法が飛んでユキノの横から襲い掛かろうとしていたオークの太もものあたりをざっくりと斬り裂く。

ユキノはそれを横目でチラリと確認すると、先ほど肩の辺りをえぐられてうずくまっているオークの首を下段から跳ね上げるように斬った。

オークはまだ魔石に変わらない。

どうやら浅かったようだ。

一瞬ユキノが悔しそうな顔を見せる。

しかし、ユキノはすぐに切り替えて返す刀でもう一度首の辺りを斬りつけた。

今度こそオークが魔石に変わる。

そして、同じようにうずくまっている最後の個体も同様に斬り捨てると、そこで3匹のオークが見事魔石に変わった。

「ふぅ…」

と息を吐くユキノに近づき、

「お疲れさん」

と声を掛ける。

そんな私にユキノは、悔しそうな顔で、

「はい…」

と、やや力なく答えてきた。

「大丈夫だ。初めてにしてはよくやった」

と言って励ましてやる。

しかし、ユキノの表情はどこか冴えないままだった。

「まずはお昼にしましょう」

とリリーも慰めるようにそう声を掛ける。

その言葉にユキノが苦笑いで、

「うん…」

と返すと、私たちはさっさと魔石を拾ってチェルシーが待つ場所へと戻っていった。

「ふみゃぁ…」

とあくびをしているチェルシーを軽く撫でてやり、さっそく昼飯を作り始める。

その日の昼は私がいつものチーズドッグを作った。

チーズが焦げる匂いに釣られてチェルシーが起きてくる。

そして、

「にゃぁ」(我の分にはチーズをたっぷり乗せよ)

と、いつものように注文を付けてきた。

「あいよ」

と小さく答えてチェルシー用に小さく切った腸詰にたっぷりのチーズを掛けて炙る。

そして、全員の分が出来上がると、

「さぁ、とりあえず食おう」

と声を掛けてチーズドッグにかじりついた。

いつものように元気よく美味しそうに食べるリリーと小さなひと口で黙々と食べるユキノの両方を微笑ましく思いつつ、チーズドッグを食べる。

やはりユキノは先ほどの自分の戦いぶりを気にしているように見えた。

そんなユキノに、

「後ろの気配を読むというのは難しいものだ。あまり気にしなくていい。それよりもあの場合は連携に慣れていないという方を課題として捉えてくれ。あの状況は後に敵が迫っていたとしても必ず援護がくると信じていれば迷わず突っ込むことが出来た。戦闘中は一瞬の迷いが大きな隙を生むことがある。互いの実力を冷静に見極めて、任せるべきは任せる。…すぐにできることじゃないが、誰かと一緒に戦う時は大切なことだ。覚えておくといい」

と、なるべく優しく課題を告げる。

すると、ユキノは少しシュンとした表情になりつつも、

「はい」

と言って私の言葉を素直に受け入れてくれた。


そんな少ししんみりした空気の中お茶を飲み、再び立ち上がる。

そして私が、

「さて。今度はリリーの番だな」

と言うとリリーは嬉しそうに、

「はい!」

と返事をしてきた。

そんなリリーに少し苦笑いをしつつユキノに、

「きっといい勉強になる。しっかり見ておいてくれ」

と、また優しく声を掛ける。

すると、ユキノは気を取り直したように表情を引き締め、

「はい!」

と力強く返事をしてきた。

そんなユキノの表情に少し安堵して、さっそく出発する。

すると数時間ほど歩いたところでチェルシーが、

「にゃぁ」(ちと遠いがどうする?)

と聞いてきた。

そろそそ日が陰り始める。

私は少し迷ったが、ユキノもいることを思い、

「痕跡を発見したらそこで野営にしよう。勝負は明日だな」

と小さくチェルシーに伝え、チェルシーの頭を軽く撫でてやった。


やがて、やや大きな痕跡を発見する。

私はそこで二人に、

「夜戦は避けたい。勝負は明日にしよう」

と告げると、その日はそこで野営の準備に取り掛かった。


ちょっとした緊張の中、夜を過ごした翌朝。

さっそく痕跡を追って行動を始める。

目標はおそらくオークだが、おそらく7、8匹はいるだろう。

(まぁ、所詮豚は豚だ。リリーの腕試しには足りないかもしれないが、ユキノにとってはいい勉強になるだろう)

と思いながら進んでいると、やがて何かを貪っているオークの姿が見えてきた。

そこでリリーに、

「今回はユキノの勉強もあるから連携していこう。私が牽制するから目の前の相手に集中する感じで突っ込んでいってみてくれないか?」

と声を掛ける。

その提案にリリーは、

「はい!」

と、いつも通り元気にそう答えると、

「じゃぁ、お願いします」

と言って刀を抜き、一気にオークの方へと駆け出していった。

「速い…」

とユキノがつぶやくように、リリーがあっと言う間にオークとの距離を詰める。

私はその間合いを見計らって、風の矢の魔法を放った。

また、

「ブギャァ!」

という悲鳴が上がって戦いの幕が切って落とされる。

リリーは目の前で悲鳴を上げているオークに迷わず突っ込んでいくと昨日のリリーと同じように膝下辺りを斬りつけた。

オークが悲鳴を上げて倒れる。

しかしリリーはその倒れたオークに目もくれず次の目標に向かって切り込んでいった。

私も牽制で風の矢を放つ。

リリーの横から攻めようとしていたオークが悲鳴を上げた。

リリーは目の前のオークの脛の辺りを斬り裂き、また転ばせると次に向かっていく。

私も次々に魔法を放ってリリーの横や後から攻めようとするオークを牽制していった。

次第に立っているオークがいなくなり、そこからは殲滅戦に入る。

リリーが首を一刀両断すると、私も魔法を使って適当なオークを魔石に変えていった。

殲滅戦というよりも後片付けは一瞬で終わり、全てのオークが魔石に変わる。

私は、いつものように淡々とリリーに近づき、

「お疲れ」

と声を掛けると、リリーも、

「はい。お疲れ様です!」

と元気に答えてくれた。

そこから魔石を拾い、ユキノのもとに戻る。

ユキノはややボーっとしたような表情をしていたが、私たちが戻って来ると、

「お、お疲れ様です」

と言って頭を下げてきた。

「どうだった?」

と、にこやかな表情で聞くと、ユキノは目を輝かせて、

「すごかったです!」

と素直に感動したような言葉を返してくる。

私はその言葉に少し照れくささを感じながらも、

「慣れればみんなできるようになるさ」

と言ってなんとなくユキノの頭を撫でてしまった。

(あ。これはいかにも子供扱いし過ぎだな…)

と思わず反省してしまったが、ユキノはなぜか嬉しそうな顔をしている。

その表情を見て私は、

(よかった。セクハラで訴えられなくて…)

と妙な前世の知識を思い出しつつも、苦笑いして、

「よし。今回の演習はこのくらいにしてさっさと引き上げるか」

と二人にそう声を掛けた。


その後、帰路は私がゴブリンを一瞬で片付けたことを覗けば何事も無く進み、無事ダンジョン前の村に到着する。

そこで私たちは簡単な打ち上げを済ませると、久しぶりに会って甘えてくるサクラに跨ってまたエルドの町へと帰っていった。

途中、ユキノが、

「私、もっと強くなります」

となにやら決意したような顔でそう言ってくる。

その言葉を聞いて私は、

(ふっ。やっぱり親子だな)

と思いつつ、

「ああ。しかし焦らなくていいぞ。ユキノの剣はまっすぐでいい筋をしている。だからそのまま自分の剣を信じてゆっくり進んでいくがいい。そうすればきっと強くなれる」

と教官らしい言葉を掛けた。

「はい!」

というユキノの元気な返事に思わず微笑む。

そして私たちはどこか意気揚々とした気分でエルドの町へ続く街道を進んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る