第118話 稽古と和食の日々04

それからも充実した稽古の日々が続く。

2か月ほど経つ頃にはリリーもずいぶんとエルダートレント製の木刀を上手く扱えるようになってきた。

意外だったのはユキノもかなり魔力操作の腕を上げたことだろうか。

筋がいいとは思っていたが、どうやら私の想像以上に勘のいい子だったようだ。

(これならそろそろエルダートレント製の木刀を扱わせてもいいんじゃないか?)

と思いつつ稽古をつける。

本人も充実してきているのがわかっているのだろうか、溌溂とした様子で木刀を振り、私に向かって一生懸命打ち込んできた。

夕方。

そんな微笑ましい稽古を終えて屋敷に戻る。

すると、リリーが、

「師匠。そろそろダンジョンで成果を確認してみたいと思うんですが、どうですか?」

と聞いてきた。

私は少し考えたが、

「そうだな…。よし。近いうちに行ってみるか」

と答え、ついでにと言ってはなんだが、横にいたユキノにも、

「ああ、ユキノも一緒にどうだ?今の自分の実力を計るいい機会になるぞ?」

と声を掛けてみる。

するとユキノは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに目を輝かせると、

「はい!行ってみたいです!」

と言ってきた。

「よし。じゃぁ決まりだな」

と言いつつ、さっそく日程を決めていく。

そして、長旅に慣れていないユキノのための準備期間を3日ほど設けることを決めると、その日はワクワクとした気持ちで床に就いた。


それから4日後。

さっそく近くのダンジョンに向かって出発する。

今回はユキノのことを考えて軽めのダンジョンでオークかゴブリン辺りの雑魚を相手にすることにした。

念のためユキノに聞いてみたが、オークは集団戦でなら相手をしたことがあるという。

そんなユキノに今回はなるべく単独で相手をしてもらうことになると告げると、ユキノはかなり緊張して面持ちになったが、

「なに。今のユキノなら落ち着いて対処すれば問題無い。もちろん、安全には十分配慮するから、安心して自分の剣を試してみればいいさ」

と声を掛けておいた。

それでもまだ緊張気味のユキノをなんとなく微笑ましく思いつつ、田舎道を進み街道に出る。

ダンジョンまでは4日ほどで着くそうだ。

私はなんとなく、

(今回も楽しい冒険になりそうだな…)

と思い微笑みながらサクラの背に揺られた。


久しぶりの遠出とあってサクラとアクアは嬉しそうに歩き、予定よりもやや早くダンジョン前の村に着く。

そこで私たちはいつものようにゆっくりと休息を取って明日への英気を養った。


翌朝。

楽しそうなリリーに対して緊張した様子のユキノを連れて森の中へ入っていく。

今回、サクラとアクアは残念ながら宿屋の馬房に預けてきた。

(そう言えば、徒歩で冒険するのも久しぶりだな…)

と思い、なんとなくの寂しさを感じつつ森の中を進んで行く。

そして、いい具合に日が暮れてきたところで野営の準備に取り掛かった。

「母から教えてもらった得意料理なんですよ」

と言ってユキノがほうとうを作ってくれる。

私はその味を懐かしいと思い、リリーはどこか新鮮に感じながら美味しくいただき食後のお茶の時間になった。

私が、

「さて。明日からが本番だな」

と言うと一瞬でユキノの顔に緊張の色が浮かぶ。

私はまず、そんなユキノに向かって、

「とりあえず、守りのことは考えなくていい。こちらできちんと牽制するからまずは目の前の敵に集中してくれ。大丈夫だ。稽古通り落ち着いてやれば問題無いからな」

と声を掛けた。

続いて、

「いざという時の補助は頼んだぞ」

とリリーに声を掛けると、

「はい!」

といういつもの元気な言葉が返ってきた。

そんなリリーに軽くうなずいて、その日はゆっくりと体を休めことにする。

ユキノも一応、半分寝て半分起きるというあの冒険者独特の体の休め方は体得しているらしく、私たちは静かに目を閉じ、それぞれが明日に備えて眠りに就いた。


翌朝。

簡単な朝食を済ませると、さっそく準備を整えて出発する。

森の中を順調に進み、そろそろ昼だろうかという頃、

「にゃ」(臭いのがおるぞ)

とチェルシーがげんなりしたような顔でそう言った。

小さく「ありがとう」と声を掛けて撫でてやる。

そしてユキノに、

「近くに魔物がいるような気配がある。おそらくゴブリンあたりだろう。ここからは丁寧に痕跡を探しながら歩いて行こう」

と指示を出すと真剣な顔でうなずくユキノに探索を任せて私とリリーはその後ろをついていった。

やがて、いつもより手間取ったもののゴブリンらしき痕跡を発見する。

「思ったより少し多いみたいだが、これくらいなら一人で大丈夫そうだな…」

という私のつぶやきに、ユキノがやる気のこもった声で、

「はい!」

と返してきた。

私その返事に軽くうなずき、

「いいか。こちらから補助はするから心配無いが、なるべく周りの気配に気を配りながら、落ち着いて対処してみてくれ」

と声を掛ける。

その言葉を聞いたユキノは緊張したような表情ながらも、また、

「はい!」

とやる気のこもった声でそう返してきてくれた。

「よし。じゃぁ、とっとと終わらせて飯にしよう」

と微笑みながらあえて軽口を言い、その痕跡を追っていく。

するとやがて、50匹ほどのゴブリンがちょっとした空き地にたむろしているのが見えてきた。

ユキノに視線を向ける。

ユキノもこちらに視線を向け、軽くうなずいた。

私もうなずき返すとユキノが、

「ふぅ…」

と軽く息を吐く。

そして、ユキノはおもむろに立ち上がると、

「いってまいります」

と言ってゆっくりと刀を抜いた。

一気に駆けだすユキノの後でいざという時に備えて私も杖を構える。

リリーも刀を抜き、いつでも飛び出せるような体勢を取っていた。

しかし、ユキノは落ち着いた様子でゴブリンの群れに突っ込んでいくと、順調にヤツらを魔石に変えていっていた。

(これなら手出しする必要は無さそうだな)

と思いつつも油断なく戦闘の様子を見つめる。

しかし、最後まで私とリリーの出番はなく、ユキノが最後の一匹を魔石に変え戦闘が終了した。


「お疲れさん」

と声を掛けながらユキノの方へ近づいていく。

ユキノはやや息が上がっているように見えたが、私が近づくと、

「ありがとうございました!」

と勢いよく頭を下げてきた。

「ん?礼を言われるようなことはしてないぞ?」

と、ややきょとんとしながらそう言うと、ユキノは苦笑いして、

「いえ。見守っていてくださったおかげで落ち着いて対処できました。ですから、『ありがとうございます』です」

と言ってくれた。

「ははは。そうか」

と私も苦笑いしてその礼を受け取り、

「さて。魔石拾いだな」

と、やや照れながらそう言って足下に落ちていた魔石を拾い上げる。

それから、私たちは手分けして50個ほどの魔石を拾い集めた。

やがて、チェルシーのもとに戻る。

すると案の定チェルシーから、

「にゃぁ」(さっさと飯にせい)

というお叱りの声が飛んできた。

私が、

「ははは。すまんな」

と言いつつチェルシーを撫でてやっていると、

「うふふ。お待たせしちゃったかしら?すぐお昼作りますね」

とユキノも笑ってチェルシーを軽く撫で、さっそく昼の準備に取り掛かってくれた。


昼のおじやを食べながら軽く反省会をする。

ユキノ曰く以前よりずいぶんと体が動くようになったそうだが、まだ後ろの気配の感じ方に不安があるのだそうだ。

そんなユキノに、

「後ろの気配を読むのは相手の魔力を感じることが基本だ。自分の魔力操作が上達すればそのうちもっと上手く出来るようになるだろう。あとは、複数人と稽古をするという方法もあるかもしれんな」

と、いかにも教官らしいことを言うと、ユキノは、

「なるほど…。さっそく取り入れてみます!」

と言い嬉しそうな顔でまたおじやを口に運び出した。


昼食を終えるとその場を発ち森の中を移動する。

しかし、魔獣の気配はつかめないまま、日が暮れてきたのを合図に適当な場所で野営をすることになった。

またみんなで楽しく夕食を食べる。

夕飯はリリーが作り、久しぶりにリリーのスープを飲んだ。

ほっとひと息吐く私の横で料理好きの女子二人が料理の話で盛り上がっている。

どうやら野営中もいかにして美味い料理を作るかという点について意見交換しているようだ。

私はその会話を、

(弟子は師匠に似るものだな…)

と、ひとり苦笑いしながら聞いた。

魔獣ひしめく森の中とは思えないほどほっこりとした団欒が続く。

私はその光景を見て、

(こういう生活も悪くないな…)

と、しみじみそう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る