第117話 稽古と和食の日々03
「にゃぁ!」(飯の時間じゃ!)
というチェルシーのお怒りの声を受け、苦笑いでその日の稽古を終える。
さっそく屋敷に戻って風呂に入り、夕食が出来上がるのを待った。
その日の夕食は牡丹鍋。
さっそくみんなではふはふ言いながら食べる。
先程まで空腹でやや不機嫌だったチェルシーも、
「うみゃぁ」(うむ。なかなか良いイノシシ肉を使っておるではないか)
と言ってくれているからどうやら機嫌を直してくれたようだ。
そんな様子にほっとしていると、ユキノがかなり遠慮がちに、
「あの…。賢者様。明日から私も稽古に参加したいのですが…。あ。もちろん家事の合間だけで構いませんので…」
と声を掛けてきた。
「ん?ああ。もちろんだ。家事の合間とは言わずきっちり参加するといい。なに。家事はみんなで協力してやればいいんだ。遠慮させて悪かったな」
と答えるとユキノが嬉しそうな顔になる。
私はその顔を見て、
(やはりサユリの子だな…)
と妙な感想を持ちつつも嬉しくなって、
「明日からは稽古がいっそう楽しくなりそうだな」
と笑顔で答え、イノシシ肉を頬張った。
翌朝。
朝食を済ませるとさっそく稽古に赴く。
従士隊のみんなはすでに準備運動のようなものを済ませていて、私が、
「おはよう。今日もよろしくな」
と声を掛けると元気な挨拶が返って来た。
そんな声を嬉しく思いつつ、その日も型の稽古から始める。
途中、魔法組の魔力操作の稽古も見てやりながらなかなか充実した時間を過ごした。
昼。
ユキノが作ってくれておいた弁当を食べ、また稽古に励む。
そして、例のごとく、
「にゃぁ」(おい。腹が減ったぞ!)
というチェルシーの声が掛かると、私たちはそこで稽古を切り上げて屋敷へと戻っていった。
その日の晩飯は遠慮するユキノを説得し、リリーに任せる。
久しぶりにリリーが作るオムライスを食べつつ、
(洋食はもはや和食と言っても過言ではないよな…)
と訳の分からない感想を持った。
そんな私の横からチェルシーが、
「にゃぁ」(まちっとよこせ)
とお替りを要求してくる。
私は笑いながら自分の皿からオムライスを取り分けてやると、その日もみんな笑顔で夕食を終えた。
そんな日々が1か月ほど続いただろうか。
従士のみんなそれぞれに稽古の成果が出始めている。
私がそれを見て、
(そろそろもっと実践的な稽古に移ってもいいかもしれんな…)
と思っていると、ユキノが、
「ジンさんが木刀を持ってきてくれましたよ」
と声を掛けてきた。
「おお。待っていたぞ」
と言ってさっそく受け取りにいく。
従士隊の詰所の玄関に回るとそこには大きな竹製の箱を抱えたジンがいて、
「お待たせいたしました。20本ほど作れましたのでお持ちいたしました」
と言い、さっそく箱を開け中身を見せてくれた。
中身を見て、思わず、
「おお…」
と感動の声を上げる。
そこには黒々と光るエルダートレント製の木刀がぎっしりと詰められていた。
さっそく手に取って軽く魔力を流してみると、予想通りかなり魔力の通りがいい。
(よし。使いこなすのは大変だろうが、魔力操作の訓練にはもってこいだな)
と思いつつ、
「ありがとう。いい物を作ってくれた」
とジンに礼を言う。
するとジンは、
「とんでもないことでございます。貴重な経験をさせていただきました。職人としてこれ以上の喜びはありません」
と言って頭を下げてきてくれた。
互いにまた礼を言い合って、握手を交わす。
そして、私はさっそく納品された木刀を持って訓練場に向かうと、
「みんな。新しい稽古用の木刀ができたぞ」
とみんなに声を掛け、さっそくみんなに木刀を触らせてやった。
予想通り、
「くっ…」
とか、
「ぬぉぉ…」
という声が上がる。
そんなみんなに向かって、私は、
「ははは。なにせエルダートレントの素材で作ってあるから、魔力操作が上手にできるようになればちょっとした武器代わりに使えるようになるぞ」
と笑顔で声を掛けた。
みんなから苦笑いが返ってくる。
私はそれを受け止めながら、
「ははは。いい目標が出来てよかったな」
とさらに満面の笑みを浮かべてそう言ってやった。
やがて、私とリリーはそのエルダートレント製の木刀を使い、みんなは普通の木刀を使って稽古を始める。
リリーもその木刀には手こずっている様子で、いつものようなキレがなかった。
「ははは。もっと集中して魔力操作をしないといかんぞ」
と声を掛けると、リリーは嬉しそうな笑顔で、
「はい!」
と元気よく返事をしてきた。
(リリーにもいい稽古道具が出来たみたいだな…)
と嬉しく思いつつ、木刀を振る。
そしてまた、チェルシーの一声が掛かったところでその日の稽古は終了となった。
「はぁ…はぁ…。思ったより疲れますね…」
と肩で息をしつつも笑顔でそう言ってくるリリーに、
「良かったな」
と言ってやる。
そして、みんなにも、
「これからも魔力操作の訓練を続けてこれが使えるようになることを目標にしてくれ」
と声を掛けると、やはり、
「はい!」
というやる気に満ちた声が返ってきた。
その声を嬉しく思いながら、屋敷に戻る。
そして、屋敷に戻ると、
「今日は疲れただろうから、外食にしよう」
と言って遠慮するユキノを軽く説得し、身支度を整えて夜の町へと繰り出していった。
何を食おうか少し迷いつつ路地を歩き、「串焼き・モツ煮」と書かれた赤提灯に惹かれその店に入る。
さっそく縄のれんをくぐり、ビールとお茶を頼むと、
「乾杯!」
と言ってグラスを合わせた。
さっそくビールをひと口飲み、適当な串焼きの盛り合わせとモツ煮を頼む。
店員曰く、
「うちは魚もやってますよ」
という事だったので、ヤマメの塩焼きも頼んだ。
やがてやって来たモツ煮と串を食べながら楽しく夕飯の席を囲む。
「私、もっと剣が上手になりたいです」
といささか悔しそうな顔で言うユキノに、
「いや。けっこういい線いってるぞ。このまま基礎を重視して稽古を重ねていけばきっともっと上手になるさ」
と励ましの声を掛けると、ユキノは、
「はい!」
と真剣な面持ちで返事をしてくれた。
(母親に似て真っすぐな性格だな…)
とその態度に好感を持ちつつ酒を飲む。
そして、
「にゃぁ」(うむ。川魚というのも海の魚とは違ってまた良いのう)
とご満悦で焼き魚にかじりつくチェルシーを愛でつつその日も楽しく宴は進んでいった。
そして、いい感じにほろ酔いになったところで焼きおにぎりとみそ汁でお腹を締め、店を出る。
少しふわふわとした足取りで家路をたどり屋敷に戻って風呂に浸かる。
「ふいー…」
といかにもオヤジ臭く息を漏らすと、疲れが全身から抜けていくような気がした。
風呂から上がり、軽くお茶を飲んでから床に就く。
チェルシーはさっそく布団の中で丸くなると、
「ふみゃぁ…」
と一つあくびをしてさっさと目を閉じてしまった。
そんなチェルシーを軽く撫でてやってから私も目を閉じる。
すると私は心地よい酔いと充実した気持ちに包まれてあっという間に眠りへと落ちていってしまった。
翌朝。
ずいぶんとすっきりした気持ちで目覚める。
(やはり気持ちが充実していると朝が気持ちいいものだな…)
と思いつつ布団から出たくなさそうにしているチェルシーを抱いて朝食の席に向かった。
「おはようございます」
「おはようございます。師匠」
と挨拶をしてくるユキノとリリーに、
「ああ。おはよう。今日もいい稽古日和になりそうだな」
と機嫌よく挨拶をすると、最近すっかり朝食の定番になった納豆を美味しくいただきみんなが待つ訓練場へと出て行った。
その日も充実の稽古をし、またチェルシーに促され屋敷に戻る。
屋敷に戻り夕食の席でコユキが、
「魔法組もずいぶんと練度が増してきたみたいですね。剣術組も負けていられません」
と、やる気のこもったことを言ってきた。
そんなコユキを微笑ましく思いつつ、鶏の竜田揚げを頬張る。
そして、
(そう言えば、この世界でまだチキン南蛮を食ったことがなかったな…)
と思い出した。
そう思うと、無性に食べたくなってくる。
その日の夜、私はさっそく勇者ケインに宛てて「タルタルソースの存在を忘れていないか?」という手紙をしたためた。
静かに夜が更けていく。
チェルシーはとっくに布団の中で丸くなり、
「ふみゃぁ…」
と幸せそうな寝言を発していた。
私はそんなチェルシーを眺めつつ、
(さて、この魔王様はチキン南蛮を気に入ってくれるだろうか?)
と考えて微笑みながら床に就く。
そして、その日も充実した気持ちで目を閉じると、ゆっくり意識を手放していった。
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