第116話 稽古と和食の日々02
やがて、朝食が終わりさっそく従士隊のみんなに挨拶に向かう。
私が稽古場に出るとそこにはすでに従士隊のみんなが整列していて、
「よろしくお願いします!」
と一斉に頭を下げてきた。
「ああ。よろしくな」
と若干の苦笑いでそれに答えつつ、
「とりあえず今日はみんなの今の実力を見せてくれ」
と言いさっそく稽古を始めてもらう。
私は各自の稽古の様子をなんとなく見て回り、おおよその実力を計ると、いったん稽古を止めみんなを集めた。
「だいたいのところはわかった。みんなそれなりに出来るようだな。ただし、まだ魔力循環が完全じゃない者もいるようだ。午後からは基礎訓練のやり方を教えるから、とりあえず昼休憩にしよう」
と、みんなに話し、いったん屋敷に戻る。
その日の昼はユキノが予め作っておいてくれた弁当を食べまた稽古に戻っていった。
「よし。そろったな。じゃぁ、さっそく魔力循環をやってみよう」
と、みんなに声を掛け、さっそく午後の稽古を始める。
私はひとりひとりの熟達度を見ながら、
「もう少し意識を腹の辺りに集中してみろ」
とか、
「よし、上手い具合に出来ているな。次は身体強化を効率的にできるよう意識してみよう」
というような声を掛けつつみんなに指導をしていった。
やがて、
「にゃぁ!」(おい。飯の時間じゃぞ!)
というチェルシーのやや不機嫌な声が掛かったところで、
「よし。今日はここまでにしよう」
と稽古終了をみんなに告げる。
そして、
「ありがとうございました!」
と一斉に頭を下げてくる隊員たちに向かって、
「明日の午前中は今日の復習をしておいてくれ。午後からは少し実戦的な稽古の方法を教えよう」
と言うと私とリリー、そしてユキノはいったん屋敷へと戻っていった。
「本日は何をお食べになりたいですか?」
と聞いてくるユキノに向かって、
「そうだな。少し酒も飲みたいし今日は外食にしよう」
と提案する。
案の定ユキノは少し渋ったが、
「なに。昔も週に一度は外食と決めていたんだ。遠慮することはないさ」
と言って、少し強引に外へと連れ出した。
夕暮れの通りを歩き、適当な居酒屋に入る。
酒はあまり得意ではないと言うユキノに、
「無理せずお茶を飲んでくれ」
と言うと、私たちはさっそく品書きを見て、ああだこうだと言い始めた。
やはり少し遠慮しているユキノにも、私とリリーで、
「お。この豚の山椒味噌焼きっていうのは美味そうだな」
とか、
「こっちの鶏の柚子胡椒焼きっていうのも美味しそうですよ!」
と声を掛けながらワイワイと注文を決めていく。
そして、その他に冬瓜の煮物や湯豆腐、ぬか漬けの盛り合わせなんかを頼むと、さっそくやってきたビールとお茶で乾杯をした。
食事は楽しく進む。
やがて、食卓から料理が消え、私とリリーがほろ酔いになった頃。
「この近くに美味しいうどんの屋台がありますよ」
というユキノの素敵な提案を受けてさっそくその屋台に向かった。
冷える道を屋台まで歩くと良い感じに酔いが冷めてくる。
そして屋台に着き、熱々の肉うどんをみんなですすると、
「今日も大満足でしたね!」
「はい。久しぶりに食べ過ぎてしまいました」
「にゃぁ」(最後のうどんがよかったのう)
というみんなの楽しそうな声を聞きながら、私たちは屋敷へと戻っていった。
翌朝。
少し重たい体を抱えて目を覚ます。
(いかん。飲み過ぎ…いや、食べ過ぎか?)
と反省しつつ体を起こすと、私の隣でチェルシーが、
「うみゃ…」
と短く鳴き、いかにも寒そうに体を丸めた。
そんなチェルシーにもう一度布団を掛け直してやってからさっさと身支度を整える。
そして、まだ眠そうなチェルシーを抱きかかえて居間に向かうと、
「おはようございます。すぐにお仕度いたしますね」
とコユキが明るく声を掛けてくれた。
「ああ。ありがとう」
と言って席に着く。
するとそこへ、
「すみません。遅くなりました!」
と言ってリリーが少し慌てた様子で居間に入って来た。
「ははは。おはよう」
と微笑みながら声を掛けると、リリーは少し恥ずかしそうに、
「すみません。少し飲み過ぎてしまいました…」
と素直に反省の言葉を述べてきた。
「ははは。それは私も同じだ」
と言ってリリーを安心させてやる。
するとリリーは少し苦笑いを浮かべて、
「気をつけます」
とひと言そう言った。
やがて運ばれてきた朝食をいつものように楽しく食べる。
その日の朝食はおそらくユキノが気を遣ってくれたのだろう、少しあっさりとした味付けのものが多かった。
朝食を終え、稽古場に出る。
私はそこで、
「午前中は少し用事があって出てくるから、みんなは昨日の復習をしていてくれ」
と声を掛けると、さっそくユキノの案内でリリーやサクラ、アクアを連れて、従士隊が木刀やらの武具を頼んでいるというジンという人物の店を訪ねた。
「ごめんください」
と店先で声を掛けるユキノに、
「いらっしゃい。何か壊れたかい?」
と気さくで優しそうな声が返って来る。
(ほう。この町の職人は品が良いな…)
と少しずれたことを思いつつ、店の奥から出てきた主人と思しき人物に目をやった。
歳の頃は50くらいだろうか。
いかにも職人といった感じの作務衣を着ている。
目つきはいかにも優しそうだが、チラリと見えた手はいかにも職人らしい無骨なものに見えた。
そんな主人と思しき人物に、
「初めまして。賢者のジークだ」
と言って右手を差し出す。
するとその店主と思しき人物は、慌てたように軽く手を作務衣に擦り付けると、
「初めまして賢者様。当店の主、ジンでございます」
と言って私の右手を両手で握り返しつつ深々と頭を下げてきた。
「あー。いや、そんなにかしこまらんでくれ」
と言いつつ左手で軽く頭を掻く。
そして、
「今日は木刀を注文しに来たんだ」
と店に来た目的を告げた。
「かしこまりました。最高の木刀をお作りします。材料は何をご所望ですか?」
と目を輝かせながらそう言うジンに、
「ああ。実は素材が余っててな。エルダートレントなんだが、良ければそれで作ってくれないか?」
と言うとジンが、
「へ?」
と間抜けな声を出す。
私はそんなジンの態度に苦笑いを浮かべながら、
「ちょっと持って来るから待っててくれ」
と言い、リリーと一緒にいったん店を出て行った。
店先で待っていてくれたサクラとアクアの背中からエルダートレントの枝を下ろす。
枝は全部で15本ほどあり、私とリリーがそれぞれ一抱えに出来る程度の量だった。
そして、さっそくその枝を抱え再び店に戻る。
すると、ジンがまた驚いたような表情を浮かべ、
「えっと…。これで木刀を?」
と半信半疑というような感じで聞いてきた。
「難しいか?」
と単純に訊ねてみる。
そんな質問を受けてジンはハッとしたような表情になると、
「いえ。作らせていただきます!」
と勢いよく頭を下げながらそう言ってきてくれた。
「よかった。じゃぁ、この枝で作れるだけ作ってくれ。端材は自由に使ってくれて構わない」
と言ってまた右手を差し出す。
ジンはその手をまた両手でしっかりと握り、
「一世一代の仕事をさせていただきます!」
と、やや大袈裟なことをいった。
「いや。ただの木刀だからな?」
と一応苦笑いでそう返す。
しかし、ジンは、
「はい。世界一の木刀を作ってみせます!」
と言ってやたらキラキラとした目でそう意気込みを語ってくれた。
ジンの店を出て屋敷に戻る。
帰り道、
「ジンさん張り切ってましたね」
と笑いながら言うユキノに、
「ああ。嬉しいがあまり根を詰めないで欲しいものだな」
と苦笑いで答えると、
「うふふ。エルダートレントで作った木刀。楽しみです」
とユキノがさもおかしそうに笑った。
やがて屋敷に着き、みんなの稽古風景を軽く眺めてから昼にする。
その日の昼は軽めに蕎麦で済ませ、午後からは本格的に稽古を見るべく準備を整え訓練場へと出て行った。
昼を済ませて集まってきたみんなに声を掛けて集まってもらう。
そして、みんなに、
「午後はある程度型を決めてゆっくり打ち合う稽古をしてみよう。まずは私とリリーで手本を見せるから、よく見ておいてくれ」
と言い、私とリリーは木刀を持って訓練場の中央へと移動した。
「いつもの感じでいいぞ」
「はい!」
と簡単に確認してゆっくりと打ち合いを始める。
従士隊のみんなに見られながらの打ち合いは最初こそなんだか変な感じがしたが、そのうちいつものように集中し始めるとその視線は段々気にならなくなっていった。
しばらくして、打ち合いを終える。
すると、私たちの周りから、
「おぉ…」
という小さなどよめきが起こった。
そんなみんなに、
「初めはもっとゆっくりでいい。ひとつひとつの動作を確認しつつ正確に動くことを意識してくれ。集中して魔力を練りながら一挙手一投足の無駄を省いていくことが目的だ。最初は上手く出来なくても焦らなくていいからな」
と、この稽古の目的を伝える。
すると、みんなからは、
「はい!」
というやる気に満ちた言葉が返ってきて、その日の稽古も夕暮れまで続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます