第115話 稽古と和食の日々01
神域から戻りエルドの町の宿に入ってから5日。
私たちは今朝も、
「やっぱり朝は納豆ですね!」
とか、
「にゃぁ」(おい。干物をもっとくれ)
と会話を交わしながらのんびりと朝食を食べている。
そして朝食が終わり、
「さて。今日は何をして過ごそうか?」
「そうですね…。あ、午前中は稽古を見てもらいたいです!」
「にゃぁ」(おやつはみたらし団子にせい)
と会話を交わしていると、部屋の外から、
「お客様がいらっしゃいました」
という声が掛かけられた。
「ああ。どなたかな?」
と聞くと、
「はい。区長のヤストキ様でございます」
という答えが返って来る。
それを聞いて、
(お。もう準備が出来たのか?)
と思った私は、
「今日の予定は引っ越しになりそうだな」
と二人に伝え、
「すぐに行くからちょっと待ってもらっていてくれ」
と宿の人間に伝えつつ、さっそく着替え始めた。
手早く着替えて宿の1階へ降りていく。
するとちょっとしたラウンジのような感じに整えられている場所にヤストキが座っているのが見えた。
「さっそくすまんな」
と声を掛け、対面の席に座る。
するとヤストキは立ち上がって挨拶をしようとしたが、私はそれを、
「ああ、楽にしてくれ」
と手で制し、座ってくれるよう促した。
「ありがとうございます」
と言ってヤストキが席に着く。
それを見て、私が、
「準備が出来たのか?」
とさっそく本題を切り出すと、ヤストキはニコリと笑って、
「はい。以前も逗留されていたという従士隊の隊長屋敷です。2か月ほど前から空き家になっておりましたので、そこを整備させていただきました。当面必要そうなものは揃えてありますし、手伝いの者も手配しておりますので、いつでもお移りいただけます」
と、どこか嬉しそうな顔でそう言ってきた。
「おお。あそこか…」
と言いつつ、昔、サユリやツバキ、アヤメらと一緒に稽古に励んだ日々を思い出し懐かしい気持ちになる。
そして私がそんな風に懐かしんでいると、
「サユリ殿から是非そこにして欲しいと言われましたが、なにやら思い出がおありのようですね?」
と聞かれた。
「ああ。昔サユリたちと一緒に稽古をした場所でな。いい思い出のある場所だ」
と微笑んで答える。
そんな私にヤストキは、
「今回もよい思い出をたくさん作っていただければ幸いでございます」
と、にこやかにそう言い、軽く頭を下げてきた。
そんなヤストキを少し待たせ、さっそく部屋に戻り荷物をまとめ始める。
そして荷物がまとまると厩に向かって準備を整え、サクラとアクアを連れて宿の玄関へと回った。
リリーたちを待たせ、また宿に入っていく。
そして、待っていてくれたヤストキに声を掛けると、
「宿の払いはマユカ殿から仰せつかっておりますので、どうぞご心配なく。ではさっそく参りましょうか」
と言ってくれたので、少し申し訳ないなと思いつつも私たちはヤストキの案内でその屋敷を目指した。
やがて懐かしい風景が見えてくる。
従士隊の訓練場を通り抜けまずは屋敷の厩に向かう。
そこで荷物を下ろしてさっそく屋敷の玄関をくぐると、
「ようこそいらっしゃいました。賢者様」
と言ってサユリともう一人若い娘が私たちを出迎えてくれた。
「すまんな。また世話になる」
と言う私にサユリが、
「いえ。こちらとしてもありがたいことでございますので」
と言いつつ頭を下げてくる。
そんなサユリに、
「ところでそちらは?」
と聞くと、サユリは少し恥ずかしそうな感じで、
「ご紹介させていただきます。娘のユキノです」
と言って隣にいる若い娘を紹介してくれた。
「おお。そちらが娘さんか。いや、聞いてはいたが、こうして実際に会ってみるとなんとも感慨深いな…」
と思わず感激してしまう。
そんな私に向かって、そのユキノと紹介された娘は、
「ユキノでございます。この度は賢者様ご滞在中、身の回りのお世話をさせていただくことになりました。不束者ではございますが、何卒よろしくお願いいたします」
と丁寧に挨拶をしてきた。
(さすが、サユリの娘だな…)
と感心しつつ、
「ああ。よろしくな。私がジークで、こっちが弟子のリリーだ。ああ、ついでにこの猫はチェルシーと言う」
と言ってみんなを紹介する。
すると、まずはチェルシーが、
「にゃぁ」(ついでとはなんじゃ!)
と言って抗議の声を上げてきた。
次に、リリーが、
「リリエラです。よろしくね!」
と気さくに挨拶をしてとりあえず互いの自己紹介が終わる。
「さぁ、お疲れでしょうからまずはお茶をお淹れしますね」
と言ってサユリが奥に入っていき、私たちは、
「では客間にご案内いたします」
と言ってくれるユキノに続いて、まずは荷物を置きに客間へと向かった。
やがて、それぞれの部屋を決め荷物を置くとさっそく居間に向かう。
そこでヤストキも交えてしばし茶飲み話に興じた。
やがてヤストキが帰っていく。
私たちはそれを見送ると、さっそく荷物を整理しにそれぞれの部屋に向かった。
昼。
軽くおにぎりを食べ、ちょこちょことした掃除や買い出しを行う。
サユリとユキノは自分たちがやると言って遠慮したが、
「なに。これからしばらくの間共同生活することになるんだ。遠慮はしないでくれ」
と言って、私たちも手伝った。
そして夕方。
その日の夕食は私の発案ですき焼きにする。
そんな献立を聞いたサユリが、
「うふふ。そう言えば特別な日はすき焼きでしたね」
と言って微笑んだ。
みんなで鍋をつつき和気あいあいとすき焼きを食べる。
特にチェルシーは久しぶりのすき焼きに喜び、
「にゃ」(まちっと卵をたっぷりつけい)
とか、
「にゃ」(ネギと豆腐はまだじゃ。もうちょっと味が沁みてからにしろ)
と言って美味しそうにすき焼きを堪能していた。
やがて〆のうどんまで食べ終わり食後のお茶になる。
その場でサユリが、
「明日からはユキノが一人でお世話をすることになります。不束者ですが、どうぞよしなに」
と、いかにも母親らしい感じで頭を下げてきた。
「ははは。サユリの娘だ。その点は心配してないさ。それにさっきも言ったが、共同生活をする仲間としてみんなで助け合っていくつもりだ。こちらこそよろしく頼む」
と軽く言って微笑んで見せる。
その言葉に安心したのかサユリは、
「賢者様は相変わらず気さくなお方ですわね」
と言って微笑んでくれた。
その後、サユリが辞すのをみんなで見送りその日は早々に休むことにする。
「さて。明日からしばらくは稽古三昧だな」
とリリーに声を掛けると、リリーは本当に嬉しそうな顔で、
「はい。楽しみです!」
と返事をしてきた。
部屋に戻り、縁側から澄んだ冬の夜空を見上げる。
冷たい空気に冴え冴えと輝く月はどこか凛として、普段より堂々と輝いているようにみえた。
(明日からが楽しみだな)
と、ひとり微笑む。
すると私の後から、
「にゃぁ」(おい。寒いぞ)
とチェルシーが不満そうな声を掛けてきた。
「ああ。すまん、すまん」
と言って雨戸と障子を閉め、部屋に入る。
さっそく布団を敷くと、チェルシーは真っ先に布団の中に潜り込んでいった。
私も身支度を整え床に就く。
そして、少し冷えた体を温めるように布団を肩口まで引き上げると、そのまま心地よい温もりに包まれて徐々に眠りへと落ちていった。
翌朝。
雀の鳴く声で目を覚ます。
さっそく雨戸を開けひとつ伸びをしていると、
「賢者様。朝食の準備が整いました」
とユキノが声を掛けに来てくれた。
(お。もうそんな時間だったか)
と思いつつ、
「ああ、すぐに行く」
と答えてさっさと身支度を整える。
そんな私に、
「にゃぁ」(おい。抱っこじゃ)
と、まだ床から出てこれないでいるチェルシーが寒そうな様子でそう声を掛けてきた。
(ははは。すっかり普通の猫だな)
と思って苦笑いしつつチェルシーを抱き上げてやる。
そして、さっそく朝食の席に向かうと、リリーはすでに席に着いていて、
「おはようございます、師匠。今朝も納豆ですよ!」
と明るく声を掛けてきてくれた。
(リリーはすっかり納豆にハマったな)
と思いつつ、
「ははは。おはよう」
と挨拶を返してさっそく朝食の席に着く。
そして、みんなして「いただきます」と声を揃えると、さっそく朝食を食べ始めた。
そんな朝食の席で、
「ああ。そう言えば、従士隊が稽古で使う木刀はどこに頼んで作ってもらっているんだ?」
と、なんとなくという感じでユキノに質問する。
するとユキノは少しきょとんとした様子で、
「はい。武具屋のジンさんに頼んでいますが…」
と頭に疑問符を浮かべながらそう答えてきた。
私はそんなユキノの疑問に答えて、
「そうか。じゃぁ、あとで木刀を頼みに行こう。ちょうどエルダートレントの素材を取ってきたからな。きっといい木刀が何本も出来るぞ」
と、何気ない感じでそう伝える。
するとユキノはやや驚いたような様子で、
「へ?」
と少しすっとんきょうな感じの声を漏らした。
「あはは慣れですよ」
とリリーがおかしそうに横からユキノにそう声を掛ける。
ユキノは相変わらず驚いたような表情をしたまま、
「さすがは賢者様でございますねぇ…」
と、どこか呆けたような感じでそんな言葉をつぶやいた。
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