第114話 再び神域へ04

翌日。

私一人でマユカ殿に面会を申し込む。

午後からなら大丈夫だと言うマユカ殿からの伝言を受けて、その日の午前中はリリーに魔力操作の稽古をつけてやりながら過ごした。

午後。

また案内の者に連れられて謁見の間に向かう。

そしてマユカ殿と相対すると、まずマユカ殿から、

「世界樹にも弟子を紹介しておきたいということか?」

と、こちらの願いを先に言われてしまった。

「ああ。できればそうしたいと思っているがお願いできるか?」

と苦笑いしながら頼んでみる。

するとマユカ殿は真剣な顔で、

「リリーの可能性をどうみておる?」

と聞いてきた。

私はその真剣な問いに少し居住まいを正して、

「才能があることは確実だ。このままいけば私なぞすぐに超えてしまうだろう。しかし、この因果な商売を引き受けるかどうかは本人に任せようと思っている」

と現状を正直に答える。

するとマユカ殿は驚いたような表情をして、

「そこまでか…」

と言いなにやら考えるような仕草をした。


「どうだ?」

と重ねて短く聞いてみる。

その問いかけにマユカ殿は「はぁ…」と軽くため息を吐くと、

「明日、さっそく連れていこう」

と、いかにも「しょうがないな」と言うような顔で言ってくれた。


マユカ殿に礼を言って離れに戻る。

そこでリリーに明日出掛けることを伝えると、

「お散歩か何かですか?」

と少しトンチンカンなことを言ってきた。

そこで、世界樹のことを少し話す。

するとみるみるうちにリリーの顔が引き締まり、最終的には、

「わ、私なんかが行ってもいい場所なんでしょうか…」

と、かなり心配そうな感じで聞いてきた。

そんなリリーに、

「将来、私の仕事を継ぐかどうかは自分の気持ちで決めればいい。ただ、どんな道を選ぶにしても賢者の弟子となった以上、世界樹への挨拶はしておいた方がいいからな。まぁ、ちょっとした自己紹介だと思って気軽についてきてくれ」

となるべく安心できるよう優しい笑顔で語り掛ける。

しかしリリーはまだ緊張した表情を崩さず、

「…わかりました…」

と、なにやら覚悟を決めたような表情でそう答えてきた。


翌朝。

朝飯を済ませるとさっそく離れを出る。

神殿の入り口に着くとそこにはサクラとアクアがいて、マユカ殿とシノ、それにサユリが待っていてくれた。

「待たせたな」

と言いつつサクラに朝の挨拶をして跨らせてもらう。

「うむ。準備ができたようなら出発するかの」

とマユカ殿が言うと、さっそくサユリを先頭に私たちは世界樹のもとへと出発していった。


清浄な森の中を1時間ほど進む。

すると、例の大木の横に立つ社のような建物が見えてきた。

社に近づくと、その大きな扉が内側から開く。

そして、そこからフェンリルのポチがゆっくり歩み出てくると、

「久しいな」

と声を掛けてきた。

「ああ。久しぶりだ。今日は弟子を紹介しにきた」

と言ってリリーの方に視線を向ける。

リリーはポチの姿に驚いて固まっていたが、ハッとして気を取り直すと、

「初めまして、リリエラです!」

と馬上で深々と頭を下げた。

「うむ。良い魔力をしておるな」

とポチが独特の感性でリリーを評する。

すると、その奥から、

「きゃん!」

という声がして、中型犬くらいに成長したアイリスが飛び出してきた。


「お。もしかしてアイリスか?大きくなったな」

と言って微笑みながらサクラから下りると、さっそくアイリスを抱き上げてやる。

アイリスはまた、

「きゃん!」

と鳴いて私に甘えるように頭をこすりつけてきた。

「はっはっは。元気そうで何よりだ」

と言ってアイリスを撫でてやる。

そんな私を見てポチが、

「おいおい。あまり甘やかしてくれるなよ」

と苦笑いでそんなことを言ってきた。


しばし、アイリスと戯れているとマユカ殿が、

「そろそろよいか?」

と、やや呆れたような顔でそう言ってくる。

私は、

「ああ。そうだったな」

と言って名残惜しそうにするアイリスを地面に下ろすと、社の脇に立つ大木の前へと進み出てそこで跪いた。

大木がふんわりとした光を放つ。

そして、辺りがより清浄な空気に包まれると、そこから世界樹の精霊が私たちの目の前に姿を現した。

「久しぶりね、ジーク。そして魔王殿」

と世界樹の精霊がほんの少しチェルシーに皮肉めいた言葉を掛けつつ挨拶をしてくる。

それに私は、

「はっ」

と短く答え、チェルシーは、

「…にゃぁ」(…ふんっ)

と、ふてぶてしく答えた。

「うふふ」

と精霊が笑う。

そして、精霊は、

「マユカも元気そうね」

と言ってマユカ殿に視線を向けた。

「はっ。これもみな世界樹様のおかげにございます」

と言ってマユカ殿がかしこまる。

そんなマユカ殿に向かって精霊は、

「今日は何事かしら?」

と聞きつつもリリーの方に視線を向けた。

その視線を見て、私が、

「弟子を取ったので紹介しにまいりました。リリエラと言います」

とかしこまりつつそう言ってリリーを紹介する。

そして、リリーもいかにも緊張していますというような声で、

「は、初めまして。リリエラでござります」

と少し変な敬語で自己紹介をした。

また精霊が、「うふふ」と笑い、

「可愛らしいお嬢さんね」

と言ってリリーに微笑みかけた。

その微笑みにリリーはやや恥ずかしそうな感じで顔を伏せる。

それを見て精霊はまた少し微笑んだが、すぐに表情をもとに戻して、

「ジーク。いつもありがとう」

と、おそらく私の普段の仕事についての礼を言ってきた。

「はっ。恐れ入ります」

と答えて再び頭を下げる。

そんな私に精霊はまた声の感じに少しだけ真剣みを増すと、

「杖を引き継がせるつもりなの?」

と聞いてきた。

「わかりません。本人次第です」

と正直に答える。

そんなある意味適当な答えに精霊は「ふふっ」と困ったような感じで小さく笑い、

「大丈夫よ。すごくいい魔力をしているし、素質としては問題無いと思うわ。あとは覚悟が出来たらまた連れてきなさい。寿命の長いエルフのことです。じっくり考えて決めればいいわ」

と言ってくれた。

「はっ」

と短く答えてかしこまる。

そんな私に精霊は、

「楽しみね」

と言ってまた微笑んで見せた。

やがて、精霊が姿を消し、甘えてきたアイリスを撫で、少しの間戯れる。

そして、私たちはまた清浄な森の中を通って神殿へと戻っていった。


「き、緊張しました…」

と言って畳の上にどっかりと腰を下ろすリリーにシノが、

「お疲れ様でした」

と言い微笑みながらお茶を出す。

「あ。ありがとうございます」

と言ってリリーはそのお茶を受け取るとさっそくひと口飲んで、

「はぁ…」

と安堵の息を吐いた。

「すぐにお昼を持ってこさせますからゆっくりしていてくださいね」

と言ってシノが下がっていく。

私がその背中を見送り、リリーに視線を戻すとリリーは少し不安そうな顔をしていた。

「杖を引き継ぐことについて考えているのか?」

と率直に聞いてみる。

するとリリーは、

「…はい」

と神妙な感じでうなずきつつ、

「本当に私に務まるのでしょうか?」

という言葉を口にした。

「うーん。務まるようになるとは思うが、務めるかどうかは自分で決めていいぞ?」

と気軽な感じで答え、リリーに微笑んで見せる。

そんな微笑みを見てリリーは少し困ったような感じで微笑むと、

「私、目の前で困っている人がいたら助けたいです。それに自分にできることはなんでも一生懸命にやりたいとも思ってます。…ただ、まだ自信が持てません」

と、おそらく今思っている正直な気持ちを真っすぐに話してくれた。

(なんともリリーらしい答えだな)

と思いつつ、

「自信なんていつになっても持てないものさ。じっくり考えればいい。なに、エルフの人生はやたらと長いからな」

と半分冗談を交えつつそう返し、また微笑んで見せる。

するとリリーもまた困ったような笑顔を見せ。

「はい」

と少しは落ち着いた様子でそう答えてくれた。


やがてやってきた昼の鴨南蛮蕎麦とおにぎりを食べ、午後は庭で稽古をして過ごす。

そして、その日も無事夕飯の時間を迎えると、給仕に出て来てくれたシノに、明日マユカ殿に挨拶をしたらエルドの町に戻ると伝えた。


翌日。

朝から謁見の間でマユカ殿に別れの挨拶をする。

そこで、マユカ殿から、

「この後はどうするんじゃ?」

と聞かれた。

「しばらくはエルドの町でゆっくりさせてもらうつもりだ。その先のことは考えてないな」

といつもの風来坊ぶりをいかんなく発揮した感じでそう答える。

するとマユカ殿は「ふっ」と笑い、

「よかったらまた従士隊の連中の稽古をみてやってくれんか?」

と少し意外なことを頼まれた。

私はその意外な頼みに少し驚いたが、

(まぁ、リリーの修行にもなるし、たまにはのんびり腰を落ち着けて生活するのもいいかもしれんな)

と思い、すぐに、

「ああ。いいぞ」

と返事をする。

その返事にマユカ殿は、

「うむ」

とうなずいて、側にいたサユリに、

「住処の手配やらをしてやってくれ」

と簡単に命じた。


その後、型通り別れの挨拶を交わす。

そして、私たちはまたサユリの案内でエルドの町へと戻っていった。

何処までも続く田園風景の中をのんびり進み、また4日かけてエルドの町に到着する。

「住居の手配が終わるまではこちらの宿をお使いください」

と言ってサユリに案内された宿は例の賢者祭りの時私とチェルシーが缶詰になったあの立派な宿だった。

「すまん。手数をかけるがよろしく頼む」

とサユリに礼を言い、また別れの挨拶を交わして宿に入る。

そして、リリーに、

「これからしばらくはこの町で稽古三昧だな」

と声を掛けると、

「はい!」

という嬉しそうな声が返ってきた。

部屋に入り旅装を解く。

そして、風呂へ行き帰って来ると、チェルシーが、

「にゃぁ」(今日の飯はなんじゃ?)

と、いつものように呑気な感じでそう聞いてきた。

「さぁな。しかし、この宿の飯は美味いから期待してていいと思うぞ」

と言ってチェルシーを軽く撫でてやる。

するとチェルシーが、

「にゃぁ」(小娘も呼んでくるといい。あやつひとりだけ別になるのはなんとなく味気なかろう)

と言って、リリーを呼んで来いとそう言った。

「ああ。そうだな」

と言って微笑み、軽くチェルシーを撫でてやってからリリーの部屋に向かう。

そして、その日の晩はいつものように3人で楽しく食卓を囲んだ。


食事が終わってリリーが部屋に戻っていく。

ひとりになった私はチェルシーを膝の上に抱えて撫でてやりながら、宿の窓からぼんやりとエルドの町の様子を眺めた。

どこかの居酒屋らしき店から少しにぎやかな声が聞こえてくる。

(人の営みというやつはどこの町でも変わらんもんだな…)

と、しみじみ思いながらその楽しげな声を聞いていると、チェルシーが、

「ふみゃぁ…」

と、かなり眠たそうにあくびをした。

チェルシーを枕元にそっと寝かせ、私も布団に入る。

するとふと郷愁のようなものを感じ、

(…明日は実家に手紙でも書くか)

と思いついた。

(なんでそんなことを思ったんだろうな…)

と自分でも不思議に思いながら軽く目を閉じる。

すると自然な眠気がやんわりと私に襲い掛かって来た。

(さて。明日はどんな一日になるやら)

と微笑ましく思いつつその眠気に身を任せる。

そして私は、その微笑ましい気持ちのまま自然と意識を手放していった。

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