第113話 再び神域へ03
神殿の入り口で、
「お手数ですが、武器の類はこちらでお預かりします」
と少し申し訳なさそうに言うサユリに、刀、杖、包丁、まな板を預ける。
それをうやうやしく受け取ったサユリが、どこか懐かしそうな顔で、
「うふふ。そう言えばまな板も武器でしたわね」
と、おかしそうな顔でそう言った。
「私のもお願いします」
と言って今度はリリーが刀、ロッド、まな板をサユリに差し出す。
サユリはまたそれをうやうやしく受け取ると、
「まぁ。リリーちゃんもまな板を使うのね」
と少しの驚きを交えた笑顔でそう言った。
「まだ練習中ですけど…」
となんだか困ったような笑顔で言うリリーに、サユリが、
「師匠の技を覚えるのって大変ね」
と少し冗談めかしたような口調でそんな言葉を掛ける。
それにリリーは、
「はい。特にうちのお師匠様は少し特殊ですから」
とまた困ったような笑顔でそう返事をした。
サユリとリリーが、
「うふふ」
「ははは…」
と笑って無事、武器の受け渡しが終わる。
そして私たちはいよいよ神殿の中へと入っていった。
昔と変わらず荘厳な感じの境内を進み、マユカ殿が暮らす神殿の敷地内に入る。
そして、昔と同じように離れに通されると、そこで私たちいったん旅装を解き、軽く身支度を整えた。
出されたお茶を飲みつつ、案内が来るのを待つ。
「なんだか緊張しますね」
と言い、どこか落ち着かない様子のリリーに、
「なに。マユカ殿は気さくな方だ。そこまで緊張する必要はないぞ」
と声を掛け、のんびりしているとそこへ、
「お待たせいたしました」
という声が掛かり、私たちはさっそくマユカ殿が待つ謁見の間へと向かっていった。
静かな板張りの廊下を進み美しい木目の引き戸の前で止まる。
膝をつき、
「失礼いたします。お客様をお連れしました」
と言う案内の者の声に中から、
「入れ」
と短い声が掛かった。
引き戸がスッと開けられる。
まずは私が中に入り少しだけ進んでその場で正座をすると、リリーもそれに倣って私の後で正座をした。
頭を下げ、
「ご無沙汰しております。マユカ殿」
と御簾の向こうにいるマユカ殿に声を掛ける。
すると御簾の向こうから、
「うむ。久しいの」
という聞き覚えのある声が聞こえて来て、するすると御簾が上げられた。
「ご尊顔を拝し光栄です」
と言い頭を下げる。
そんな私にマユカ殿は、
「普通でよいぞ」
と少しおかしそうに笑いながらそう声が掛けてきた。
私も苦笑いしながら、
「じゃぁ遠慮なく」
と答えて顔を上げる。
そして、
「久しぶりだな」
と笑顔で気さくに声を掛けた。
「ああ。20年…いや、もうちょっと経っておるかのう」
と言うマユカ殿に、
「ああ。それくらい経っているかもしれんな」
とややのんびりした調子で答える。
そんな私の答えにマユカ殿はクスリと笑い、
「まったく相変わらず風来坊よのう」
と言うと、
「で、そっちが噂の弟子か?」
とリリーの方に視線を向けながらそう聞いてきた。
「ああ。紹介しよう。弟子のリリー…、リリエラだ」
と言って後ろを振り返ると、リリーが、ガバッと頭を下げて、
「り、リリエラです!」
と、かなり緊張したような声で自分の名前を言った。
「ははは。どこぞの師匠と違って素直でかわいいのう」
と言いマユカ殿が笑う。
私も苦笑いしながら、
「もう少し普通でいいぞ」
と声を掛けてやった。
「は、はい…」
と少し恥ずかしそうな感じでリリーが顔を上げる。
そして、もう一度、
「り、リリエラと申します…」
と困ったような笑みを浮かべてそう自己紹介をしなおした。
「はっはっは。初々しいものじゃ。リリーと呼んでも構わんか?」
とマユカ殿が豪快に笑いつつも優しく声を掛けてくれる。
それにリリーは、
「はい!もちろんです!」
と少しだけいつもの調子を取り戻して、明るく返事をした。
「うむ。今日は晩餐を用意させておるからの。詳しい話はそこでしようぞ」
と言って、マユカ殿が立ち上がる。
すると一同が頭を下げたので、私とリリーもなんとなく頭を下げた。
マユカ殿が奥に下がっていく。
どうやら謁見は無事に済んだようだ。
そう思って私はリリーを振り返り、
「お疲れさん」
と、にこやかにそう声を掛けた。
そこへまた案内の者が近寄って来て、
「いったんお部屋にご案内いたします。晩餐の時間までしばしお寛ぎください」
と言ってくれたので、立ち上がって後に続く。
また静かな板張りの廊下を通って、離れへと入った。
部屋に着き、リリーが、
「ふぅ…」
と息を吐く。
どうやら相当緊張していたようだ。
「慣れない謁見で大変だったな」
と労ってやると、
「あはは…」
と乾いたような苦笑いが返って来た。
そこへ、
「失礼いたします」
という声が部屋の外からかかる。
(お。もしかして…)
と思いつつ、
「どうぞ」
と声を掛けると、ふすまを開けて入って来たのはやはりシノだった。
「久しぶりだな」
と笑顔で声を掛けると、
「はい。お久しゅうございます」
と微笑みが返って来る。
そんなシノにも、
「聞いているとは思うが、弟子のリリーだ」
と言ってリリーを紹介した。
リリーがまた居住まいを正して、
「り、リリエラと申します」
と言い頭を下げる。
そんなリリーに向かってシノも、
「マユカの娘、シノと申します。何卒よしなに」
と言い綺麗ない礼を取った。
「こ、こちらこそよしなにです!」
とリリーが変な敬語を使ってまた頭を下げる。
「ふふっ」
とシノが口を袂で抑えながらおかしそうに笑うと、私もにこやかに微笑んで、
「そう言う訳だ。よろしく頼むぞ」
と言い、さっそくお茶を淹れてくれるというシノからお茶をもらうとそこからはちょっとした世間話になった。
最近のエルドワス自治区の様子を聞く。
なんでも数年前にまた世界樹の森の外側に魔獣が出たらしい。
しかし、マユカ殿の力で鎮め難なきを得たのだとか。
聞けばその時シノも実際の戦場に赴いたとのこと。
私が少し心配しつつ「どうだった?」と聞くと、サユリやツバキ、アヤメたちの活躍があったので、何も危険なことはなかったのだそうだ。
ただ、初めて行った鎮静化の作業は相当な負担があったらしく、
「母の手助けが無ければ、無事終わらせることはできなかったと思います」
と苦笑いで言うシノの顔には若干の悔しさが滲んでいるように見えた。
「まだまだ、これからさ」
と一応慰めるような言葉を掛ける。
そんな私にシノは困ったような笑みを浮かべつつも、しっかりとした口調で、
「はい。精進いたします」
と力強く答えてくれた。
そんな話をしていると、
「失礼いたします。晩餐の用意が整いました」
という声が掛かる。
そんな声を聞いて、私がリリーに、
「ここの飯は美味いぞ」
と、にっこり笑ってそう言うとリリーは目を輝かせて、
「楽しみです!」
と、いつものように明るい笑顔でそう答えてきてくれた。
シノの案内で晩餐会場へ向かう。
また静かな廊下を通り美しい木目の引き戸を開けると、そこは宴会場のようになっていて、ひとりひとりの目の前にはいわゆるお膳が置かれていた。
席に着くと、しばらくしてマユカ殿もやって来る。
そして、マユカ殿の横にシノも座った。
「今宵は身内だけの席じゃ。気楽に楽しんでくれ」
というマユカ殿の言葉に、
「ああ。楽しませてもらおう」
と微笑みながら答えて晩餐が始まる。
まずは先付に出汁巻き卵や野菜の煮物、湯葉なんかの小鉢が出て来てた。
それで米酒を飲む。
それから肉や魚の料理がいくつか出て来ると、リリーは、
「むっ!美味しいです!」
と喜びの声を上げつつどれも美味しそうに笑顔で食べていた。
そんな姿にほっとしつつ、〆のご飯と吸い物で腹を落ち着ける。
ご飯は茸の炊き込みご飯でいかにも森の恵みという滋味深い味が妙に心を落ち着かせてくれた。
食後に草餅を食べながら、ゆっくりとお茶を飲む。
マユカ殿から最近になってようやく抹茶がエルドワス自治区にももたらされたという話を聞いた。
(おそらくこれから爆発的な勢いで流行るだろうな…)
となんとなく予想しつつ、ひとりほくそ笑む。
そんな私をちらりと見たマユカ殿は少し怪訝な顔をしていたが、
「私はケインのところでいち早く食ったが、あれはきっとエルドワスの人たちの口に合う。おそらく流行るぞ」
と言ってにやりと微笑んで見せた。
「ふむ。お主がそう言うならそうなのじゃろうな…。よし、今のうちからある程度の量が確保できるように動こう」
と言うマユカ殿に、
「なんなら製造法も学ぶといい。ケインなら喜んで教えてくれるだろう」
と進言する。
そんな提案にマユカ殿は、少し驚いたような顔をしたが、
「ふっ。そこまで流行ると見込んでおるのか。よし、ならば急いでケインに手紙を書こう」
と言うと、いかにもおかしそうな感じで、「はっはっは」と豪快に笑った。
それから、
「お主は相変わらず食道楽よのう」
とマユカ殿が言って食い物の話で盛り上がる。
私がルネアの町で食ったお好み焼きの話やドルトネス共和国の辛い料理の話をするとマユカ殿は興味深そうにその話を聞いてくれた。
やがて、お開きの時間になる。
私とリリーはまたシノに案内されて離れへと戻っていった。
「美味しかったですね…」
と、しみじみ言うリリーに、
「ああ。こういう自然の恵みをそのままいただいているという感じの料理はエルドワス独特の文化だ。素材の良さを見極めその魅力を極力壊さぬように調理する…。簡単そうでなかなかできないことだ」
と言うと、リリーもそれにうなずく。
「どうだ。勉強になっただろう?」
と私が冗談っぽくそう言うと、リリーは少し鼻息を荒くし、
「また目指すべきものが出来ました!」
とやる気に満ちた表情でそう答えてきた。
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