第112話 再び神域へ02

朝から賑わう市場を抜けて路地に入る。

すると、そこには朝から働く人向けに商売をしているのだろう飯屋が何軒も軒を連ねていた。

そのうちの1軒に入り、

「干物はあるか?」

と声を掛ける。

すると、

「へい。いいのが入ってますよ」

という威勢のいい声が返って来たので、私たちはさっそく席に着き、干物付きの朝定食を頼んだ。


「へい。お待ち」

と言って出された定食は魚の干物にご飯とみそ汁。

それに小鉢が3つほどついて朝からは十分な豪華さだ。

(ほう。いかにも朝って感じでいいな)

と思いつつまずは納豆を混ぜ始める。

すると、私の横からリリーが、

「し、師匠。それなんですか!?」

と驚きの表情でそう聞いてきた。

「ああ、そうか。リリー、これが納豆だ」

と言って、わざと納豆の糸をビヨーンと引き上げて見せる。

それを見てリリーは、やや顔を青ざめさせた。

「だ、大丈夫なんでしょうか…」

と言うリリーに、

「うーん。これは好き嫌いがはっきりと別れる食べ物だからな…」

と苦笑いしつつ、

「無理そうなら引き取るぞ?」

と言ってみる。

そんな提案にリリーは一瞬迷ったような表情を見せたが、

「いえ。いってみます!」

と意を決したような表情でそう宣言した。


「まずはかき混ぜてから醤油とカラシを入れてくれ」

と食べ方を説明してやる。

するとリリーはその説明にうなずき、かなり緊張しながら納豆を軽く混ぜ始めた。

リリーの納豆が出来上がったところで、

「後はご飯にかけるだけだが…。今回はまず味見をしてからにしよう。もし食えなかった時はご飯まで食べられなくなってしまうからな」

と注意してまずは味見することを勧める。

そんな私の忠告にリリーは「こくり」と慎重にうなずき、

「じゃ、じゃぁ、いきます…」

と先ほどよりも緊張しながら、恐る恐る糸を引く納豆を口に入れた。

「むっ…。むっふー!…む?…む!」

と言う間にリリーの表情が、しかめっ面、驚き、疑問、歓喜という具合に変わる。

そして、私がそんなリリーの表情の変化をおかしく思ってニヤニヤしていると、リリーは私に向かって、

「美味しいです!」

と、まずはひと言そう言った。

「ほう。口に合ってよかったな」

と微笑みつつ返す。

そんな私にリリーは、やや興奮したような感じで、

「はい。最初はネバッとした食感が奇妙に感じたし、それと香りにもびっくりしましたけど、よく味わうとうま味が凄いんです。なんていうか、癖になりそうな味です!」

と納豆を食べた感想を言ってきた。

私がそんな感想にうなずきつつ、

「良かったな。米にかけて食ってみろ。もっと美味いぞ」

とさらに微笑んでそう返す。

するとリリーは、ハッとしたような顔で、

「そうですね!」

と言うと、さっそく納豆を米にドバっとかけて勢いよく頬張り出した。

そんなリリーを微笑ましく眺めていると、チェルシーが、

「にゃぁ」(おい。我にも納豆をよこせ)

と言ってくる。

私はいつものように、

「あいよ」

と答えると、納豆と米をほんの少し小皿に取り、チェルシーに差し出してやった。


その日から数日。

リリーはすっかり納豆を気に入ったようで、毎朝のように、

「師匠。納豆を食べに行きましょう」

と誘ってくる。

その日も朝からあの定食屋に行き、納豆を堪能していったん宿へと戻って来た。


部屋でまったりお茶を飲みつつ、

(さて。今日はどこで何を食おうか)

と考え、のんびりとして過ごす。

するとそこへ宿の人間がやって来て、マユカ殿の使いが到着したと教えてくれた。

(やけに早かったな…)

と思いつつまずはリリーの部屋へ向かう。

そして、部屋で水魔法の稽古をしていたというリリーに、

「マユカ殿の迎えが来たらしい。いつでも出発できるように準備しておいてくれ」

と伝えると、とりあえず私は挨拶をすべく1階へと下りていった。


1階へ降りて玄関わきのロビーに着くと、さっそくマユカ殿の遣いだと思われる中年の女性から、

「お久しぶりです、賢者様!」

と声を掛けられた。

私はその女性を見て、すぐに既知の人物だと気が付くと、

「サユリか。久しぶりだな」

と言いつつ近寄って右手を差し出した。

「はい。またお目にかかれて嬉しいです」

と言って私の手を握り返してくるサユリに、

「ああ。こっちこそ嬉しい。元気だったか?」

と近況を訪ねる。

するとサユリはあの頃と同じように微笑みながら、

「はい。…少し歳はとってしまいましたが」

と、やや自虐的にそんな冗談を返してきた。

私はそんなサユリに、少し困ったような笑みを返しながら、

「ははは。それはお互い様だ」

と言い、そばに置かれていた椅子に座る。

そして、

「とりあえずお茶にしよう。朝飯は食ったか?」

と、あの頃のように気さくにそう訊ねた。


「はい。以前『朝飯は人間の基本だ』と教わりましたので」

と笑いながら言い、私と対面する席に腰を下ろしたサユリからみんなの近況を聞く。

サユリ曰く、ツバキやアヤメもそれぞれ元気で相変わらずマユカ殿の近衛として側に仕えているそうだ。

「変わったことと言えば、それぞれに家庭を持って子が生まれたことくらいでしょうか」

というサユリに、

「なに!?それはめでたいな。いくつになった?」

と聞くと、

「うちはもう18になります」

という答えが返って来た。

そんなことを聞いて、時の流れを感じ、

(長寿と言うのは恨めしいこともあるが、こうして世代がつながっていく様子を見られるというのはどことなく嬉しい気もするな…)

と私がなんとも感慨深い気持ちになっていると、サユリは「うふふ」と微笑んで、

「時の経つのは早いものでございますねぇ」

と言ってこちらも感慨深そうな表情でひと口お茶を飲んだ。


そこへ、

「師匠。準備ができました」

というリリーの少し遠慮がちな声が掛かる。

私はハッとして、

「ああ。そうだったな。すまん、懐かしさでついつい話し込んでしまった」

と少しバツの悪い顔でリリーにそう言うと、今度はサユリに向かって、

「これが弟子のリリーだ。よろしく頼む」

と言ってサユリにリリーを紹介した。

「初めまして。リリエラです!」

と少し緊張しながらも元気に挨拶をするリリーに、サユリは、なんとも微笑ましい表情を浮かべながら、

「こちらこそ初めまして。サユリと申します。賢者様には昔大変お世話になりました」

と挨拶をして軽く頭を下げた。


そんな2人に、

「さっさと準備してくる。少し待っていてくれ」

と声を掛け、やや急ぎ足で部屋へと戻っていく。

部屋に入った瞬間チェルシーから、

「にゃぁ」(遅いぞ)

とお小言が飛んできた。

「ははは。すまんな」

と言いつつチェルシーをひと撫でして適当に荷物をまとめる。

そして、いつものように手早く準備を整えると、チェルシーを抱っこ紐の中に入れ、2人のもとへと戻っていった。


玄関に下りて

「すまん。待たせたな」

と2人に声を掛ける。

なにやら談笑していた様子の2人を見て、

(お。早くも打ち解けたみたいだな…)

と安心しながら、宿の勘定を済ませると、私たちはさっそく宿を出て厩に向かった。


「サクラちゃん。お久しぶりね」

とサクラに挨拶をするサユリに、サクラが、

「ぶるる」

と鳴いて少し甘えたような声を出す。

そんなサクラをサユリが優しく撫でやっていると、隣にいたアクアが、

「ぶるる」

と、まるで自分の存在を示すように鳴いた。

その声にサユリが気付き、

「こっちの子は初めましてね」

と言ってアクアの方に視線を向ける。

するとアクアはまるで自己紹介をするように、

「ぶるる」

と鳴いてサユリに顔を近づけた。

微笑みながらアクアを撫でるサユリに、リリーが、

「私の相棒のアクアです」

と言ってアクアを紹介する。

その紹介を聞いたサユリは、また優しい顔で微笑むと、アクアに向かって、

「うふふ。アクアちゃんっていうのね。私はサユリよ。これからよろしくね」

と自己紹介をした。

「ぶるる」

と嬉しそうにアクアが鳴く。

そんな微笑ましいやり取りを終えて私たちはそれぞれの馬に跨ると、サユリの案内でマユカ殿が待つ神殿へ出発した。


途中の村で宿を借りながらのんびりと進む。

そして、4日後。

私たちはマユカ殿がいる神殿の入り口へと到着した。

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