第111話 再び神域へ01
エルダートレントを討伐してから2か月。
ようやくエルドワス自治区に入る。
自治区への入り口の門で、
「賢者ジークフリートだ。族長のマユカ殿に弟子を紹介しに来た」
と来訪の目的を告げ、ギルドカードを見せる。
するとそれを聞いた門番は驚いたような顔をしたあと、焦ったように敬礼し、
「ご苦労様でございます!」
と、なぜか慰労の言葉を述べてきた。
そんな門番の態度を少しおかしく思いつつ門をくぐり、エルドワス自治区の商業の中心地エルドの町に入る。
そしてまずは適当な宿に入ると、そこで区長宛てに手紙を書いた。
手紙を書きながら、
(あの時すでに老齢だったから、もう、トキムネ殿は…)
と悲しい気持ちになる。
(長寿の恨めしい所だな…)
とエルフに生まれたこの身を少し恨めしく思いながら、軽くため息を吐き、書き終えた手紙を宿の人間に託した。
そのままリリーを誘って銭湯に向かう。
そして、銭湯を出るといつものように夜の町に繰り出していった。
「師匠。この町は何が美味しいんですか?」
とリリーに聞かれ、少し困ってしまう。
エルドワス自治区は全般的に和食に近い料理を食べるが、これと言った名物はない。
私は「うーん…」と少し考えてから、
「これと言った名物は無いが、全体的に優しい味わいの料理が多いのが特徴だな。言ってみれば味付けがエルドワス風といったところだ。同じ料理でも他で食うのとは一味違うから面白いぞ」
とエルドワス料理の特徴を教えてやる。
そんな私の言葉を聞いて、リリーは一瞬「?」という顔をしたが、すぐいつもの元気な表情に戻って、
「そうなんですか?それはそれで楽しみです!」
と、明るい声でそう言った。
そんな会話をしつつ適当な路地を歩き、良さそうな店を探す。
すると、1軒の赤提灯が下がる居酒屋が目に入ってきた。
店先を見ると「おでん始めました」の張り紙がある。
それを見た私はすぐに、
「そろそろ寒くなってきたしおでんなんてどうだ?」
とリリーに声を掛けた。
「『おでん』ですか?」
と、また「?」という顔になるリリーに、
「ああ、なんというかエルドワス風のポトフだ」
と微妙な説明をする。
その説明にリリーは、
「はぁ。まぁ寒い時期には合いそうですね」
とややピンと来ていないような言葉を返してきたが、私の胸元でチェルシーが、
「にゃ!」(良いな!)
と言うと、
「チェルシーちゃんがそう言うなら美味しいんでしょうね」
と苦笑いを浮かべながら、おでんを食べようという私の意見を受け入れてくれた。
さっそくその店の縄のれんをくぐり、いつものように、
「猫がいるがかまわんか?」
と声を掛け、カウンターの席に着く。
すると初めておでん鍋を見たであろうリリーが、
「うわぁ、おっきいお鍋…。これがおでんなんですね!」
と驚きの声を上げた。
「ははは。これは業務用だからな。ご家庭では普通の土鍋でやるぞ」
と教えてやりつつ、
「とりあえず、ビールをくれ。あとおでんはダイコンとこんにゃく、がんもどき、あと…、お。練り物がけっこうあるな。適当に3つほどよそってくれるか?」
と注文して酒を待つ。
そして、まずはビールで乾杯すると、子弟揃って、
「「ぷはぁ…」」
と息を漏らし、うずうずしながらおでんを待った。
カウンター越しに、
「あいよ。お待ち!」
という声がしてさっそくおでんが供される。
私はそれを、
「ありがとう」
と言って受け取ると、リリーに、
「薬味にカラシをつけて食ってみてくれ」
と言い、自分はさっそくダイコンに箸を伸ばした。
「にゃ!」(我はがんもどきを所望じゃ!)
と言うチェルシーにがんもどきを取り分けてやる。
リリーは少し迷っていたようだが、
「じゃぁ私はこれにしてみます」
と言って、さつま揚げを選んだ。
「いただきます」の声がそろい、さっそくみんなでおでんを口に運ぶ。
「あふっ!」
とリリーが最初の感想を口にした。
「ははは。気をつけろよ」
と微笑みつつ、私も熱々のダイコンを口に入れる。
すると熱々のダイコンの中からしっかりと滲みた出汁がじゅわりと溢れ出してきて、私の口いっぱいに広がった。
「はふはふ」しながらダイコンを食べ、なんとも言えないほっこりとした気持ちになる。
そして、ビールを飲みながら、
(次は日本酒こと米酒だな)
と次の一杯を決め、またダイコンを「はふはふ」言いつつ頬張った。
やがて、卵や白滝、牛筋にちくわといった定番からトマトやロールキャベツなんかの変わり種までじっくり楽しみつつ熱燗をちびちびやっていると、リリーが、いかにもほろ酔いでいい感じになりつつ、
「これはあったまりますねぇ、師匠」
と、しみじみした口調でおでんの感想を述べてきた。
「ははは。あんまり飲み過ぎるなよ」
と軽く窘めつつ、自分は熱燗をちびりとやる。
そして、そろそろ腹もいっぱいになってきたというところで、
「大将、湯飲みをもらえるか?」
と頼んだ。
「食後のお茶ですか?」
と聞くリリーに、
「いや。〆に出汁割を飲もうと思ってな」
と少しにやっとした顔でリリーに未知の存在を教えてやる。
するとやはりリリーは頭の上に「?」を浮かべ、
「出汁割ですか?」
と聞いてきた。
「ああ。米酒を出汁で割って飲むんだ。〆にちょうどいいぞ」
と言って、さっそくやって来た湯飲みに徳利から米酒を入れ、おでんの皿から出汁を注ぎ入れる。
そしてそれをゆっくり味わうと、
「ふぅ…」
と満足の息を吐いた。
それをみて興味をそそられたリリーも同じように出汁割を作り始める。
そして、私と同じようにゆっくりそれを口に含むと、やはり、
「はふぅ…」
と満足の息を漏らした。
そんな私たちの間で、すっかり満腹になったチェルシーが、
「ふみゃぁ…」
とあくびをする。
のんびりとした時間が過ぎ、身も心も温まったところで、私たちはその店を後にした。
ほわほわとした気分でぬくぬくとした布団を堪能した翌朝。
(そろそろ布団から出るのがおっくうになる季節だな…)
と思いつつ目を覚ます。
仕方なく布団から出て身支度を整えていると部屋の扉が叩かれ、
「お客様がいらっしゃいましたよ」
と宿の人間が来客を伝えてきた。
(早かったな)
と思いつつ、
「すぐに行く」
と返事をして宿の人間の案内で1階に下りていく。
そして、宿の食堂に着くとそこにいた中年の男を区長だと言って紹介された。
「初めまして、賢者様。区長のヤストキと申します」
と立ち上がり丁寧に挨拶をしてくるヤストキに、
「ああ。急にすまんな。賢者のジークフリートだ。ジークでいい」
と自己紹介しつつ、右手を差し出す。
すると、ヤストキはやや緊張しながらも右手を握り返してくれて、お互い席に着いた。
ややあって、宿の人間がお茶を持ってきてくれる。
私はそのお茶をすすりながら、
「ああ、なんていうか…。気楽にしてくれてかまわんぞ。むしろその方がありがたい」
と言い、軽く苦笑いを浮かべて見せた。
「祖父から聞いていた通り、気さくな方なのですね」
と言ってヤストキが困ったような笑顔を浮かべる。
そんなヤストキの言いようを聞き、私は、
「ほう。トキムネ殿の孫だったのか」
と、やや驚きつつ懐かしい顔を思い出した。
言われてみればどこか面差しが似ている。
(トキムネ殿か。懐かしいな…)
と思いつつ、ヤストキの顔を微笑ましく見つめる。
すると、ヤストキは少し困惑したような表情で、
「えっと…、いかがなさいましたでしょうか?」
と聞いてきた。
「ん?ああ、いや。ふとトキムネ殿のことを思い出してな」
と言いつつ苦笑いを浮かべる。
そんな私の言葉に、ヤストキは、
「そうでしたか。その節は祖父が大変お世話になりました」
と言い、また丁寧に頭を下げてきた。
(トキムネ殿に似て真面目な性格らいしいな…)
と、また微笑ましく思いつつ、
「いや世話になったのはこちらの方だ」
と言ってまたお茶を飲む。
そして、
「今回はマユカ殿への連絡をお願いしたい。弟子を取ったのでその紹介をしたいと伝えてくれ」
と今回この町を訪れた理由を説明した。
「さようでございましたか。かしこまりました。すぐに連絡させていただきます。おそらく数日かかると思いますので、しばらくお待ちいただくことになると思いますが…」
と遠慮気味に言ってくるヤストキに、
「それはかまわんさ。どのみちしばらくはこの町でのんびりさせてもらおうと思っていたところだ。のんびり構えているから、のんびり迎えに来てくれと伝えてくれ」
と言い私はまたお茶を飲んだ。
「かしこまりました。すぐ連絡いたしますので、しばらくの間お待ちください」
と言ってかしこまるヤストキに苦笑いを浮かべつつ、
「最近、この町の様子はどうだ?パッと見た感じ、前に来た時と変わらず平和なように思ったが」
と言って世間話を切り出す。
そんな私にヤストキは最近の町の様子や、ここ最近、海辺の町との交易が盛んになって練り物が庶民の口にも入るようになったというようなことを話してくれた。
「これもみな、勇者様や賢者様のおかげです」
と言うヤストキに、
「なに。私たちは何もしてない。頑張ったのはそこいら辺のおっちゃんやおばちゃんたちだ」
と言って、みんなが頑張ったおかげでこの世界は発展しているんだと言うことを伝える。
そんな私にヤストキは、
「祖父から聞いていた通り、飾らない方なんですね」
と、やっと少し砕けたような感じの笑顔でそう言ってくれた。
その後もしばらく世間話をしてから、役場に戻るというヤストキを見送る。
そして、部屋に戻っていくと部屋の前で、リリーとリリーに抱かれたチェルシーから、それぞれ、
「おはようございます、師匠。お話は終わられましたか?」
「にゃぁ」(いい加減、飯にせい)
と声を掛けられた。
「すまん。待たせたな」
と苦笑いでそう言っていったん部屋に入って軽く身支度を整える。
そして、みんな揃ったところで宿を出ると、
「にゃぁ」(今朝は干物を所望じゃ)
と言うチェルシーの要望を受け、さっそく朝からやっている店がたくさんありそうな市場周辺を目指して歩き始めた。
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