第110話 再びエルドワス自治区へ03
「はい」
と頭に疑問符を浮かべながらもとりあえず魔石を拾いにいくリリーの後に続き、私も適当に魔石を拾い集める。
魔石は全部で10ほどあったようだ。
そんな作業が終わると、リリーに、グリフォンの群れがいたということは近くにトレントがいるはずだ、ということを伝える。
その話を聞いてリリーは顔を青ざめさせたが、
「心配無い。露払いは私がするからな。あのまな板を試すいい機会だと思って後からついてくるといい」
と落ち着いて微笑みながらそう言ってやると、リリーは安心したようで、
「はい!」
と、いつものように元気よくそう返事をしてくれた。
すぐにサクラに跨り、グリフォンが逃げていった方角へと走る。
しばらく走ると、チェルシーが、
「にゃぁ」(あっちじゃ)
とトレントがいる方角を指し示してくれた。
「ありがとう」
と言ってチェルシーを軽く撫でてやり、サクラをそちらに向かわせる。
すると、しばらくして私たちは森の切れ目に辿り着いた。
いったんサクラから降り、リリーに向かって、
「さっきみたいに私がグリフォンを落としていくから、リリーは援護しつつ落ちたヤツを始末してくれ」
と簡単に作戦を伝える。
「はい!」
と気合のこもった返事をしてくるリリーに、
「本番はトレントだからな。前半からあまりとばし過ぎるなよ」
と軽く苦笑いで注意を与えると、また、リリーは、
「はい!」
と気合のこもった返事してきた。
そんなやる気十分の弟子を微笑ましく思いつつ、
「よし。じゃぁ、いくぞ」
と声を掛けて刀を抜いた。
それに続いてリリーも刀を抜く。
そして、お互いに視線を合わせて軽くうなずき合うと、私たちは森を出て草原の中へと駆け出していった。
「グゲェッ!」
と気持ち悪い声が上空に響き、グリフォンの群れが近づいて来る。
私はいったん足を止めると気合を入れて旋風の魔法を放った。
(5…いや、7くらい落ちたか?)
と思いつつ、すぐ次の行動に移る。
私は素早く動きながら牽制の魔法を上空に放って、グリフォンを自分の方へと誘導した。
怒り狂って襲ってくるグリフォンを次々に魔法で落としていく。
(ここで、地上のことを心配しなくていいのは楽でいいな…)
と、リリーの存在をありがたく思いつつ、攻撃を続けていると、やがて残り5羽ほどになったグリフォンがやや慌てた感じでこんもりとした森の中へと逃げ込むように入っていった。
(あそこか…)
と思いつつその茂みを見る。
以前狩ったトレントよりその規模がひと回り大きいようだ。
(エルダーだったか)
と思いつつ、まずは牽制の意味を込めて業火の魔法をその森に向かって叩き込んだ。
業火の魔法がまっすぐ森に吸い込まれあっと言う間に木を灰にしていく。
そして、その魔法が通った後にはぽっかりと穴が開くように道が出来た。
やがて、私の後に駆け寄ってきたリリーに向かい、
「いいか。トレントはよく燃える。しかし、普通の木と違って簡単には燃え広がらないから、安心して火魔法が使えるんだ」
とトレントの特性を教えつつ、
「準備はいいか?」
とリリーに声を掛ける。
するとリリーは、
「はい!」
と気合のこもった返事をし、まな板を手にした。
私もまな板を手にし、先ほど出来た道に突っ込んでいく。
私が森の中に入ると、途端にボコボコと音を立て始め、そこらじゅうから木の根が飛び出してきた。
「足元に気をつけろよ!」
と言いつつ、襲い掛かって来る木の根をまな板ではじき刀で斬っていく。
後で時々、
「おわっ」
というような声が聞こえるが、どうやらリリーもなんとかついてこられているようだ。
そんな光景を、
(私も最初は苦労したんだったな…)
と懐かしく思いながら、また業火の魔法を放つ。
すると私の目の前でうごめき、こちらに襲い掛かろうとしていた木の根が先ほどと同じようにたちまち灰になり、また目の前に道が出来た。
「もう少しだ!」
と後ろのリリーに声を掛け、さらに奥へと進んでいく。
すると、今度は木の枝が鞭のようにしなりながら襲い掛かってきた。
(うざい!)
と心の中で叫びつつその枝をまな板ではじき、今度は旋風の魔法を放つ。
すると私の進む道の先にあった枝がことごとくちぎれ飛び、また真っすぐな道が出来た。
それを見て一気に駆け出す。
後からリリーも遅れずついて来ているようだ。
そんな気配を背中に感じつつ、時折刀を振るってどんどん森の奥に進んでいく。
そして私が、
(そろそろか…)
と思っていると、私の目の前に直径3メートルはあろうかという巨木が姿を現した。
(ここは焼かずに慎重に倒そう)
と考え、まずは根本に風の刃の魔法を叩き込む。
すると、
「グオォォ!」
と唸るような声が響き、その大木の枝が急に伸びて私に襲い掛かってきた。
私はそれをまたまな板で冷静に捌きつつ刀で斬っていく。
そして、その枝を何本か斬り落としたところで、
(そろそろいいか…)
と思い、もう一度先ほどよりやや多く魔力を込めた風の刃の魔法を根元に向かって叩き込んだ。
今度は、
「ギエェ!」
と先ほどより少し弱々しい感じの悲鳴が上がる。
私は、
(よし。効いてるな)
と思いつつ、次々とその根元に魔法を撃ち込んでいった。
やがて、幹の半分ほどが削れたのを見て、
(ここだ!)
と渾身の一撃を叩き込む。
すると、目の前にあった大木が見事に両断され「バキバキ」という音を立てながらゆっくりと倒れていった。
「ドシン!」と大きな音を立てて大木が地面に横たわる。
私はすかさずその大木に乗っかると、その上を真っすぐに駆け、まるで人の顔のような配置で空いた木の洞のちょうど中間、つまり眉間の辺りに刀を突き刺した。
「ギエェ!」
といういかにも断末魔のような悲鳴が上がる。
そして、先ほどまでジタバタと動いていた木の枝が沈黙し、大木がまるで化石のようにからからの状態に変わった。
「ふぅ…」
と息を吐いて腰の辺りを軽く叩く。
そんな私のもとにリリーが、
「お疲れ様です、師匠!」
とやや興奮したような表情で駆け寄ってきた。
「どうだ?ちゃんと見られたか?」
と微笑みながら聞く。
するとリリーはパッと明るい表情になり、
「はい!しっかりとこの目に焼き付けました!」
と、まるで初めておとぎ話の絵本を見た子供のような目でそう言ってきた。
そんなリリーの態度に苦笑いを浮かべつつ、
「今回は少し素材が欲しかったからあえて風魔法を使って倒したが、面倒ならいきなり火魔法で焼いても構わんぞ。…と言っても、まぁ、エルダートレントを一気に焼き尽くすにはそれなりの威力が必要だがな」
と今回の戦いを振り返り簡単な解説をする。
するとリリーの表情が一気に青ざめ、
「え、えるだー…」
とつぶやいた。
「ん?ああ。そうだ。こいつはエルダートレントだったな」
と、このトレントは普通のトレントじゃなくエルダートレントだったと教えてやる。
そして、ついでと言わんばかりに、
「ちょうど新しい木刀の素材が欲しいと思っていたところだ。ちょうどよかったな」
と言って微笑みかけると、リリーは顔を引きつらせ、
「あはは…」
と力なく笑った。
とりあえずからからの状態からついには灰になってしまったエルダートレントの残骸の中から魔石を取り出す。
そして、その辺に転がっていた枝を抱えられるだけ抱えると、私たちはすっかり静かになったエルダートレントの森を出ていった。
森を出てサクラとアクアの出迎えを受ける。
どうやら待ちきれなくて、走ってきたようだ。
そんな2人を目一杯撫で、その場に腰を下ろす。
私が、
「今日はここで野営だな」
と言うと、リリーがほっとしたような顔を浮かべて、
「はい。ありがとうございます」
と礼を言ってきた。
「ははは。さすがに疲れただろう。今日はゆっくり休むといい」
と言って、まずはお茶の支度に取り掛かる。
そして、リリーにお茶を渡しつつ、
「今日は私が料理するからゆっくり休んでてくれ」
と言うと、遠慮するリリーを手で制してさっさと料理の準備に取り掛かった。
適当に切った野菜とベーコンでスープを作りしばし煮込む。
煮込んでいる間にチーズを絡めたショートパスタも作った。
(なんだか久しぶりに料理をした気がするな…)
と最近料理をリリーに任せっぱなしになっていたことを少し反省しつつ出来上がった料理を皿に盛ってリリーとチェルシーに渡す。
そして、
「さぁ、食べようか」
と微笑みながら2人に声を掛けると、
「いただきます!」
「にゃ」(いただきます)
という2人の声がそろって楽しい食事が始まった。
いつものように明るい笑顔が焚火に照らされる。
リリーもチェルシーもそろって私の料理を美味しいと言ってくれた。
楽しい会話が草原に響き、夜空に溶けていく。
(さて。明日からまた旅だな)
と思うと自然と笑みがこぼれた。
月が煌々と輝く。
そんな夜空の下、その日も無事、夜が更けていった。
翌朝。
辺りの鎮静化作業をこなしてから帰路に就く。
無事、依頼を出してきた村に戻ると、村長が涙目になりながら私たちを出迎えてくれた。
「すまん。心配をかけたな」
と言う私に、村長は涙を拭いつつ、
「いえ。ご無事でなによりでした」
と言ってくれる。
私たちはそんな純朴で優しい村長に好感を持ちつつ、まずは村長宅に行き、森の状態を報告した。
カエルのみならず、多くの魔物、特にエルダートレントが発生していたという報告に村長は顔を青ざめさせる。
しかし、私が、
「無事討伐したからもう大丈夫だ」
と伝えると、なんとか安堵の表情を浮かべてくれた。
「これからは、新人冒険者でいい。定期的に薬草採取の依頼でも出して森の中を見回るようにさせてくれ」
と伝えて村長宅を後にする。
そして、村の門まで見送りに来てくれた村長に丁寧な別れの挨拶をすると、私たちはまた旅の空へと戻っていった。
「なんだか、気持ちがいいですね」
と言うリリーに、
「ああ。ああして誰かの役に立つというのは良いことだ。冒険者であってもこの社会の一部だということを忘れず仕事をしていくことが大事だぞ」
となんとなく師匠らしいことを言う。
そんな私にリリーは、
「はい!」
という真っ直ぐに返事をしてくれた。
そんな真っすぐな弟子の返事を快く思いつつ街道へと続く田舎道を進む。
気が付けば季節はいつの間にか進み、私たちの周りに広がる畑の麦は黄金色に輝いていた。
(冬になる前にエルドワス自治区にたどり着かねばな…)
と思いつつものんびりと進んでいく。
すると私の前でチェルシーが、
「ふみゃぁ」
と、あくびをした。
(のんきなもんだ)
と自分のことを棚に上げてそんなことを思い目を細める。
そして、
「早く納豆を食べてみたいです」
と笑顔で言うリリーのことを微笑ましく思いつつ、
(まったく、誰に似たんだか)
と思って苦笑いを浮かべた。
「ぶるる」
とサクラが楽しそうに鳴き、アクアも同じように楽しげな声を上げる。
そんなサクラの楽しそうな様子を見て、
「ははは。そうだな。楽しいな」
と声を掛けその首筋を撫でてやると、またサクラが、
「ぶるる!」
と楽しげな声を上げた。
自然とサクラの足が速くなる。
私はそれを止めることなく、サクラの好きなように進ませてやった。
ほんの少しだけ早く流れ始めた景色をのんびり眺めサクラの背に揺られる。
(さて。明日はどんなことが待っているのだろうか)
と思いつつ眺めるその長閑な田園風景はまるで今の私の気持ちを映し出したかのようにキラキラと輝いて見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます