第109話 再びエルドワス自治区へ02

翌朝。

簡単に朝食を済ませ、

「さて。行こうか」

と何気なくリリーに声を掛ける。

その問いかけにリリーはやや緊張した面持ちで、

「はい」

と答えてきた。

「なに。そんなに緊張するようなことじゃないさ。ただし、魔法の使い方はよく見ておくようにな」

と少し師匠らしいことを言って、さっそく出発する。

「ひひん!」

と楽しそうに鳴いて進むサクラの背にしばらく揺られていると、わりと大きな沼地に出た。

「にゃぁ」(さっさと済ませてこいよ)

と面倒くさそうに言うチェルシーを軽く撫でてやってサクラから降り、沼地へ近づいていく。

するとある程度近づいたところで、

「ゲコゲコ!」

という悪意に満ちた大合唱が始まった。

(相変わらずうるさいヤツらだ…)

と思いつつ、リリーの方を振り向き、

「水魔法というのは風魔法より繊細な魔力操作が必要になるからな。その辺りをよく見ておいてくれ」

となんとなくコツのようなものを伝える。

それにリリーは、まじめな顔でうなずくと、

「はい」

と神妙な感じで返事をした。

そんなリリーにうなずき返し、どうみても木刀にしか見えない杖を構える。

そして、一気に集中を高めると自分の周囲に無数の水の球を浮かべて見せた。

「いきなりは無理かもしれんが、とりあえず最初はこのくらいの数を操るのを目標にがんばってみてくれ」

とリリーに声を掛け、その水の球を一気に射出する。

すると、それまで「ゲコゲコ」とうるさかったカエルの大多数が沈黙し魔石に変わった。

「…すごいです、師匠」

とリリーが感心した顔で単純な感想を述べる。

それに私は、

「まだまだだ」

と言ってさらに多くの水の球を浮かべると、それこそ五月雨式にカエルに浴びせかけ、次々と沈黙させていった。

やがて、カエルの鳴き声が消える。

その状況を見て私はいったん撃ち方を止めると、

「カエルは残党狩りが重要だ」

と言って今度は土魔法を発動し、自分の足元を固めつつ沼地の中央へと進んでいった。


しばらく残党狩りをして周りの気配を確かめる。

どうやらカエルは全て魔石に変わったようだ。

私はその状況をしっかり確かめると、

「ふぅ…」

と軽く息を吐いて、リリーの方を振り返った。

「こんな感じだ。ちょっと練習してみるか?」

と声を掛け、リリーに挑戦を促がす。

その声にリリーは、

「はい!」

と力強く答えて、私の前に進み出た。

「…集中…」

とつぶやきリリーがロッドを構える。

するとリリーの魔力が高まり、目の前にバスケットボ―ル大の水の球が浮かび上がった。

「もっと小さく」

と声を掛けるが、どうやら苦戦しているようだ。

その様子に私は内心はらはらしつつも、頑張って水魔法を習得しようと集中している弟子の姿を見守った。

「くっ…」

とリリーが声を漏らす。

水の球はほんの少し小さくなったが、どうやらそれが今のリリーの限界のようだった。

「よし。とりあえず撃ってみろ」

と声を掛け射出を実践させてみる。

「…はい!」

とリリーはやや苦しそうな声を上げつつ、その水の球を遠くに向けて勢いよく放った。

「うわっ…!」

と声を上げてリリーがよろける。

私はそれを素早く支え、急いで防御魔法を展開した。

「ドンッ!」

と爆発するような音が辺りに響き、目の前の沼地がえぐれる。

私は、内心、

(あちゃぁ…)

と思いつつも、とりあえずリリーに、

「まぁ、これからだ」

と苦笑いでそう声を掛けた。


「すみません…」

と言ってやや落ち込んだような表情を見せるリリーに、

「最初から上手くいくはずはないさ。とりあえずコップの中の水を動かすところから始めて徐々に自分のものにしていこう」

となるべく優しく声を掛ける。

その言葉にリリーは少し悔しそうな顔をしながらも、

「はい!」

と力強くそう答えてくれた。


とりあえず、目についた魔石を拾ってチェルシーたちのもとに戻る。

すると、いつものようにサクラの鞍に取り付けられた専用席の中で丸くなっていたチェルシーから、

「にゃぁ」(まちっと、静かにせい)

という苦情が寄せられた。

「まぁ、そういうな。初めての挑戦には失敗が付き物だ」

と言いつつ宥めるようにチェルシーを撫でてやる。

リリーも、

「ごめんね」

と謝って、チェルシーを軽く撫でた。


「…にゃぁ」(…まぁよい。精進しろよ、小娘)

と、やや不貞腐れたような表情を見せつつもリリーを励ますチェルシーに微笑ましさを覚えつつ、お茶を淹れる。

そして、その後はお茶を飲みながら、あれこれ聞いてくるリリーの質問に答えしばらくその場で休憩を取った。


やがて、リリーの体力が回復してきたことを確認し、その場を後にする。

私が、

(あのカエルの数といい、これだけ浅い場所に出てきたことといい、おそらく奥は厄介なことになっているんだろうな…)

と心の中でそっとため息を吐きついていると、リリーが、

「奥に何かあるんでしょうか?」

と少し緊張しながらそんな質問をしてきた。

「ああ。おそらくな」

と答えて、苦笑いを浮かべる。

「なんだか緊張してきます…」

と言うリリーに、

「まぁ、いざとなったら私がなんとかする。リリーはいつも通りを心掛けてくれ」

と、なるべく冷静にそう答えると、リリーは緊張しつつも、さきほどよりも少し割り切ったような感じで、

「はい!」

と明るく返事をしてきてくれた。

そんな弟子の様子に安心しつつ先を急ぐ。

すると、そろそろ昼の時間になるだろうかという所で、チェルシーが、

「にゃ」(豚じゃ。さっさと片づけるがよいぞ)

と、いかにも面倒くさそうな顔でオークがいると教えてくれた。


「あいよ」

と答えてチェルシーが指し示す方向に進んでいく。

すると間もなくオークの痕跡を発見した。

(本当に、どこにでも湧いてくるよな…)

と思いつつ、その痕跡を辿り、リリーに相手をさせる。

当然リリーは難なく倒し、そこで昼の休憩をとることにした。


「このオークが原因…、ではないですよね?」

と確認してくるリリーに、

「ああ。もう少しデカいのが相手だろうな」

と答えつつ定番のチーズドックを頬張る。

そんな私にリリーは、

「緊張しますけど、あの村のためにも頑張らなきゃですね!」

と、いつもの明るい調子でやる気に満ちた答えを返してきた。

私はそんな弟子の真っすぐな心意気を嬉しく思いつつ、

「ああ。こういうのも冒険者の大事な務めだ。忘れるなよ」

と答えて微笑みかける。

そんな私にリリーは、

「はい!」

と真っすぐな視線を向け、そう返してきた。


やがて、チーズドックを食べ終わり、また奥を目指して歩を進める。

そして、その後は何事も無く進むと、またいつものように適当な場所で野営の準備に取り掛かった。


交代で体を休めて迎えた翌日。

日の出と同時に行動を開始する。

おそらくこの騒動の大元がいるとすればかなり奥の方だろうという予測のもと、私たちはやや急ぎ足で森の奥を目指していった。


適当に魔物の相手をしながら進むこと3日。

「にゃ」(おったぞ)

というチェルシーの声を聞き「やれやれ」といった気持ちでその指し示された方向に進んでいく。

すると、ある程度開けた場所に出た途端、空から、

「グゲェッ!」

という声が聞こえてきた。

(やっぱりか…)

と思いつつも急いでリリーに、

「グリフォンだ!」

と敵の正体を教えてやる。

そして、私たちに気付き急降下しながら襲ってくる1匹のグリフォンに向かって魔法を放つと、とりあえずその個体を地面に落とし、他の個体の襲撃に備えた。

サクラとアクアを木陰に避難させ、刀を抜く。

そして、

「サクラとアクアを守れ。牽制だけでかまわん。後は任せろ」

とリリーに指示を出して私はそのままその開けた場所の中央へと走っていった。


上空で怒ったような鳴き声をあげるグリフォンをしっかりと睨みつけ、牽制の魔法を放つ。

するとヤツらはさらに怒り狂い、私めがけて急降下してきた。

そんなヤツらに次々と魔法を撃ち込んでいく。

ある者は地面に叩きつけられ、ある者は魔石に変わった。

地面の上でジタバタしているヤツには目もくれず上空にいるヤツめがけて魔法を放ち続ける。

すると、しばらくして上空にいたグリフォンたちはどこかへと飛び去っていってしまった。

(なるほど。あっちか…)

と、その飛び去る方向を見定めつつ、地面にはいつくばっている個体を魔石に変えていく。

そして、全てのグリフォンが魔石に変わると、私はリリーたちのもとに戻り、

「魔石を拾い終えたら、ちょっと遠乗りだ」

と苦笑いでそう言った。

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