第108話 再びエルドワス自治区へ01
私たちにしてはまっすぐに進み、1か月ほどでルネアの町に入る。
まずは適当な宿を取りそこで体を休めると、翌朝、私たちはさっそくドワイトの店へと向かった。
相変わらずぼろい店の扉を開け、
「ジークだ。出来てるか?」
と声を掛けると、店の奥から、
「おう。ちょいと待ってな!」
というダミ声が返って来た。
適当に店の中に置いてあるナイフなんかを見つつドワイトを待つ。
すると、ややあって店の奥から汗を拭きつつドワイトがなにやら箱を持って出てきた。
「ほれ。確かめてみな」
と言いドワイトがリリーの方に箱を差し出す。
「ありがとうございます!」
と言ってリリーは箱を受け取るとさっそく中からまな板を取り出して手に取った。
「うわ…っ」
と言ってリリーが驚いたような表情を浮かべる。
きっと思ったよりも魔力を持っていかれて驚いたのだろう。
その表情を見て、ドワイトが、
「けっ。精進しな」
と悪態とも励ましともとれるようなことを言った。
「はい!」
と元気に満面の笑顔でリリーが返事をする。
その顔を見て、ドワイトが、
「師匠も師匠なら弟子も弟子だな」
と言って、苦笑いを浮かべた。
無事、まな板を受け取り店を出る。
「さて。まずは市場で買い物だな」
と言って、さっそく市場がある方へ足を向ける。
すると私の胸元でチェルシーが、
「にゃぁ」(串焼きを所望じゃ)
とさっそく市場での買い食いを要求してきた。
「ははは。さっき朝飯を食ったばかりだろう」
と返すと、
「にゃぁ」(串焼きは別腹じゃ)
と少し怒ったような声が返って来る。
私はそれに、
(おいおい。それを言うならケーキだろ…)
と心の中で突っ込みつつも、
「ああ。わかった」
と苦笑いで返し、チェルシーを軽く撫でてやった。
やがて、チェルシーご所望の串焼きを始め、ちょこちょこと買い食いをして市場を楽しみ、いったん宿に戻る。
私たちは午後を荷物の整理とそれぞれの休息にあて、少しのんびりとした時間を過ごした。
夕方。
宿の窓から西日が差してきたころ。
昼寝をしているチェルシーに、
「そろそろ風呂の時間だがどうする?」
と聞く。
すると、チェルシーはやや面倒臭そうな感じで、
「にゃぁ…」(うむ。小娘を呼んでくるといいぞ)
と言いリリーと一緒に風呂に入ると申し出て来た。
「ああ。わかった」
と言って、適当に風呂の道具を取り出しリリーの部屋を訪ねる。
そして、チェルシーをリリーに預けると、私たちは連れ立って銭湯へと向かった。
風呂から上がり銭湯の待合でリリーやチェルシーと合流する。
私が、
「さて。飯だな」
と言うと、チェルシーが、
「にゃぁ」(今宵はカツにせい)
と言ってきた。
(なるほど、今日はがっつり肉が食べたい気分だったのか)
と思いつつ、
「あいよ」
と気軽に答えて銭湯を出る。
そして、私たちはそれらしい店がありそうな路地を目指し、夕暮れの町へと繰り出していった。
「ふぅ…。ちょっと食い過ぎたな…」
と言って腹をさすりつつ店を出る。
「美味しかったですよね。特にあのヒレカツ。とっても柔らかでした」
とリリーがいかにも腹いっぱいというような感じでそう言うと、私の胸元でチェルシーも、
「にゃぁ」(うむ。あのチーズを挟んだヤツも美味かったぞ)
と満足そうに料理の感想を述べた。
(調子に乗って盛り合わせを頼んでしまったが、ついつい食い過ぎてしまった。そろそろ節制しなきゃいかん歳なんだろうがな…)
と苦笑いでまた腹をさする。
そして、私はアルコールで火照った頬を風に当て冷ますような心持でゆっくりと歩きながら宿へ戻っていった。
翌朝。
軽く準備を整え、さっそくルネア町を出る。
「納豆。楽しみです!」
と言うリリーの発言になんとも言えないおかしさを感じつつ街道に出ると、私たちはいつものようにのんびりとした歩調で進み始めた。
順調に進むこと20日。
適当な宿場町に入り軽くギルドの依頼を見てみる。
(さて。なにも無ければいいが…)
と思って依頼票を見ていると、私の横でりり―が、
「師匠。これって受けた方がいいやつですよね?」
と一枚の依頼票を指さしつつそう聞いてきた。
「ん?」
と言いつつ「どれどれ」という感じでその依頼票を見る。
すると、そこにはカエル討伐という依頼が書かれていた。
「お。よく見つけたな。偉いぞ」
と、なんだか子供を褒めるような感じでリリーを褒めてやる。
そんな私の言いぐさにリリーは少し照れたような感じながらも、嬉しそうに、
「えへへ…」
と子供っぽくはにかんで見せた。
さっそくその依頼票を持って受付にいく。
そこで状況を聞いてみると、やはり人気の無い依頼だけあって、受け手が見つからず困っていたということだった。
(まったく。こういう仕事もちゃんと受けるのが、冒険者の義務ってものだろうに…)
と心の中でそっと嘆きつつ、その依頼を受ける。
そして、私たちはとりあえず市場に向かうと、少し食料を買い足し、適当な宿に入った。
翌朝。
さっそく依頼のあった村に向けて出発する。
途中、野営を挟みつつ進み、翌日の昼前にはその村に到着した。
さっそく村長宅を訪ねて、依頼を受けたことを伝える。
すると村長は少し大げさなくらい喜んでくれて、
「ささやかですが、昼食をお召し上がりください。詳しいお話はその時させていただきます」
と言って、私たちを昼食に招待してくれた。
田舎風のなんとも滋味深いクリームシチューをいただきながら話を聞く。
村長曰く、森のやや深い場所、狩人たちがたまに出入りするところにある沼地に最近になってカエルの魔物が出没するようになってしまったのだとか。
今のところ数はそれほど多くないらしいが、放っておけばそのうち手が付けられなくなってしまうのではないかと心配していたとのこと。
村長は私たちを見ながら本当に安堵したような表情でそんな状況を話してくれた。
話を聞き終え、
「カエルのついでに森の奥までいって様子を見てこよう」
と少し森の奥まで調査にいってくるということを告げる。
すると村長は少し驚いたような顔をして、
「ありがたいことですが…」
と少し言い淀むような感じで、私の方に視線を向けてきた。
その視線に私は苦笑いを向けつつ、
「ああ。報酬のことなら心配いらんぞ。カエルの分だけでいい」
と言って村長に安心しろと告げる。
その言葉に安堵した表情を浮かべつつも村長は、
「申し訳ございません。見ての通りそれほど豊かな村ではありませんので…」
と少し恥ずかしそうな感じでそう言ってきた。
「なに。弟子の修行も兼ねてちょっと散歩してくるだけだ。気にしないでくれ」
と軽く答えつつ微笑んで見せる。
その言葉に村長は嬉しそうな顔を見せ、
「ありがたいことでございます」
と言い、頭を下げてきた。
「なに。たいしたことじゃないさ」
と、やや照れながら言って村長に頭を上げてくれるよう促す。
そして、昼が終わると、なんなら泊っていってくれという村長に丁寧な断りを入れて、私たちはさっそく問題の場所を目指して出発していった。
その日は森の入り口で野営になる。
リリーが作ってくれたポトフを食べながらなんとなく地図を眺め、明日からの行程を思い描いた。
カエルが発生しているという場所には急げば明日にも到着するだろう。
しかし、夜戦は避けたいからその手前でまた野営をすることになりそうだ。
(カエルなら水魔法の使い方を見せるいい機会になるな…。なんなら戦いが終わった後練習させてみよう。おそらく、一度でなんとなくは覚えるだろうが…)
と物覚えのいい弟子のことを思いながら、そっと苦笑いを浮かべる。
そんな私にリリーが少し緊張したような面持ちで、
「私、カエルって初めてなんですけど、どう戦ったらいいんですか?」
と聞いてきた。
「ん?まぁ、最初は見ていてくれ。なに、数が多いだけでたいしたことはない。魔法の練習にはちょうどいいだろうさ」
と気軽に答える。
するとリリーは少し苦笑いを浮かべつつも、
「はい」
と、いつものように元気よくそう答えてくれた。
翌日は一日歩き、目撃があった地点の手前で野営にする。
「さて。明日だな…」
とつぶやくとチェルシーが、
「にゃぁ」(けっこううようよおるぞ)
と嫌な言葉を返してきた。
「マジか…」
と言いつつ軽くため息を吐く。
「たくさんいるんですか?」
と少し青ざめた感じで聞いてくるリリーに、
「ん?ああ、いや。心配はない。ただ面倒だと思っただけだ」
と苦笑いで返して、心配ないことを伝えてやった。
「そうですか…」
とそれでも心配そうなリリーに、
「あいつらは魔法に弱い。明日は水魔法の見本を見せるからよく見ておいてくれ」
と言って微笑みかける。
すると、リリーは、
「はい!新しい魔法、楽しみです!」
と言ってとたんに嬉しそうな表情になった。
そんなリリーのことを微笑ましく思いつつ、
「とりあえず飯にしよう」
と言って準備に取り掛かる。
その日はベーコンをたっぷりと使ったジャーマンポテトとスープで腹を満たし、交代で見張りをしながら体を休めることにした。
夜中。
リリーが休んでいる横で焚火の世話をしながらゆっくりとお茶を飲む。
(この子はいったいどこまで育つんだろうか…)
と思いつつ微笑ましい気持ちでリリーを眺めていると、その横でチェルシーが気持ちよさそうに、
「ふみゃぁ…」
と寝言を言った。
「ふっ」
と笑みを浮かべてお茶を飲む。
静かな森の中には薪がはぜる小さな音だけが響き、その夜は何事も無く更けていった。
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