第107話 また、まな板を作ろう04
私も手伝ってミノタウロスを解体し、その日はそこで野営にする。
ジュージューと音を立てて焼かれていくミノタウロスの肉を私たちは喜んで頬張ったが、リリーはどこか冴えない表情をしていた。
「気にすることないよ」
とオフィーリアはそう言ってリリーを慰めるが、私はあえて、
「そろそろ守られて戦うことから脱却することを考えた方がいいかもしれないな」
と少し厳しい言葉を送った。
「…はい」
と言ってリリーがうつむく。
そんな私にオフィーリアは少しむくれたような表情で、
「あのねぇ…」
と言い軽くため息を吐いた。
私はそんなオフィーリアの態度から、何を言いたいのか察し、
「…厳しすぎただろうか?」
と反省しながらそう訊ねる。
そんな私にオフィーリアはまたため息を吐き、
「まったく…」
と呆れたような視線を送ってきた。
「私が見た感じ、リリーちゃんはまだひよっ子じゃないか。そんな子にいきなり守りながら戦えって言うのはいくらなんでも厳しすぎると思うよ」
というオフィーリアのお叱りを受け、少ししょんぼりした気持ちで肉をつまむ。
そんな私にオフィーリアは続けて、
「だいたいジークは要求が高すぎるんだよ。師匠ってのはもっとどっしり構えて弟子の成長をゆっくり見守ってあげなきゃ」
と言ってきた。
「…すまん…」
と力なくつぶやいて、また肉をつまむ。
そんな私にオフィーリアはまたまたため息を吐いて、
「ちゃんとわかってるのかい?」
と、軽くにらむような視線を私に送ってきた。
「あ、ああ。もちろんだ」
と、やや慌てて肉を飲み込みそう答える。
するとオフィーリアは本日何度目かのため息を吐き、リリーに向かって、
「ジークはああ言ってるけど、リリーはよく頑張ってる方だと思うよ。パーティー戦ってのは慣れるまで時間がかかるものさ。なにせ場数が必要だからね。なに。筋は悪くないんだ。そのままゆっくり進んで行けばいいんだよ」
と優しく慰めるような言葉を掛けてくれた。
そんな言葉を受けてリリーが、ほんの少し笑顔を作って、
「はい」
と答える。
その顔を見て、オフィーリアはほんのちょっと苦笑いを浮かべると、
「ほら。お肉が焦げちゃうよ。2人ともしっかり反省したんだからしっかり食べなきゃね!」
といつもの明るい調子でそう言い、私たちの皿にどんどん肉を取り分け始めた。
「にゃ!」(おい。我にもよこせ!)
とチェルシーが抗議の声を上げる。
私はその光景になんとも言えない苦笑いを浮かべると、
「そうだな。ちょっと焦り過ぎていたよ」
と素直に反省の弁を述べてとりあえず肉を口に運び始めた。
翌日。
さらに進み、またミノタウロスの痕跡を発見する。
(3匹くらいか。さてどうするか…)
と思っていると、オフィーリアがリリーに向かって、
「今度は落ち着いてできるかい?」
と優しく声を掛けてくれた。
「はい!」
とリリーがやる気に満ちた返事をする。
その表情を見てオフィーリアはいつものようにニカッと笑うと、
「いいね!じゃぁ、守りのことは気にしなくていいから、自分の思うようにやってごらん。きっと昨日より上手にできるはずだよ」
とリリーを励ますようにそう言ってくれた。
そんな様子にほっとしつつ、こちらに視線を送ってきたリリーに軽くうなずく。
するとリリーは嬉しそうに微笑み、いつものように慎重な姿勢で、ミノタウロスの痕跡を追い始めた。
しばらく進んで、ミノタウロスを発見する。
予想通り数は3。
それを見たリリーは緊張した様子でオフィーリアに視線を送った。
その視線にオフィーリアがしっかりとうなずく。
そのうなずきにリリーもしっかりとうなずき返して、
「まずは魔法で1匹黙らせます」
と力強い言葉でそう言うと、それにオフィーリアが、
「おう」
と返して作戦が決まった。
オフィーリアが突っ込むのと同時にリリーが魔法を放つ。
その風の矢は当初の宣言通り、ミノタウロスの心臓の辺りを正確に射抜いて、まずは1匹目を沈黙させた。
(うん。落ち着いてよく狙えたな)
と、ほっとしながらその後の戦いを見守る。
昨日とは違い、リリーはミノタウロスからやや距離を取って、1匹を魔法で牽制し始めた。
もう1匹の方をオフィーリアが食い止める。
それを見てリリーは躊躇なく突っ込んで行くと、まずはオフィーリアが止めているのとは別の個体へとまた魔法を放った。
リリーが放った風の矢が太ももの辺りをえぐり、ミノタウロスが悲鳴を上げつつ膝をつく。
その様子を確認したリリーはすかさず向きを変えると、今度はオフィーリアが食い止めている個体の方へ駆け寄り、その懐に素早く飛び込んでいった。
リリーの刀がミノタウロスのひざ下辺りをスパッと斬り裂く。
どうやら昨日の一戦で刀を扱う感覚をなんとなく掴んだらしい。
(やはり飲み込みが早いな…。だから、ついつい無理をさせてしまう…)
と、弟子の優秀さと自分の至らなさを同時に思いつつその様子を見ていると、リリーは昨日のように一気には突っ込まず、距離を取ってまた先ほど魔法で足を射抜いた個体の方へ向かっていった。
また魔法を放ち、今度は胸の辺りを正確に射抜く。
私が、
(ほう。昨日の反省をよく活かしているな…)
と感心しながら見ていると、リリーはまたオフィーリアのもとへと向かい、オフィーリアが受け止めているミノタウロスの腕を手首の辺りでスパッと両断した。
「ブモォッ!」
と叫び声を上げてのけぞったミノタウロスに風の矢の魔法を放つ。
すると、その矢は過たずミノタウロスの腹をえぐって、そこであっけなく勝負がついた。
「やったね!」
と言ってオフィーリアが手を掲げる。
リリーはその手を嬉しそうに叩いてハイタッチを交わすと、
「ありがとうございます!」
と言っていつもの元気な笑顔を見せてくれた。
ひとつの目標を達成した喜びを感じつつ、楽しくミノタウロスを解体する。
そして、昨日とは打って変わって楽しい焼肉大会が開かれると、私たちは笑顔で肉を頬張り、楽しい夜を過ごした。
翌朝。
持てるだけの肉を持って帰路に就く。
帰路は順調に進み、ダンジョン前の村に着くと、私とリリーはさっそくサクラとアクアに会いに行った。
「ただいま」
と声を掛け、甘えてくるサクラをたっぷりと撫でてやる。
私たちの隣でリリーとアクアも同じように久しぶりの触れあいを楽しんでいた。
ひとしきりの触れあいを終え、宿に戻る。
そこでさっさと風呂を済ませると、私たちはさっそく食堂で打ち上げを始めた。
「乾杯!」
という声がそろい、ジョッキを傾ける。
さっそくやって来た腸詰の盛り合わせをガブリとやるとなんとも言えない幸福感が私の口いっぱいに広がった。
リリーも同じように大きな腸詰を頬張りながら、
「おいひいれふ!」
と喜びの声を上げる。
チェルシーとオフィーリアも、
「にゃ!」(美味い!)
「うん。美味しいね!」
と笑顔でそう言って、その場が笑顔に包まれた。
それからどんどんやって来る料理をみんなでワイワイと食べ、飲み、楽しい会話が繰り広げられる。
私はそんな光景を見て、
(冒険者をやっていて良かったな…)
と心からそう思いつつ、美味しくビールを飲み干し、
「お替りっ!」
と食堂の奥に向かって勢いよくジョッキを掲げて見せた。
翌朝。
ダンジョン前の村を出て街道の分かれ道でオフィーリアと別れの挨拶を交わす。
オフィーリアは私に向かって、
「わかってるだろうけど、大切に育てなよ」
と、やや真剣な目でそう言ってきた。
「ああ。もちろんだ」
とこちらも真剣に答えてオフィーリアと握手を交わす。
おそらくオフィーリアもリリーの才能に気が付いたのだろう。
私は、
(まったく。とんでもない弟子を持ったものだ)
と心の中で苦笑いをしつつ、リリーに視線を向けた。
「これからもよろしくお願いします!」
と言ってリリーが無邪気な笑顔を見せてくる。
そんな笑顔に私は、
「ああ。よろしくな」
と微笑みを返して、サクラに跨った。
街道に続く田舎道をルネアの町に向かって進む。
いつものように楽しそうなサクラの背に揺られ、これからのことを考えた。
(さて次はどうしたものか…)
と考える私に、リリーが、
「まな板、楽しみです!」
と、おかしそうな表情でそう声を掛けてくる。
「ははは。そうだな。あれはいい武器だ」
と言うとリリーはまたおかしそうに、
「まな板を武器っていうのは師匠くらいのものですよ」
と笑いながらそう言ってきた。
「ははは。そうかもしれんな」
と返して朗らかに笑う。
私たちの視線の先には相変わらずのんびりとした田舎道が続いている。
私はそののんびりとした道の先を見つめ、燦々と輝く青い麦畑のきらめきに目を細めた。
「長閑ですねぇ」
というリリーの言葉に、
「ぶるる」
と鳴いてアクアが同調する。
「ぶるる」
とサクラもどこかのんびりした調子で鳴き、
「ふみゃぁ…」
とチェルシーがあくびをした。
そんなほのぼのとした雰囲気についつい笑みをこぼす。
そして、私は、
「まな板を受け取ったらエルドワス自治区にでも行ってみるか」
と唐突に次の目的地を告げた。
「にゃぁ?」(ほう。なんでまた?)
と言うチェルシーに、
「ん?なんとなく納豆が食いたくなってな」
と冗談で返す。
「にゃ」(む。あれには最初驚かされたが、一度食べると癖になるからのう)
とチェルシーがなにやら感慨深そうな表情をしてそう答えた。
「なっとう?ですか?」
とリリーが不思議そうな感じで聞いてくる。
そんなリリーに私は、
「ああ。リリーは知らないだろうが、エルドワス自治区ではよく食べられているものだ。結構うまいぞ。…まぁ、見た目と匂いは強烈だがな」
と苦笑いしながら答える。
すると、リリーは、
「強烈…。なんだかわかりませんが、楽しみです!」
といつものように元気よくそう言ってきた。
「ははは。じゃぁ、次の目標は納豆だな」
と笑いながら答えて、サクラに少し速足の合図を出す。
その合図にサクラは、
「ひひん!」
と嬉しそうな声を上げて、少し脚を速めてくれた。
長閑な風景の中を軽快に進んでいく。
私はゆっくりと流れるその長閑な景色を見ながら、
(さて、次はどんなことがまっているのやら…)
と心の中でつぶやきつつ楽しい気持ちでサクラの背に揺られた。
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