第106話 また、まな板を作ろう03

翌日。

宿の前で待ち合わせてさっそくトルネ村の門をくぐる。

「楽しみですね!」

と笑顔で言うリリーに、

「ああ。いろいろと教えてもらうといい」

と、こちらも微笑みながら返し、私たちは和気あいあいとダンジョンへと続く田舎道を進んでいった。

途中、いくつかの宿場町を経て予定通り7日ほどでダンジョン前の村に着く。

「いやぁ。ジークと一緒だった割には順調だったね」

と、からかい気味の冗談を言うオフィーリアにこちらも、

「ははは。私だってやればできるんだよ」

と冗談を返して、さっそく宿に入った。


いつものようにゆっくりと体を休めた翌日。

さっそくダンジョンに向かって徒歩で出発する。

サクラとアクアは不満そうな顔を見せたが、たっぷりのニンジンを与えて、なんとか宥めてやった。


「にゃぁ」(肉じゃ!)

とチェルシーが嬉しそうな声を上げる。

「ははは。うちのチェルシーは今から肉が楽しみらしい」

と笑いながらオフィーリアにチェルシーの気持ちを伝えてやと、オフィーリアが、

「あはは。ずいぶんと飼い主に似たね」

と言って笑った。

「にゃぁ」(飼われてはおらんわい!)

とチェルシーが抗議の声を上げる。

私はそれを微笑みながら、宥めるように、

「いい肉が獲れるといいな」

と、ひとこと言ってチェルシーを撫でてやった。


森の中を順調に進んで行く。

やがて日が暮れかかってその日は適当な場所で野営をすることにした。

「カレーでいいですか?」

と聞くリリーに、

「ああ。いいぞ」

「お。いいね!」

とそれぞれ期待のこもった返事をして夕飯を待つ。

するとやがて、辺りに香ばしいカレーの匂いが立ち込めて来てみんなの胃を刺激してきた。


「やっぱりカレーの匂いは最強だね」

というオフィーリアの意見に激しく同意しつつ、

「リリーの料理はちょっとしたものだぞ。もしかしたらエミリアを超えているかもしれん」

と、ちょっとした弟子自慢をする。

そんな私の言葉にオフィーリアは、

「へぇ。そいつは楽しみだ」

と言って微笑み、リリーのそばに寄っていくとさっそくカレーが煮込まれている鍋を楽しそうに見つめだした。


やがて、

「できましたよ」

というリリーの声が掛かる。

その声にオフィーリアが、

「待ってました!」

と応じてさっそく米を盛った皿をリリーに差し出した。

私も米を皿に盛り、その後ろに並ぶ。

そして、リリーが自分の分とチェルシー用の小さなカレーを盛りつけると楽しい夕食が始まった。


「む。美味いじゃないか!」

と言いつつオフィーリアがカレーをがっつく。

私も思いっきり頬張りながら、

「だろ?」

と少し得意げに微笑んで見せた。

「あはは。ありがとうございます」

と言ってリリーが少し照れながら、謙遜したように礼を言う。

「にゃぁ」(うむ。いつも通りじゃ)

とチェルシーがご満悦の声を上げ、はぐはぐとカレーの入った皿にがっつき始めた。

「おいおい。また口の周りを汚すぞ」

と苦笑いで声を掛ける。

するとチェルシーが、

「にゃぁ」(そんなもの後で拭けばよいのじゃ)

と、少し怒りながらそう返してきた。

「あはは。猫ちゃんもお気に入りみたいだね」

とオフィーリアが笑って楽しく食事が進んでいく。

その日はなんとなく林間学校に来たようなワイワイとした雰囲気でみんな楽しく夕飯を堪能した。


食後。

満足した腹をさすり、お茶を飲む。

「さて。明日からどうする?」

と聞いてくるオフィーリアに、

「そうだな。今回はミノタウロスに絞ってさっさと進んでいこう」

と答えて、背嚢の中から地図を取り出しその場に広げた。

「出やすいのはこの辺りだね」

と地図を指さすオフィーリアの意見にうなずきつつ、

「じゃぁ、真っ直ぐそこを目指そう」

と言って、私も軽く場所と方角を確認する。

そんな私たちの様子をリリーは少し引きつった顔で眺めていたが、

「なに。一度経験があるんだ。普通にやれば問題無いだろう」

と私が言うと、どこか緊張気味に、

「頑張ります!」

と元気に答えてくれた。


翌朝。

さっそくミノタウロスを目指して進んでいく。

私が、

(そろそろか?)

と思っていると、案の定チェルシーが、

「にゃ」(おったぞ)

と声を掛けてきた。

リリーの表情が引き締まる。

私はその表情を見て、オフィーリアに、

「すまんが、追跡はリリーに任せてやってくれないか?」

と願い出た。

「ああ。もちろん」

と快諾しつつもオフィーリアは、

「ははは。本当に師匠になったんだね」

と少しからかい気味にそう返してくる。

そんなオフィーリアに、

「まぁな」

と少し照れながら苦笑いで返すと、私はリリーに、

「しっかりな」

と声を掛け、ミノタウロスの追跡を任せた。


時折、危なっかしい所を優しく指摘しつつ、進んで行く。

リリーは緊張しながらも、私が思ったより的確にミノタウロスの痕跡を追って行った。

(飲み込みの早い子だ…)

と感心しつつその後姿を見守る。

オフィーリアも優しい眼差しでリリーのことを見守ってくれていた。


やがて、

「師匠…」

とリリーがつぶやきつつ私に視線を向けてくる。

私はそれに「こくん」と軽くうなずき、今度はオフィーリアに視線を向けた。

「ああ。盾役に徹するよ」

と言ってくれるオフィーリアに、

「すまんな」

と軽く返してリリーに視線を戻す。

そして、

「今回オフィーリアは盾役に徹してくれる。守りのことは気にしなくていいが、ほんの少しでいい。仲間を守るということを意識しながら向かっていってみろ。大丈夫だ。いざという時は私が援護に回る。落ち着いて対処してみてくれ」

と、なるべく落ち着いた声でリリーに今回の宿題を与えた。

「はい!」

と真剣な表情でリリーがそう返事をしてきてさっそく行動開始となる。

「じゃぁ、行くよ」

とオフィーリアは軽い感じでリリーにそう伝えるとさっそく先頭に立ってミノタウロスの方へと近づいていった。


やがてミノタウロスの影が見えてくる。

オフィーリアは一瞬足を止めると、軽くリリーの方を振り返り、

「いいかい?」

と一応リリーの心の準備状況を確認してくれた。

その視線にリリーがしっかりとうなずく。

オフィーリアもまた、しっかりうなずくと、さっそく前に向き直って、

「いくよ!」

とひと言発すると、勢いよくミノタウロスに向かって突進していった。


リリーが魔法を放つ。

以前に比べてずいぶんと正確さを増した風の矢がミノタウロスの胸辺りを射抜いた。

(良い狙いだが、ちょっとずれたか?)

という私の観測通り、魔法を受けたミノタウロスが悲鳴と怒声を混ぜたような声を上げてこちらに目を向ける。

オフィーリアはその声を気にすることなくそのミノタウロスの前に出ると、まずは怒りに任せて突きこまれてきた拳をなんなく受け止めてみせた。

「いきます!」

とリリーが叫んで駆けだしていく。

身体強化を使ったリリーはオフィーリアを素早く追い抜くと、刀を抜いてミノタウロスの脛の辺りを一閃した。

「くっ!」

とリリーがやや苦しそうな声を上げる。

おそらく予想以上に魔力を持っていかれたのだろう。

(ああ、やっぱり慣れるまで実戦は待ってやった方がよかっただろうか…)

と少し反省しつつもリリーの様子を見守る。

するとリリーはなんとか踏ん張り返す刀で、ミノタウロスのアキレス腱辺りにもう一度素早く斬りつけた。

「ブモォッ!」

という声が上がり、ミノタウロスが膝をつく。

そして、リリーが一気にトドメを刺そうと突っ込みかけた瞬間だった。

ミノタウロスがその大きな拳をリリーに向けて振り下ろす。

リリーはハッとしたようにその場で足を止めたが、どう見ても避けられるような軌道では無かった。

おそらくリリーは肝を冷やしただろう。

(まったく…。だから落ち着けと言っただろう…)

と心の中で思いつつオフィーリアが回り込んでその拳を止める様子を見守る。

突然のことにリリーは手で頭をかばうような仕草をみせていたが、オフィーリアの、

「ぼさっとしない!」

という叱咤の声で、我に返ると、

「はい!」

と返事をして、ミノタウロスから距離を取った。

「落ち着いて狙いな!」

とオフィーリアがリリーに声を掛ける。

その声にリリーは、

「はい!」

と返すと、また魔法を放ってミノタウロスの目の辺りに風の矢の魔法を撃ち込んだ。

「ブモォッ!」

と声を上げてミノタウロスが仰向けに倒れる。

リリーはそれを見て、今度こそ慎重にミノタウロスに近づきトドメを刺した。


「はぁ…はぁ…」

と肩で息をするリリーにオフィーリアが近づき、

「お疲れ」

と声を掛ける。

それに対してリリーは、

「あ、あの…」

と申し訳なさそうな顔になるが、オフィーリアはいつものようにニカッと笑って、

「反省会はご飯を食べながらにしよっか」

と言い、リリーの肩を軽く叩いた。

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