第43話「連れションは良い文化だと思う」
「おい転校生! 連れション行かないか?」
講義と講義の中休み、教科書を片付けていると不意にそう声をかけられた。
見ると、自己紹介の時に月野さんと真衣華に彼氏はいるのか質問していたお調子者が立っていた。
「出たなお調子者。僕もおしっこがしたいと思っていたところなんだ、ぜひ行こう」
「お調子者ってなんだよっ、俺には
「僕は野郎の名前は覚えないことにしているんだ」
「うるせーいいから覚えろ」
「うおっ、やめてくれ。僕は男に抱きつかれたら鳥肌が立つんだ」
いつか今泉にやったこととまったく同じことをされてしまった。今泉じゃないが、なるほどこれは確かに鳥肌立つ。
「なんだよ、男同士のスキンシップだろぉ?」
「だからって抱きつくんじゃないよ」
「トイレの場所わかんないだろ? 教えてやるよ」
「それは助かる」
男二人連れ立ってトイレに行く。チャックを下ろして放尿を開始すると、
「気をつけた方がいいぜ」
「何をだい?」
「いじめだよ、いじめ。お前、自己紹介で相当目立ってたからな」
「おやこの学園はいじめが横行しているのかい?」
「まあな。皆が皆そういうわけじゃないんだけど、一部の女子連中がいじめしてるみたいなんだ」
「へえ……それは穏やかじゃないね」
「利用価値があると思われたら穏やかに暮らせるけど、あんま目立ったことをやりすぎるとターゲットにされちまうかもしれないからな」
「心配どうも。けど僕はこの通りイケメンだから女の子が相手なら逆に惚れさせる自信がある」
「いや、イケメンなのは認めるが、お前中身は残念っぽいからな……なんか心配なんだよ」
「しかし女子か。僕よりも心配なのは月野さんと真衣華だな……」
「ああ、あの二人はまず間違いなく狙われるだろうな。あんだけ可愛いんだ、嫉妬の対象にならない方がおかしい」
「僕もそう思う」
学園が初めてじゃない月野さんはともかくとして、せっかく初めて学園に通う真衣華には嫌な思いをしてほしくない。
「お前から二人にそれとなく伝えといてやってくれ」
「教えてくれてありがとう」
「いいってことよ。俺は可愛い子の味方だからな」
どうやら僕はこのお調子者の評価を改めなくてはならないようだ。彼はいいヤツだ。
「そうだ、昼飯一緒に食べない? 流石にボッチ飯は回避したい」
放尿を終え、手を洗いながら僕は竜司にそう言った。
「俺でよければ全然構わないけど、お前なら色んなやつから誘われると思うぜ?」
「僕は竜司と一緒に食べたいんだ。わざわざアドバイスもくれたことだしね」
「お前女にモテるだろ?」
「どうしてそう思ったの?」
「いやそこは否定しろよっ!」
「前までの僕なら否定したけど、最近は否定できない材料がたくさんあってね」
「普通なら俺一人よりもたくさんの人間をとるだろ」
「そうかな? 僕はどうでもいいその他大勢より、仲の良い人間一人をとっただけだぜ?」
「なんか女子は自分がそういう対象に選ばれた時に惚れるらしい」
「それどこ情報?」
「ザ・モテる男の秘訣テクニック。俺のバイブルだ」
そう言って竜司は懐から一冊の本を取り出した。実に怪しげな本だった。
「気になるなら貸してやるぜ?」
「いや結構」
教室に戻ると、月野さんと真衣華の席の周りに人だかりが出来ていた。
「やあ肉団子みたいだな」
「お前とんでもないこと言うなあ!?」
自他共に認めるイケメンである僕でも、流石にあの二人と比べてしまっては話題性に欠けるようだ。
彼女達の周囲にはクラスカースト上位と思われる明るい方々が集まり、二人に一生懸命何事か話しかけている。
一方の僕はといえば、いいヤツとはいえ竜司一人だ。結果は火を見るよりも明らかだ。
「しかし羨ましいやっちゃな。お前あの二人とルームシェアしてんだろ?」
「より正確にいうなら更にもう一人の美少女と同居してるね」
「殺してやろうか? ん?」
「聞かれたから答えたというのにそれはひどい」
「性欲の処理とかどうしてるんだよ?」
「鋼の精神で抑え込んでる」
「マジかよ!」
「というのは冗談で、個室があるからある程度はね」
「けどお風呂上がりの彼女達の姿が見れるんだろ? やっぱいい匂いすんのか?」
「彼女達は常時いい匂いがするね」
「カッー! 羨ましいぜ! 俺も可愛い子と同居してえ!」
男同士むさ苦しい会話を繰り広げていると、予鈴が鳴った。
席に戻っていく竜司を見送った僕は、スマホを手にして月野さんに「現地協力者一人ゲット」と送った。
それからつつがなく講義を終え、放課後となった。
部活に行くという竜司に別れの挨拶した僕は、月野さんと真衣華と合流して本日の成果を話し合おうと思ったのだが、残念なことに二人は未だ人だかりの中にいた。
「仕方ないな……学内を一周でもしてくるか」
適当に暇そうな学生を捕まえて案内でもしてもらおうかと思っていると、ちょうど暇そうな女の子がいたので声をかける。
「ねえ君、よかったらなんだけど学内を案内してもらえないかな?」
「え、私ですか?」
「そう、君。まだどこに何があるかわからなくてさ。もし暇だったらでいいんだ」
「私でよければ……」
「ありがとう。名前はなんていうの?」
「
純朴そうな子だった。ケバケバしさが欠片もない、今どき珍しい三つ編みガールだ。
「木乃実ちゃんか、いい名前だね。よろしく」
「よろしく、です」
木乃実ちゃんに案内されながら学内を一周する。
図書室や保健室など利用頻度の高そうな教室が紹介され、締めくくりとして、
「ここが食堂です。お昼時は結構混むから、気をつけた方がいいと思う」
案内された食堂は学園の規模から考えるとやや手狭に感じられた。
券売機に並べられたメニュー達も見慣れたものばかりで、大盛りなどといった記載もない。ひょっとしなくても、あまり力を入れていないのかもしれない。
「学食は美味しいの?」
「こんなこと言うと作ってくれてるおばちゃんに悪いけど、味はあんまり……」
「それは良いことを聞いた。お弁当を忘れないようにするよ」
やはり僕の予想通りだった。学食なのに大盛りがない時点で力の入れようは推して知るべしというやつだ。
「九条さんは、色んな学園に行っているんですか?」
「そうだね。最初の頃は全然余裕がなかったけど、慣れてくると学園それぞれの特色が見えてきて結構おもしろいんだ」
口からでまかせである。昨日一昨日で頭に叩き込んだ設定を羅列してるだけだ。
「そうなんですね。ウチの学園にも良いところあるかなあ」
「あるさ。どんな場所にも必ずいいところはあるものなんだ。僕はすでに一個良いところを見つけてるぜ?」
「え、どこですか?」
「木乃実ちゃんみたいな優しい子がいるってとこ」
「私なんて……全然優しくないですよ」
「そうかな? 初めて会った僕にわざわざ時間を割いて、こうして親切に案内してくれてるじゃないか」
「そんなの、誰だってできますよ」
「いやいや、誰にでもできることじゃないぜ。木乃実ちゃんは優しい子さ」
「そうですかね……?」
「そうさ」
もっと荒れ果てたものを想像していたが、竜司といい木乃実ちゃんといい、きちんと話しができる人もたくさんいそうだ。
「九条さんって、怖い人だと思ってました」
「僕は世界一安全な男だぜ?」
「だって自己紹介の時怖いこと言ってたし……」
「あれはふざけて言ったんだよ」
「そうなんですか?」
「そうだよ?」
あれをネタじゃなくマジにとる人がいるとは思わなかった。世の中ネタはネタであると見抜ける人ばかりではないという知見が得られたな。
「おっと、もういい時間だね。案内ありがとう、僕そろそろ行かなくちゃ」
スマホが震えている。恐らく月野さんからの呼び出しだろう。
「はい。また明日」
「うん、また明日」
そう言って木乃実ちゃんと別れた僕は先程からブーブーとやかましいスマホを手に取った。見ると、月野さんから鬼電がかかってきていた。
何事かと思い電話に出ると、
「やっと出た! 九条君、今どこにいるの!」
「食堂を出て教室に向かってるところだよ」
「早く戻ってきて! 大変なの!」
月野さんに「すぐ戻る」と伝えて電話を切った僕は人目もはばからず走った。
彼女のあの焦りよう、何かあったに違いない。そう思ったのだが、
「六花ちゃん、俺らとカラオケ行こうぜ!」
「真衣華ちゃんも一緒に行こうぜ!」
僕にしては珍しく慌てて来たというのに、どうやら陽キャグループに放課後のお誘いを受けているだけのようだった。
教室を出る前は月野さんと真衣華それぞれ別に肉団子ができていたが、いつの間にか合流していたようでひとかたまりになっている。
やれやれとため息をついていると、
「く、九条君! 助けて……!」
最早半泣きだった。真衣華もどうしていいかわからないという顔をしていたが、
「せっかくだから真衣華と一緒に行ってきたら?」
情報を集めるにはクラスメイトと仲良くなることが必須だ。せっかく向こうから親交を深めようとしてくれているなら断る理由はないだろう。そう思っての言葉だった。
「お、もう一人の転入生じゃないか。お前もどうだ?」
「僕も行っていいのかい?」
「もちろんさ、歓迎会なんだから。お前のことも探してたんだぜ? どこ行ってたんだよ」
「それは悪いことをしたね。ちょっと学内の探索に行ってたんだ」
「俺らに言ってくれりゃ案内もしてやったのに」
「今度何か困ったら頼らせてもらうよ。それはそうと、カラオケはやめた方いいかもしれないね。二人とも歌はあまり得意じゃないんだ」
月野さんが流行りの歌を歌えるとは到底思えないし、真衣華に至っては歌を知っているかどうかすら怪しい。
「そうなん? そしたらスポッチにするか?」
「それなら二人とも楽しめそうだね」
「よし決まりだな、スポッチにしよう!」
話がまとまって盛り上がっている影で、
「そもそも行かないという選択肢はないの……?」
と月野さんは最後まで渋っていた。
夏休みに夜食を買ってウキウキで帰宅したら、クーデレとかツンデレお母さんとかオタク系子犬ヒロイン達が織りなす面倒くさいハーレムラブコメが始まった。 山城京(yamasiro kei) @yamasiro
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