第二話 飴は嫌い。だって舌切るもん

「森野さん、かっこよかったな」

 偶然ぶつかってしまった不良に絡まれていた僕を、今まで話したこともなかった森野さんは、助けに来てくれた。真っ黒い長い髪を風にたなびかせて、不良の喉にカッターを突きつけた森野さんは、凄腕の殺し屋のように見えた。

 泣いている僕の目をしゃがんで覗き込み、僕を守ると言ってくれた森野さん。勢いで「よろしくお願いします」と答えちゃったけど、守るって具体的にどうしてくれるんだろう?

 サングラスかけて、真っ黒いスーツを着て、トランシーバと拳銃を装備して……いや、そんなわけないな。とにかく、明日からの学校が楽しみだ。


   *


「……ってことがあってさ、勢いで守るって言っちゃったんだよね。桜、私はどうすればいいんだろう?」

 翌日、昼休み。私は桜とお弁当を食べながら、昨日の話をしていた。

「うーん……とりあえず、一緒に帰ったらいいんじゃないかな? 私がいても問題ないよね?」

 頷きながら、今日の放課後、一緒に帰ろうと成田君を誘う自分を想像する。一体、なんて言えばいいんだ?

 外の世界は危険だから、私があなたの警護をします……とか? なんだそれ、ゾンビ映画か? デッドがウォーキングしているわけじゃないのに、私は何を言っているんだ?

 ……というかそもそも、私に守られたら、成田君、泣かなくなるじゃん。


「森野さん、一緒に帰ろう」

 私の想像の斜め上をいく展開だった。私は背負いかけたリュックを手に持ったまま、桜と一緒に呆然とした。

「えっ? 守ってくれるんじゃ……?」

 キョトンとした顔で言う成田君。私は、彼のピュアさをなめていたようだ。

「ええ、ああ、そうだね。じゃあ、一緒に帰ろうか」

「そうだね、そうしよう」


「……島原さんと森野さん、好きな食べ物は?」

 想像通りの気まずい雰囲気の中、成田君が私たちにそんな質問をする。

「私はプリンが好き……というか、カラメルが好きだな。カラメルの層とプリンの層が、逆転すればいいのになって、いっつも思ってる」

「カラメルって、お砂糖を加熱するだけでできるらしいよ」

 そう教えてくれた成田君に、桜が「本当に?」と食い気味に訊き返す。私は、真っ白いお砂糖がドロドロに溶け、茶色いカラメルになる様子を想像して、興奮していた。

「森野さんは?」

「グレープフルーツかな。噛んだ時に噴き出すあの……果汁の独特な酸味が好きなんだよね」

 果汁が血飛沫みたいでいいんだよね……とうっかり言っていたら、一巻の終わりだった。

「成田君は?」

 私が訊き返すと、成田君は「ハンバーグ」と即答した。

「死んでいった牛に思いを馳せて泣く……とかはないんだね」

「昔はそうだったけど、今はもう大丈夫」

 恥ずかしがる様子など一切なく、笑って答える成田君。ココスやびっくりドンキーのCMに涙を流していた、幼い成田君の姿を想像して、私は少し笑いそうになった。  

 その後も、好きな○○トークをしながら、私たちはあの踏切まで歩いて行った。


「それじゃ、また明日!」

 成田君と一緒に、桜に手を振る。成田君の家は、私と同じ方向にあるようだった。……いやあ、昨日フラグを立てておいて、正解だったな。


「成田君って、意外とコミュニケーション上手だね」

 梅雨の時期なのに、私たちの頭上には、雲一つない青空が広がっていた。一人で歩く時は「目的地に着くまでの時間」になる道も、誰かと歩けば、「お喋りを続けていられる時間」になる。

「悪口? 泣くよ?」

「いやいや、そんなつもりじゃないよ」

 ついつい、「ぜひお願いします」と言いそうになった。成田君は深く考え事をしているような表情で、流れる川を眺めている。……そして少しすると、ゆっくりと口を開けて、話し出した。

「僕は泣き虫な上に、体も弱くて勉強もできない。今は僕を守ってくれる家族がいるけど、いつまでも頼り続けられるわけじゃないでしょ? だから、人とのコミュニケーションも含めて、いつか一人になった時のために、できることは頑張らないといけないんだ」


 ――成田君は、私が思っているよりも、立派な人なのかもしれない。話しながら家族の死を想像したのか、少し涙ぐんでいる成田君の横顔を見つめながら、私はそう思った。

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ネジが外れてんだよ! てゆ @teyu1234

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