ネジが外れてんだよ!
てゆ
第一話 運命の赤い糸の「赤」は、血液由来だと嬉しい
小さい頃、ハマっていた遊びは、アリの虐殺。「赤ずきん」の一番好きなシーンは、猟師がオオカミのお腹を掻っ捌いて、石を詰めるところ。私は物心ついた時から、何かを傷つけたり、傷ついている何かを見たりするのが好きだった。
もちろん、犯罪になるようなことは一度もしていないし、この秘密を知る人は、私以外に一人もいない。墓場まで持って行く秘密を抱えながら、私は今日もそこそこ楽しく生きている。
私たち一年二組には、学年だけでなく、この
色白で、眼鏡をかけていて、病気がちで、小動物を思わせるような体格をしている成田君。名前に反して、健やかでもないし、太くもない彼は、いつも自分の席で本を読んで過ごしている。そして、泣けるシーンに辿り着くと、なりふり構わず嗚咽する。あの姿を見たら、子泣き爺だって泣くのをやめて、慰めに行くだろう。
涙が止まると、何事もなかったかのように、読書を再開する成田君。そうやって、自分の弱いところを曝け出して生きている彼は、意外とクラスの人気者だったりする。
人の泣いている姿を見ると、私はその背中を蹴り飛ばして、もっと激しく泣かせてやりたくなる。そして必ず、その欲求が弱まった途端に、とてつもない罪悪感に襲われるんだ。
……だけど、成田君の泣いている姿を見ている時は、そんなこと少しも思わない。彼の泣き方は、あまりにも完璧だから。成田君はいつも、私に罪悪感を感じさせず、私を満たしてくれる。
「
今日もまた、そうやって私を誘ってくれるのは、友達の
「なあ、聞いてくれよ。実は今日、廊下を歩いてたら、図体だけ無駄にでかいバカ男にぶつかられたんだよ」
……信じられないと思うけど、実はこれ、桜のセリフだ。こう見えて桜は、めちゃくちゃ短気で、腹の立つことがあると、スイッチが切り替わったみたいに、こんな口調になる。
「向こうからぶつかってきたのに、謝罪の一つもしねえで去って行ってよお、すげー腹立たねえか?」
「う、うん。そうだね」
そのかわいらしい唇から、ヤクザみたいな言葉が零れていくのが微笑ましくて、思わず口角が上がりそうになるのを必死に抑えた。
「……あっ、もう着いちゃったね。和香、バイバイ」
いつもの踏切で、桜と別れる。ここから私は、桜と歩いて来たのと同じ一・五キロくらいの道のりを、一人で歩いて行かないといけない。私も桜も自転車には乗れるんだけど、「ゆっくりお話しして帰りたい」とあのかわいい顔で言われたら、やっぱり断れない。
長い川沿いの道を歩きながら、ふと考える。「卒業までに、この横を一緒に歩いてくれる人はできるんだろうか?」と。まあ……たぶん、できないな。
クラスでの私は、「大人しい優等生」だ。いじめられることもなければ、好意を向けられることもない立ち位置。それは、私みたいな秘密を抱えている人間にとって、最も都合の良い立ち位置だ。そう、私はもう桜を警戒するので精いっぱいなんだから、桜以外の友達なんて要らないんだ。
――そんな言い訳をしながら、私はゆったりと流れる川を眺めて歩いた。歩くペースも早くなり、一人になった寂しさにも慣れた頃、私の視界の端には、ある人の姿が映り込んだ。
「えっ?」
思わず声を漏らす。私の両目は確かに、薄暗い橋の下で、不良のような男子に囲まれている成田君を映していた。
筆箱からカッターを取り出して、土手の階段を下って行く。
(……なんてラッキーなんだろう、プライドをズタボロにされた不良と、泣いている成田君を、同時に見ることができるなんて!)
「五秒で立ち去って」
不良グループは、よくわからない声を上げてあたふたしている。よしよし、上手に襲えた。コイツの背丈、喉にカッターを突きつけやすくていいな。
『……すみませんでした!』
全員揃って、野球部みたいな威勢のいい謝り方だ。欲望に任せて駆けつけたけど、どっかの卍會みたいな連中だったら、ヤバかったな。……ワクワクして、刺しちゃったかもしれないから。
「
成田君は涙で顔をぐしゃぐしゃにしたまま、震えた声で私にそう言った。今まで何の接点もなかった私の名前を覚えてくれていたことに、私は少し驚いた。
「成田君、大丈夫?」
しゃがんで、成田君の顔を覗き込む。涙に濡れてより一層黒くなった長いまつ毛、赤みを帯びた目や頬、細かく震えている体。その一つ一つを、初めての距離で眺めていた私は、ハッと気がついた。「自分が思っていた以上に、私は成田君の泣いている姿が好きなんだな」と。
「――ねえ、成田君。今後、こういうことが起こらないように、これからは私が君を守ってあげるよ」
言い終わってから、「私は何を言ってるんだ?」と恥ずかしくなった。あの時の私は、本当にどうかしていた。きっと、成田君の涙が発する魔力に、当てられていたんだ。
「えっ? じゃあ……よろしくお願いします」
成田君は私の手を握って、深々と頭を下げた。あれが、私と成田君の関係の始まりだった。
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