2話 義満、山名氏清の宇治の別業にいどむ 上

 そうした時に山名奥州(氏清)より申し出があった。


宇治辺うじべの紅葉が、美しい盛りになっておると承っております。一日御出おいでになりて、御覧になっていただければ、畏れ多く存じます。」


 と、お礼も兼ねて別荘に招待を申し出ると、公方様は「それはよい。」と御本意を仰せくだされて、御出でになる日を、十月十一日と定められた。

 御出になるついでに、公方様は彼の二人(時煕、氏之)が嘆き申している事を内々に仰せになられる御所存だったので、二人には未だ赦免の返事はなかった。


 氏清は十日の暮に、和泉の境から淀に登りになって、明日は早朝に宇治に参入すべきだと支度をしていた所に、夜半に山名播磨守満幸やまなはりまのかみみつゆきが、急遽淀に馳せ下って、密かに氏清と会って話した。


「明日、宇治へ参上する事、能々よくよく思案の上になさったほうが良いぞ。何故かと言うと、宮内少輔(時煕)と右馬頭(氏之)が、赦免のこと嘆き申さん為に清水辺きよみずのべを徘徊していると噂になっている。この事を明日宇治にて直接仰せになるとの事らしい。結局赦免のことも、巳に落ち着くようにと申しわたして沙汰するだろう。仮に面倒事だと思っても、何故なのかと申し上げるべきだ。ただ私が思うに病気だと申し上げて、明日の御参りはしないほうが良いのではないかと思うのだが。」


 と申してきたので、氏清は暫し思案して


「その通りだ。去年の下向のとき、再三申し上げて絶対に赦免しないと決めたはずだ。それに内々に意見を子細を伺い申すの為の上洛ならばいざ知らず。一通りの説明も無い。かような御沙汰に及ぶことも、さては我々に相談無く決めるおつもりだな。それであれば宇治に参じても意味がない。」


 と言うと蓮池美濃守を呼び付けて


「儂は風邪を引いたようだ。今日の参上は無理だ。どうすれば良いと思う?」


 と申すと、家臣共は皆驚き戸惑って


「例えどのような急病だろうとも、ここまで来たのだから、参じて事の次第を申し上げ、後の隔たりにならぬようにしなければならない。参上しない場合は、どうしようもない事態となることだろう。」


 と歎息し、つぶやく者共が多くいた。


 翌日公方様は


「本人が参上せぬ上は少しでもここに逗まる理由はない。」


 そう言って一献の酒にも手に付けようともせずとても不機嫌になられて御所に還御なさった。

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超現代語訳 明徳記 きむらたん @kimuratan1979

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