カテドラル・テラ
酢烏
カテドラル・テラ
ほらお客さん、そろそろ時間ですよ。起きてください。
……はい、おはようございます。あと十五分ほどで到着ですよ。準備をしなくてはなりませんから、早めに起こしました。とりあえず付いてきてください。
え、ああはい、いいですよ世間話くらい。遺言? まあそう言えなくもないでしょうけど……別にそっちが目的じゃないでしょう? わざわざ地球で死ぬ、そのために私を雇ったんだから。
あ、いえ「カテドラル」でしたっけ。コロニーが名称を変えたんでしたよね。見てはダメ、言ってもダメ、歴史資料からはことごとく存在を抹消。そんなに悪いことしてないと思うんですけどね、地球さん。まあ政府の考えることなんざ知りませんけど。
地球を知っているか? 私が、ですか?
いえいえ、見て分かりません? 普通に知りませんよ。
でも、じいさんから話は何度か聞いたことがあって。青くて綺麗な星で、生き物がいっぱいいて、昼と夜があって、四季の風が心地よくて――争いは絶えないけど、帰りたい場所があるだけで生きようと思えるってよく言ってました。
実はね、私も青かった頃に一回、地球に行ったことがあるんですよ。密航してね、遠目に眺めただけですけど。
正直、話と違うじゃねえか、とは思いました。想像してたより綺麗じゃないし、コロニーから眺めていた星々とそう変わらないじゃねえか、と。
……んでも、この星好きだな、とも思いました。なんでか知らないけど、心が温かくなって。帰りたい、とさえ思いました。立ったこともない場所なのにね、おかしいでしょ。
ああお客さん、ちゃんと防護服着てくださいね。突入ポッドってめちゃくちゃ熱くなるし、重力とか衝撃が凄いから、地球に降り立つ前に死んじゃいますよ。……そうそう、それでオーケーです。
んで、話戻しますけど、その時の地球が忘れられなくて。コロニーに戻ったらお客さんみたいに「地球で死にたい」って願望ぼやいてる人がいて。気付いたらこの仕事を始めてました。どうせコロニーは犯罪歴のある人を取り立ててくれないでしょ? だからちょうどいいと思ったんです。お客さんみたいな人と話すのも楽しいし、ね。
あ、こっちです。これが突入ポッド。お客さんを乗せて落っことしたら、私はさっさと帰りますんで。後はご自由に、故郷を楽しんでください。
この椅子に座って、ベルトを締めて、固定具を……これでよし。あ、気分悪くなったら言ってくださいね。空気麻酔を散布しますんで、気付いたら即地球ですよ。
……はい? ありがとうって、そんな言われる筋合いないですよ。たまたま私のやりたいこととお客さんのやりたいことが合致しただけですから。
きっと言葉でも歴史でも、物理的にも地球はどんどん遠くなっていくんでしょうけど。私みたいな人がいるってことは、人類は結局、地球という傷跡から逃れられないんじゃないかな。
……なんて。へへ、お客さんに叱られちゃいますね。知ったように言うな、って。
まあでも、私も死ぬかもってなったら地球に帰ろうとは思ってます。記憶から消されて、かつての住民から墓場と呼ばれる惑星。そこに何があるのかは分からないですけど、この足で踏みしめて、この体で味わってみようと思います。それまではこの仕事を続けて、一人でも多くのお客さんを墓場にお送りしますよ。ははは、ジョークですって。
んじゃ、そろそろ閉めますね。あそうだ、最後はこう言うようにしてるんです。変な感じがするでしょうし、本当は地球が言ってくれるのかもしれませんが、口に出してはくれないでしょうからね。自己満も含めてのサービスです。
それでは……。
おかえりなさい。
カテドラル・テラ 酢烏 @vinecrow
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