第8話 お互いに負けず嫌いで

「わ、私のことが好きって……いつから?」

「いつからだろ……気付いたら、かな。ひょっとしたら、初めにゲームで対戦した時からかも」

「ゲームの対戦って、私がボコボコにされたやつじゃない」

「うん、楽しかった」


 天然でドSのような発言をする蓮。陽佳からすれば、あの戦いはただのトラウマのようになってしまっているのだが。

 蓮が言葉を続ける。


「でも、一生懸命挑んでくる陽佳がね……なんていうか、可愛かったんだよ。だから、たぶんその時からだと思う」

「……そう、なんだ」


 ――それなら、蓮は出会った時から陽佳に気が合った、ということになる。

 正直言ってしまえば、陽佳はそんな蓮の気持ちにはまるで気付かなかった。

 この間、初めてキスをされて、『ひょっとしたら』そうなんじゃないかと思い始めたくらいだ。

 気付けば友達関係であった蓮との間に、それ以上の関係を求められている。


「別に、返事はしなくてもいいよ」


 蓮が、陽佳の心を見透かしたかのように言い放つ。


「……え?」

「わたしはね、陽佳との関係を壊したくないから」

「っ、何それ。じゃあ、何で好きって言ったりなんか――」

「陽佳が確認したがってたから。ただ、それだけだよ」


 蓮にそう言われて、陽佳は押し黙る。

 確かにその通りだ――意図的に、陽佳の方が蓮の気持ちを確認しようとしていた。

 そして、蓮が本当に陽佳のことが好きだった時のことは、まるで考えていなかったのだ。

 どこまでも無責任であったと、今になって反省する。


「だから、何も答えなくていい。これはただの罰ゲームで、わたしと陽佳は友達。それでおしまいだよ?」


 先ほどまでとは打って変わって、優しい笑みを浮かべる蓮。

 その表情にどこか安堵すると共に、陽佳は言い知れぬ不安を感じていた。

 蓮の気持ちを知った後に、果たして今まで通りの関係でいられるのだろうか、と。

 否、そのままの関係でいていいのか、と。


「……蓮、あのさ」

「なぁに?」

「蓮は、わたしのこと、好きなんだよね?」

「……普通さ、話を戻そうとする?」

「ごめん、でも……もう一回だけ聞いておきたくて」

「そっか。うん――好きだよ」


 迷うことなく、蓮がそう答える。


(ああ、そうなんだ――)


 そこで初めて、陽佳もその事実に気付く。

 どうして、蓮の気持ちを確かめたかったのか。

 あまりにも真っすぐ向けられる好意に、疑心暗鬼になっていたのは陽佳の方だった。

 本当は、陽佳だって蓮のことが好きなのに。

 友達として、そして――恋愛の感情を抱いてしまってもいいと思うくらいには。

 だから、そうだ。

 伝えるべきことは、きちんと伝えよう。


「蓮、その、さ……」

「今度は何?」

「私も、あなたのこと、好き……だよ?」

「それは、友達としてでしょ?」

「友達としても、だよ」

「……嘘」

「嘘じゃないって」

「嘘だよ。わたしの告白聞いて無理してるんだ」

「そんなことない」

「あるよ」

「ない」

「あるって!」


 声を荒げるようにして、蓮が言う。

 陽佳は思わず、驚いて起き上がった。――蓮は、泣いていた。


「やめてよ、わたしに合わせようとするのは……」

「蓮、そんなんじゃ、ないんだって。その、罰ゲームなんか使って、確認しようとしたのは悪いと思ってる」

「……」

「でも、本当にさっきまでは私の気持ちも分からなかった。蓮が私のこと好きなのかもって思ってたけど、本当にそうだったら――どうしたらいいのか分からなかった」

「……それって、やっぱり合わせてるってことじゃん」

「うん、そうしようと思ったよ。でも、やっぱり違った。最後にもう一回、蓮の『好き』って言葉を聞いた時……気付いたんだよ。私も、蓮のことが好きなんだって」

「……っ」


 改めての告白は少し気恥ずかしかった。

 けれど、今度は蓮も嫌がる様子は見せず、そっと陽佳の表情を確認するかのように顔を上げる。

 今にも泣きだしそうな表情で、蓮が口を開く。


「……本当に?」

「うん、本当」

「わたしのこと、好きなの?」

「私は、蓮と同じ気持ちだと思ってる」

「……じゃあ、証明してくれる?」

「!」


 証明――その言葉と共に、蓮が目を瞑る。

 それだけで、すべきことは理解できた。

 彼女は待っている――陽佳から、蓮に対して口づけを交わすのを。

 以前、罰ゲームでもできなかったキスを、陽佳の方からすることを。

 陽佳は一度目を瞑り、小さく息を吐く。

 再び目を開いて視線を下すと、静かに陽佳のことを待つ蓮の姿が目に入った。

 こうしてみると、蓮はとても可愛らしい顔立ちをしている――眠り姫が、王子様のキスを待つかのような表情で、ずっとずっとそこで待ち続けているのだ。

 このまま見ていたい……そんな意地悪な発想も生まれてしまうが、今求められているのはそんなことではない。

 高鳴る心臓の鼓動を押さえるようにしながら、陽佳はゆっくりと蓮に顔を近づける。

 徐々に、蓮の呼吸音が耳に届く距離まで近づいてくる。

 心臓の鼓動が聞こえてしまっているのではないか――そんなことを気にして、余計に緊張してしまう。

 けれど、今はいい。

 緊張が伝わったって構わない――それで、陽佳の本心が伝えられるのなら。

 ゆっくりと、時間をかけて、陽佳は蓮に口づけをした。


「――」


 柔らかい蓮の唇の感触が、直に伝わってくる。

 確かめるようにしながら、陽佳はそっと口元を動かす。それに呼応するかのように、蓮もまた口元を動かした。

 まるでお互いに言葉を交わすかのようだ――けれど、声は出していない。

 それでも、確認は終わった。

 陽佳は、自らの意思で蓮と舌を絡めるように動かす。ピクリと、蓮の身体が震えた。

 一瞬、蓮が陽佳の身体を離そうとしたのか、両手が前に出てくる。

 けれど、逆に陽佳を引き入れるかのように首の後ろに手を回すとお互いに唇を押し付け合うような形になった。……どれほど、時間が経っただろう。

 長い時間、キスを交わしていたような気がする。

 やがて、特に合図もなく口元を離した。


「……どう、だった?」

「何か、変な聞き方っ」


 くすりと笑みを浮かべて、蓮が笑う。

 確かに、陽佳の聞き方は少しおかしいかもしれない。

 けれど、はっきり言ってそれが一番気になってしまうところだった。


「良かったよ――って言えばいいのかな?」

「……ふっ、何、それ」

「えー、だって陽佳が聞いたじゃん!」

「そうだけど、何か変だよ。どっかのお店みたい」

「お店みたいって、何か卑猥な言い方」

「……でも、正直興奮した、けどね」


 陽佳は視線を逸らしながら、正直な感想を漏らす。

 自分からキスをしてみて、分かった。そして、蓮とのキスは決して嫌なものではなく、やはり気持ちのいいものであった。

 改めて自分の感情の答えを、見つけ出したような感覚だ。

 陽佳は蓮のことが好きで、蓮は陽佳のことが好き――それが、二人の間での答えだ。


「……じゃあ、もっかいする?」


 蓮がいたずらっぽい笑みを浮かべながら、そんなことを言う。

 一回、陽佳の方からキスをしただけだ。それなのに、どうしてこんなにも彼女が可愛く見えてしまうのだろう。

 そう思いながら、陽佳は笑顔を浮かべて頷く。


「じゃあ、先に離した方が罰ゲームっていうのは?」

「! 面白そうな提案じゃん。いいよ、わたしが絶対勝つから」

「いいよ――って、その前にこれ、解いてくれない?」

「ん? そのままの方が面白そうじゃん」

「そういう問題……!?」

「うん、その姿も可愛いよ」

「……っ」


 ――陽佳と蓮の根本に変化はない。

 お互いに負けず嫌いで、好き同士であったと分かっても、勝負をするかのようにキスを交わす。

 それが、二人の関係なのだ。

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負けず嫌いな女の子と煽り気質な女の子のお話 笹塔五郎 @sasacibe

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