第7話 「好き」

 結局、促されるがまま、陽佳は後ろ手に組む。

 ぎゅっと縛られる感覚が手首に伝わる――しばらくすると、窮屈なくらいの感覚があって両手はすっかり動かせなくなってしまっていた。

 その状態で、急に両肩を後ろに引っ張られる。


「わっ……!?」


 陽佳は驚きの声を上げるが、蓮がそっと膝の上に下ろすような形で支えてくれる。

 見上げると、陽佳のことを見下ろす蓮の姿があった。


「これで、何されても抵抗できないね?」

「……っ、な、何それ。これが罰ゲームじゃないの?」

「縛るのが罰ゲームとは言ってないでしょ。罰ゲームはこれから」

「!? そ、そんなのずるい!」

「ずるくないでしょー。むしろ、わたしに勝つためにゲーム練習してた陽佳の方がずるくない?」

「っ!? な、何でそれを――」


 蓮の言葉を聞いて、陽佳は青ざめた。

 だが、すぐに理解する。

 蓮がそれを知っていて言ったのではない、と。


「なんだ、強気で言ってくると思ったら、やっぱりそういうことだったんだ」


 カマをかけられた――それに気付いた時には、もう遅かった。


「陽佳はいけない子だねー? それとも、そんなにわたしの好きな子が知りたかったの?」

「べ、別に、そんなんじゃない」


 にやりと笑みを浮かべながら聞いてくる蓮に、陽佳は視線を逸らした。

 ――聞きたかったのは事実だが、それを知りたいのはあくまで確かめるだけつもりだ。

 もしかしたら、蓮が陽佳のことが好きなんじゃないかという事実を。


「じゃあね、教えてあげよっか。わたしの好きな人」

「え――」


 言うが早いか、スッと耳元まで蓮が顔を近づけてくる。両手で固定するようにしながら、息を吹きかけるように声を出す。


「わたしは、陽佳が好きだよ」

「……っ」


 ぞくりと、身体が震えるような感覚があった。

 耳元に吹きかけられるような息と、「陽佳が好き」という言葉。

 その二つが重なって、言い知れぬ感覚を呼び起こさせる。

 身体の奥底から湧き上がるような、妙な感覚だった。


「わたしは、陽佳が好き」

「やっ、ふざけないでよ……!」

「ふざけてなんかないよ。本当のこと言ってる。陽佳のことが、好きなの」


 押さえつけられるようにしながら、「好き」という言葉を耳元で囁かれる。

 両手を縛られているから、思うように抵抗できない。ただ、「好き」という言葉を延々と、何度も何度も染み込ませるように続けてくる。


「陽佳のことが好き」

「や、め……」

「好きなの」

「っ、冗談でも、やめて!」

「冗談なんかじゃない。最近、本当にそう思うようになったの」

「だ、だから私にキスしたの!?」


 核心を突くような質問を投げかけると、ピタリと蓮の言葉が止まる。

 少し涙目になりながら、陽佳は蓮の顔を見る。

 そこにいつものような明るい表情はなく、どこか儚げな表情があった。


「……蓮?」

「ん、そうだよ。陽佳のことが好きだから、キスしたの。確認したかったことは、それ?」

「っ」


 蓮が少し首をかしげるようにしながら、そんな風に問いかけてきた。

 ――彼女には、初めから分かっていたのだろう。

 陽佳が蓮に対して、確認したいことがあるということを。それが、蓮から陽佳に対する気持ちであるということも。

 それを確認したところで、陽佳には『答え』がなかった。

 それもそうだ――きっと勘違いだと思っていたのだから、それ以上の答えなど出てくるはずもない。

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